第2話

 闇の森。

 うちの村の裏から国境をはるかに越えて広がる森だ。

 入り口こそ普通の森なんだけよね。

 でも奥に行けば行くほど、自然が殺しに来る危険地帯。

 鹿やイノシシ、狼や熊、それに獅子や虎はまだ序の口。

 組織化したゴブリンやオーク、オーガにキマイラ。

 なんで同じところにいないはずの生き物が集合してるんだろう?

 環境も恐ろしい。

 毒の沼に底なしの蟻地獄に一年中吹雪が舞う山に。

 そこまでムキになって殺しに来ないでもいいのに。

 一歩足を踏み入れたら最期、逃げることのできない死が待ち受ける呪われた霊廟。

 ゴーレムが待ち受ける。

 ゴーレムって剣も魔法もあんまり効かないから嫌い。

 そして森の奥の奥には伝説の邪竜が封印されている……らしい。


 その森から出てきたドラゴンを村に連れて来てしまった。

 ……伝説の邪竜。

 俺はラクエルを見た。

 俺と目が合うとニコーッとして手を振る。

 うん、邪竜じゃないな。

 こんなフレンドリーな邪竜がいるはずないな。

 すると自称【クール眼鏡】のユーシス兄ちゃんが俺を注意する。


「リック。犬猫ならまだわかります。だけどドラゴンを拾ってくるってのはぶっ飛びすぎてんじゃないですかね!?」


「えへへへ」


「褒めてない!!!」


 怒られた。


「もう! いま、アルバート様呼んできますからね! 絶対そこから動かないでくださいね!!!」


 アルバートというのは父さんのことだ。

 一兵卒から領主にまで登りつめた立志伝中の人物。

 ……と兄ちゃんたちは言っている。

 たぶん盛ってる。

 でも怒ると怖い。

 しかたないので待つ。

 待っていると暇になったので、ラクエルの方を見る。

 ラクエルは目をキラキラさせた。

 シュタッと立って追いかけっこ。

 木の周りをグルグル回る。


「リックまて~」


「つかまえてみろ~」


 遊んでいるとドドドドドドという音と砂埃が見えた。

 この脚力。

 父さんだな。


「どどどどどど、ドラゴンだと!!!」


 なぜか獅子と虎が森にいるうちの領地でも、ドラゴンは珍しい。

 話じゃ聞いたことがあるけど見たことないレベルだ。


「アルバート兄者! リックと確かにそこに……いたんかわれぇ!!!」


 またもやユーシス兄ちゃんのクール眼鏡キャラが崩壊した。

 父さんの方は少しは冷静だった。


「あれがドラゴン……」


 低い声。

 ゴゴゴゴゴゴゴという覇気と殺気が伝わる。

 アルバート・マクレガー。

 爵位はない。

 王様からはマクレガーのファミリーネームだけもらったらしい。

 荒くれ者を束ねる、俺の知っている中では最強の男。

 その覇気は、まさに一兵卒から領主になった男の生き様を現すかのようだった。

 背中で語る、男という名の物語を。

 父さんがラクエルを見つめる。

 ラクエルが父さんを見つめる。

 目と目が合う。

 そして……。


「まー、ちいちゃいでしゅね。どこの子でしゅか~?」


 一目で陥落した。

 もう、デレッデレ。

 目尻を極限まで落としてる。

 父さんは狼の子とかうり坊とか、とにかく小さい生き物が大好きなのだ。

 巣から落ちたヒナなんて見つけようものなら巣立ちまで育ててしまう。

 うちの犬のパピーも森で見つけたくらいだ。

 ラクエルは【にこーっ】と笑うと答える。


「森で卵から出てきたの~」


「そうなんでしゅか~。パパとママはどこでしゅか~?」


「いないよ~。ラクエルは一人でラクエルなんだよ~!」


 真顔になる親父。


「そうでしゅか~……ユーシス、ヘレンを呼んでくれ」


「了解です。兄者」


 クール眼鏡は走っていく。

 風のように雲のように。

 親父を加えて追いかけっこしてると母さんがやってきた。

 ヘレン・マクレガー。

 父さんを尻に敷く、この領地最強の生き物だ。

 年齢さえ聞かなければ優しい母親だ。

 その母さんだが、うちの犬、パピーに乗っていた。

 パピー。7歳。

 森から拾ってきたわんこ。

 馬くらいの大きさだ。

 ユーシスなんかは【おどれ! そんな犬がいてたまるか!!!】ってたまにキレるけど、犬は犬。

 うちの犬だ。

 まずパピーとラクエルの目が合った。


「きゅ?」


 パピーが首をかしげる。


「ラクエルです♪」


「きゅううううううん」


「うんきゅ」


「きゅう」


「ふみゅう」


「わん!!!」


 よくわからない意思の疎通があったらしい。

 パピーが尻尾を振った。

 ラクエルも尻尾を振る。

 するとそれを見ていた母さんがラクエルを抱っこする。


「君、どこの子?」


「卵から出たら森の奥にいたの!」


「そう? おうちは?」


「竜の巣? ダンジョン? でもラクエルのじゃないよ」


 よくわからない。

 だけど父さんの顔が真顔に戻った。


「ダンジョンができたのか?」


「ずうっと前からあるよ。できてから何百回も冬がきたよ」


 冬は一年に一度しか来ないから何百年前も前からあるのか。

 でもなんでそんなこと知ってるんだろう?


「どこにある?」


 父さんが聞いた。


「森のずうっと奥だよ!」


「……俺たちじゃ手を出せないダンジョンだな。こちらから行くことすら無理だろうな。ラクエル、これからどうしたい?」


「ラクエルわかんない」


 するとラクエルを抱っこしてた母親が笑顔で言った。


「うちの子になればいいじゃない」


「うん?」


 ラクエルが首をかしげた。


「はい。ママですよ」


「ママー!!!」


「はい、あなたも」


「お、おう、パパだぞ」


「パパー!!!」


「いいこでしゅねー!!!」


 はい親父完全陥落。

 こうしてラクエルはうちの子になったのである。

 めでたしめでたし。

 ……ちょっと待てよ。


「なあなあラクエル。俺は? お兄ちゃん?」


 ラクエルは丸い目で俺を見る。


「つがい~」


 う~ん?

 なにそれ?

 まあいいか。


 ユーシス兄ちゃんだけが【つがい……どういうことだ?】って顔してる。

 考えたら負けなんじゃないかなあ。

 家族はとろけそうな顔だ。

 ぴーちゃんを拾ったときも同じ顔をしていた。

 もはやユーシス兄ちゃんには止められないだろう。

 計画通り!

 俺は遊び相手の出現に胸をときめかせるのであった。

 さあ、なにして遊ぼう!

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