第7話

 ラクエルの巣は巨木の穴、樹道に入り口があった。

 中に入ると人工的な石壁のダンジョンが現われる。

 入り口すぐに地下の階段があり降りていく。

 シーフのヒース兄ちゃんが先行する。

 その次にシーフの訓練の受けてる俺が続く。

 まずはヒース兄ちゃんが小さな煙玉を焚いた。

 煙が奥に流れていく。


「おそらく空気がある。トラップダンジョンじゃなさそうだ」


 トラップダンジョンは入ったら死ぬ。

 空気がなかったり、水で埋まってたり。

 そういうのを判断するのもシーフの役目だ。

 シーフ重要。

 シーフ偉い。

 シーフでさらに料理ができれば就職先に困らない。

 ある意味最強職だ。


「さあ行くぞ」


 ヒース兄ちゃんに教わりながら進む。


「トラップがない。理由がわかるか?」


「ダンジョンの主がトラップが必要ないほど強い?」


「そういうことだ。かの大悪魔ウルフズベインは王都の酒場の地下にダンジョンを作り100年以上も潜伏してたことで有名だ。王都の下水道工事で発覚しなければ発覚しなかっただろう。そのダンジョンにもトラップはない。つまり高位の存在ほどダンジョンそのものを隠し、中は簡素な作りになっている」


「えっへん!」


 ラクエルが胸を張った。


「剣ってどこにあるの?」


「暗黒龍王の間。卵から出てきたところ」


 たぶん一番奥だろう。

 奥に進む。

 途中よくわからないものが散乱していた。

 おっさんの彫像や宝石が本当にどうでもいいもののように床にぶちまけられている。

 ヒース兄ちゃんは宝石を拾う。


「おいおいおいおいおい、こんなでけえ紅玉ルビー。見たことねえぜ」


「んとね。ドラゴンは光るもの大好きなの。で、拾ってきたときはテンション上がるんだけど数日したら【なんでこんなもの欲しかったんだろ】って思い悩んでその辺に捨てるの」


「生々しい話だな」


「そこにも似たようなのあるよ」


 ラクエルが指さしたところには黒く光る大きなウロコが散乱していた。


「たぶん、背中がかゆくなって大きい孫の手バックスクラッチャーで背中掻いてたんだけど、ウロコ剥がれすぎて痛くなってウロコごとなかったことにしたの……たぶんこの辺に……あった!」


 そう言うとラクエルは巨大な孫の手を持ってきた。


「嘘だろ……精霊銀だぞそれ。孫の手に使うか普通」


 ヒース兄ちゃんのツッコミ。

 カール兄ちゃんも別角度からツッコむ。


「いやそれ以前に暗黒竜のウロコだぞ。これで装備を作ったら無敵の騎士団ができあがるぞ」


「これだけ価値があるものだと献上するしかないな。無敵の騎士団も捨てがたいが、結局数には勝てん。俺たちの手には余る」


 父さんは現実的である。

 自分たちが無敵の騎士団を持っていても【金持ってそう。なら盗ってこようか】という連中は無限にわいてくる。

 自分だったら強い相手とは戦わない。

 でもユーシス兄ちゃんに言わせれば、【敵に自分と同じ知性と価値観があると考えるのは愚の骨頂】とのことである。

 世の中の大半は相手が強いとか弱いとかはどうでもいいし、弱い相手にはなにをしてもいいと思っているのだ。

 こんなもの王家にでも押しつけた方がいい。


「ラクエル。ウロコとか宝石は持っていってもいいか」


「いいよ~」


「宝石は今すぐ回収。ウロコは帰りに持てるだけ回収だな」


 宝石を拾って革袋に入れる。


金剛石ダイヤモンドに紅玉に翠玉エメラルド翡翠ヒスイも大量にあるな。海の向こうじゃ値打ちが高いらしい。それをこの扱いよ……」


 ヒース兄ちゃんがブツブツ言いながら宝石を拾う。

 シーフは簡易鑑定も行う。

 前衛の戦士であり、時には後方援護要員であり、商人。

 それがシーフだ。


「金もあるよ。集めたけど使いどころがないし、その辺に置いておくと足の指ぶつけるから倉庫にしまってるよ」


「金は重すぎるから回収できんな……というか金すらその扱いか。ドラゴンの感覚は人間とは違うな。ところでラクエル、なぜその経緯を知ってる?」


 父さんがたずねるとラクエルは首をかしげた。


「……んー、ラクエルだけど、ラクエルじゃないの」


 うん、わからん。

 疑問に思いながら奥に進む。

 するとなにかがやって来た。


「気を付けろゴーレムだ」


 ゴーレム。

 ダンジョンを警備する命なき兵。

 硬くて速くて力が強いという理不尽な存在である。

 ゴブリンやオークとは危険度が違う。

 だがやって来たのは……ウサギだった。

 ウサギはちょこちょこと俺たちのところに来る。


「お客様だぴょん」


「ただいまー」


 ラクエルが言うとウサギが跳ねた。


「ラクエル様だぴょん♪」


「剣ってどこにあるかわかる?」


「剣? 剣ならダンジョンに千本はあるぴょん」


「たぶん台座から抜けないヤツ」


「それなら暗黒龍王の間の本の間に埋まってるぴょん」


「本の間?」


 思わず聞いてしまった。

 するとウサギはぴょんぴょん跳ねる。


「先代は掃除させてくれなかったぴょん! ボクたちは怒ってるぴょん!!!」


 ラクエルは目をそらした。

 なんとなく背景がわかってきた。

 汚部屋である。

 ラクエルは……、先代のラクエルは片付けが苦手な性分だったのだ。


「ついてくるぴょん」


 ウサギについていく。


「この壁がショートカットだぴょん」


 壁を何回か叩くと通路が現われた。

 中に入るとさらにドアがある。

 ウサギはジャンプして横のボタンに体当たりする。


「エレベーターだぴょん」


 ドアが開いてみんなで入る。

 ウサギは下向き三角のボタンに体当たりするとドアが閉まる。


「最下層だぴょん。このままバックルームから暗黒竜の間に行くぴょん」


 恐ろしくスムーズに事が運んでしまった。


「バックルーム……ダンジョンにはそんなものがあるのか……」


 父さんはうなだれる。

 まさかそんなものがあるとは思ってなかった様子だ。


「どこでもあるぴょん。ゴーレムはそこから出入りするぴょん」


「道理で何もないところからゴーレムが現われると思ってた……」


 バックルームを通る。

 掃除用具や同じく掃除用と思われるゴーレムが収納されている。

 それ以外にも、折りたたみの椅子やテーブルがあった。

 本当に従業員用の場所なのだろう。


「こっちだぴょん。この扉の先が暗黒竜の間だぴょん」


 そう言われたのでドアを開けようとする。


「くれぐれも驚くなかれだぴょん。気を引き締めるのだぴょん」


 そんな困難が待っているのだろうか。

 俺は気を引き締めてドアを開ける。

 どささー。

 ドアを開けると本が崩れてきた。

 そう、暗黒竜の間は足の踏み場もないほど本で埋め尽くされた汚部屋だったのだ。

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