第4話

 ラクエルが人型になって数日。

 寝床は別なはずなのにラクエルは毎日俺のベッドに潜り込んでくる。

 何度言ってもやめないのであきらめた。

 なんか意味があるような。

 単にそういうものだと思っているのか。

 今日は外にいる。

 剣を習う日だ。

 カール兄ちゃんは騎士だ。

 元は中央軍の正規兵だったけど、父さんに命を救われてうちに仕官した。

 忠義の男だ。

 いいのか、あんなおっさんで。

 カール兄ちゃんは茶髪の爽やか系。

 だけどみんなに一目置かれている。

 ……いいのか、あんなおっさんで。


「いいかリック。正規兵の剣術は儀礼でもある。型を覚えておけばそれだけで優遇される」


 なお、うちの父さんの剣術は傭兵のものだ。

 儀礼用の型だけはカール兄ちゃんに習った。

 要するに親子揃って兄ちゃんの弟子である。

 頭が上がらない。


「まずはいつもどおり基本の型だ。まずは馬」


 一方の足を大きく前に置いて膝を曲げる。

 前に重心を置いて、後ろは真っ直ぐ。

 いわゆる前屈立ちってヤツと同じだ。

 武僧モンクの兄ちゃんが言ってた。

 ただ違うのは、そこからさらに体を沈ませて地面に手をつくところだろう。

 股が悲鳴を上げる。


「腰を上げるな」


 腰が浮いてたか。

 腰を落とす。

 また股関節が伸びる。


「よし。体を上げて蹴り。逆の足でもう一回」


 鬼じゃ。


「次は獅子」


 起き上がって一歩下がる。

 そして蹴り。

 力を入れず高く上げる。

 倒す蹴りじゃないから膝は伸ばしたまま上げる。

 頭の上に上げていた手に足を当てる。

 そしたら、今度は普通に一歩だけ足を下げて腰を落とす。

 剣を持ったつもりで前に。

 逆の手は盾を持ったつもりで頭をガード。

 逆もやる。

 こんなのが全部で8個もある。

 すでに息が切れている。


「よし、剣と盾を装着」


 小さいラウンドシールドをつける。

 剣は刃引きの片手剣。


「おおー! リック戦うの!?」


 ラクエルは興味津々だ。


「違うよ~。教わってるんだ」


「ふ~ん」


「リック、お話は終わってからやれ」


「うす」


 獅子の構えで盾を構える。


「行くぞ!」


 カール兄ちゃんが盾めがけて剣を振り下ろす。

 この訓練の目的は単純だ。

 実際の剣になれること。

 盾で防御できるだけの力を作ること。

 ギリギリ防御できる重さの攻撃が盾に降ってくる。


「攻撃を受けるときはちゃんと押し返せ!」


「うす!」


 五回ほど攻撃されたら交代。

 今度は俺の番。

 斜めに振り下ろし、返しで一撃、また振り下ろし……。

 一撃一撃渾身の力を入れる。

 まだ力が足りないのかガチャガチャ音がするだけだ。


「声出せ声! もう一回!」


 ダメ出し。


「うおおおおおおおおおおお!」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン……。

 世の中には生まれたときから剣の天才なんていうのもいるらしい。

 俺は違う。


「うん、ヨシ! 次は……」


 死ぬほど運動するのであった。

 攻撃でしょ、防御でしょ。

 それが終わったらスタッフの練習。

 これができないと槍や斧は使えないんだって。

 厳しい。


「よし、最期に礼拝!」


 礼拝の型だ。

 基本の8つとは違って何度も動く。

 意味は太陽への祈りだ。

 8つの型を組み合わせる舞いだ。

 建国記念日には騎士団全員で礼拝の型を披露するって。

 全身鎧着てやるんだもの。

 最後までできるだけでも化け物だと思う。


「すごいすごーい!」


 ラクエルはご満悦だ。

 途中で飽きちゃうかと思ったら最後まで見てくれた。

 だけどここで俺はダウン。

 もう……無理。


「いいかリック。礼拝の型さえ憶えればどこ行っても騎士として通用する。逆に礼拝ができなければ仲間と思われない。領主には必要なスキルだ。お館様もこいつでさんざん苦労した。わかるな?」


「うっす」


 みんな同じ流派の同門だから、部外者はどうしても相手にされにくい。

 こういうのがコネに繋がるんだって。

 貴族社会って謎。


「しばらく嬢ちゃんに来てもらえ。今日は中々良かったぞ。かっこいいとこ見せられたな」


「……ありがとうございます」


 あー……つらい。

 運動は好きだけどね。


「ラクエル嬢ちゃん、なんか感想あるか? 優しい言葉をかけてやってくれ」


「うーん。あのね! カールお兄ちゃん、ちゃんと褒めてあげて!」


「え?」


 うん、なになに。

 カール兄ちゃんが褒めてない?


「うん、リック。天才でしょ?」


「いやいやいやいや……まさかー……ねー」


 俺が天才だったらカール兄ちゃんはウルトラ超天才である。

 俺はせいぜい凡才だ。

 がんばってなんとかというレベル……ってカール兄ちゃん何黙ってるの!?


「……そうだな。いい機会だ。いいかリック、よく聞け。お前は現状同い年の中で最強に近い存在だ」


「ふぁ?」


「年が上になれば……そりゃ上はいるだろうが。おそらく12歳までの貴族でお前に敵うヤツはいない」


「ふぁ?」


「初見で試験官をボコボコにできるのを目標に鍛えている。ユーシスも同じ感想だと思う。お前の勉強な。すでに王都貴族学院の専門コースレベルだ」


「ふぁーッ!!! どうりで難しすぎると思った!!!」


 どう考えても子ども向けの教材じゃないもん!


「魔法を教えてるアズラットいるだろ。あいつも才能がありすぎて怖いって言ってたぞ」


 アズラット兄ちゃんは魔法使いだ。

 その筋では有名な人らしいけど、政争に負けてここに流れ着いたらしい。

 なお褒めてくれたことはない。


「なんで言ってくれないのーッ!」


「ガキは調子にのるからだ」


「なんたる偏見!!!」


 酷い話である。

 素直に褒めようぜ!!!

 俺、家出しちゃうよ。


「褒めて伸ばして~! 褒めて伸ばしてくれないとダメな子なのに~!!!」


「本当にダメなヤツはそんなこと言わねえ!!!」


「うふふふ」


 ラクエルは満足そうにほほ笑んだ。


「それにしてもよくわかったなラクエル」


「見ればわかるよ~」


「ま、そういうことだ。知ってよかったな~。これからもビシバシ行くぞ!」


「ふえーん!!!」


 鬼か!

 お前らみんな鬼じゃ!!!

 あとで絶対仕返ししてやる!!!

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