第8話
ジャングルの奥に広がっていたのはダンジョンという名の汚部屋だった。
俺たちはどんなモンスターよりも恐ろしい相手。
【積み上げられた本の山】と対峙していた。
ヒース兄ちゃんがごくりと喉を鳴らした。
「ここに来る前につき合ってた彼女がこうだった……本じゃなくて鍋とか食器だったが……」
そんな情報いらねえ。
カール兄ちゃんも声が震えてた。
「どんなモンスターよりもエグい……」
ラクエルは「えへへへへ~♪」と誤魔化してる。
少しだけ触られたくないようだ。
アズラット兄ちゃんだけは優しい。
「魔法使いの部屋はだいたいこんな感じだヨ」
「おめえの部屋が汚えだけだろ!」
ヒース兄ちゃんの渾身のツッコミ。
だがアズラット兄ちゃんは目を泳がせて言い訳する。
「だって本ってドンドンたまるものだろ!?」
「おめえらだけだ!!!」
「先代様も同じタイプだったのぴょん……」
全てをあきらめた表情でウサギがつぶやいた。
うん、苦労したんだね。
俺は部屋を汚さないようにしよう。
中に入る。
するとアズラット兄ちゃんが歓声を上げた。
「うおおおおおおおおおおお! これ! これは大魔道士カーンの幻の書!!! なあラクエル、これ借りていいか?」
「いいよ~♪」
「うおおおおおおおおおおお! あ、こっちは大魔道士スポックの……」
「入り口から進まねえだろが!!!」
ヒース兄ちゃんのチョップがアズラット兄ちゃんにクリーンヒット!
これはアズラット兄ちゃんが完全に悪い。
俺たちは本の隙間から中に入る。
本当に足の踏み場がない。
いやむしろ積まれた本だけでダンジョンができあがっている。
タイトルを見ると入り口は専門書や手書きの希少本。
奥に行くに従っておとぎ話や滑稽本、小説などの柔らかい本になっていくようだ。
なお、いま俺は【友だちの作り方】の本を踏んでしまった。
この本欲しい。
ウサギも本によじ登ってなんとか移動していた。
この辺になると魔法使いがプリントされた書面をコピーする方式の本ばかりだ。
手書きの本が廃れたのは今から約五十年前くらいだろうか。
その前は手書きの写本が主流だった。
でも印刷魔法が発明されて一気に廃れた。
教会や王城、商店で雇用された魔法使いが本を大量生産する時代が来たのだ。
本の内容は読者が研究者から一般市民に移ったことで世は娯楽本だらけになった。
今は印刷よりもむしろ紙の質と量を向上させる方で議論が活発に行われている。
という現実逃避をしたくなるほどの量だった。
「へぇー。騎士道物語だ」
カール兄ちゃんが本を手に取った。
「騎士道物語?」
「ああ、醜い顔の黒騎士が亡くなった友人が残した夫人の再婚のために奔走する話だ。最後は夫人と結婚するんだ。実際にあった話らしいぞ。いいねえ、ハッピーエンド」
するとラクエルの黒目が大きくなった。
「違うよ。ハッピーエンドなんかじゃないよ。黒騎士ヴェインは未亡人に殺されたんだ。未亡人は黒騎士ヴェインが王様からもらった褒美を独り占めしたくなったんだ。夫人は元の夫も、黒騎士も愛してなんかいなかったんだよ」
「それ……本当に」
「本当に」
「聞かなきゃよかった~!!!」
一瞬表情が変わったラクエルだが、すぐに元に戻った。
もしかすると知り合いだったのだろうか?
「黒騎士ってどんな人?」
「竜に乗るのが上手かったよ」
ふーん。
なんか面白くない。
「それはいいが、だんだん恋愛小説が多くなってきたような……」
「あああああああああッ! 見ないで~!!!」
ラクエルが本にダイブ。
本が、周囲の本の山までもが崩れていく。
本が雪崩を起こし、俺たちに降りかかる。
それはどんなトラップよりも恐ろしかった。
汚部屋恐るべし……。
気が付くと本の隙間で倒れていた。
怪我はない。
だけど剣と盾はどこかに行ってしまった。
本に埋もれてるに違いない。
本の隙間を這って進む。
ほふく前進。
がんばって移動。
しばらく進むと硬いものに手が当たった。
それは剣だった。
岩に剣が刺さったものが本に埋まっていた。
「とりあえず取るか……」
強力な存在である竜の巣なのでトラップの心配はない。
だけど一見すると剣を取るという選択肢は異常だった。
だけど意味があるのだ!
いま事態を好転させる要因はない。
兄ちゃんたちも同じような状態だろう。
だとしたら俺を助ける余裕はないかもしれない。
がんばってはくれるだろうが。
剣があったからといって事態が好転する可能性は低い。
でも装備の一つもないのは、それはそれで寂しい。
取れれば儲けもん。
取れなきゃそれでもいい。
トラップの確立は限りなく低い。
ならやってみよう。
【一か八か】よりは勝率は高い。
俺は台座の近くで起き上がり剣に手をかける。
「抜けるか……?」
力をこめて剣を引っ張る。
俺はこのときの選択を思い出す。
見えるフラグなのになんでわざわざ踏んだかね?
結果から言えば、剣は抜けた。
拍子抜けするほど簡単に。
「よーし武器ゲット」
俺はまだ異変に気づいてなかった。
それが一変する。
それはアナウンスだった。
「暗黒竜ラクエルの討伐おめでとうございます勇者様!!!」
誰が誰を倒したって?
「なんもやってないんですけど。ラクエル元気ですよ」
でも会話は噛み合わない。
「ぜひ魔王を倒し世界を救ってください!!!」
魔王って百年くらい前に倒された、あの魔王?
「もう死んでるんですけど。魔王」
ツッコミを入れるがアナウンスは俺を無視して続ける。
あ、これ会話不可能なヤツだ。
「おめでとうございます! エクスカリバーの登録が完了しました。勇者様誕生の知らせは王と教皇に通知されます」
「余計なことした!!!」
ツッコミを入れた次の瞬間、俺は光に包まれた。
本は整頓され、足の踏み場と道ができる。
俺はうなだれる。
なんか余計な事ばかり起こる。
勇者ってなによ?
俺そんなのやりたくねえぞ。
だけど兄ちゃんたちとラクエルがやって来る。
アズラット兄ちゃんが先頭で走ってきた。
「お、おい、勇者って!?」
無言でエクスカリバーを見せる。
「お、おう……剣見つけたな……って抜いたら勇者なやーつ!?」
「お、おい、それ! オリハルコン製じゃねえか!?」
ヒース兄ちゃんの鑑定である。
遠目でもまず間違いないだろう。
どうすんの俺!?
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