第36話 見つけた答えと消えた美咲
目を開くと、カーテンの開けられた窓から柔らかい日差しが降り注いでいた。意識が途切れるまで机の上に向かっていたはずなのに、七希はベットの上で横になっていた。
無意識にベッドに辿りついたのか、正司が運んでくれたのかもしれない。
慌てて起き上がり、読書スペースに駆け寄る。昨日のメモはしっかりと残っていて、ほっと息を吐いた。
その中にある七希の結論を書いたメモを拾いあげる。これが正解かはわからないが、やってみる以外他はない。
七希は寝癖も直さず、向かいの星夜と麗の部屋に向かってドアを叩いた。
「どうした?」
「ちょっと考えを聞いてくれる?」
死が迫っているにも関わらず、落ち着いた様子で部屋に招き入れられ、七希はメモの走り書きを見せながら、思いついた生き残る方法を話してみる。
「わかった。お前に乗ることに異議はない。やってみよう」
「なら、他の参加者も集めないとな。女の子ならいくらか連絡先をもらってるからそっちは任せてくれ」
「男なら市川もいくらか知っているだろう。来ないやつは俺が少し脅しつけてやる」
「ルールは守ってよ。脅迫は禁止だからね」
それだけ伝えると、三人は揃って美咲と紗英の部屋に向かった。
「どうかしたの?」
怯えた様子で部屋のドアを開けたのは、紗英だった。雪崩れ込むように部屋に入り、七希は自分のメモを見せた。
紗英はじっとその文字を読んで小さく頷く。
「うん。確かに今まで私たちが考えてたことと矛盾はない。やってみる価値はあるかも」
短い答えと同時に紗英はスマホを取り出して連絡先を探る。
「誰が生きてたかな。とりあえずかけてみる。ホテルロビーに集合でいい?」
「うん。白烏先生はずっと部屋にいるみたいだけど、念のため柳くんには見張っててもらおうかな」
「それがいいな。たぶん昼を食べにビュッフェにいるだろう」
最後の逆転劇へ計画を進めていく。一発勝負に隙が無いように、と緊張する中で、紗英が不思議そうな声を上げた。
「あれ、そういえば不二さんは一緒じゃないの?」
「部屋にいないの?」
「えぇ。朝出かけるって言って、そのまま。てっきりあなたと一緒にいると思ってた。今日は、最後になるかもしれないから」
紗英はぎこちなく付け足した。仲間の中で生き残りが決まっているのは紗英だけだ。今日黄色のランプが消えさえすれば、後はこの忌々しい腕輪が外れて、三日後には卒業式の列の中に並ぶことになる。それは試験のルールに従って紗英が勝ち取ったものだが、明日死ぬかもしれない美咲に出かける、とだけ伝えられたら、行先も聞けないくらい心の距離は遠く感じていただろう。
七希自身が昨日考えたように、最後の思い出を過ごしたい人と過ごすと考えてもおかしくはない。
すぐにスマホを取り出して、電話を鳴らしてみる。何度コール音が鳴っても美咲の声は返ってこない。メッセージを残してみたが、既読の文字が出ることもなかった。
「ちょっと探してくるよ。もし僕が戻らなかったら、この通りに聞いてみて」
「タイムリミットは五時だぞ。忘れるなよ」
星夜の声を後ろに聞きながら、七希はエレベーターを待つ気持ちにもなれなくて、階段を駆け下りながら、美咲の行く先をいくつも考えていた。
最初に思い付いたのは、昨日行くことができなかったカフェだった。最初の店を楽しんだ後は、急に山登りをすることになったので、行けずじまいになってしまった。七希は候補の上位にあった店の名前を思い出して検索し、美咲の姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
次に思いついたのは、昨日と同じあの廃墟となったキャンプ場だ。七希が死ぬかもしれないと思ったその場所で同じように死を覚悟する。そんな景色が思い浮かんだ。駅伝の日本記録でも出そうな勢いで駆け上って探してみたが、やはり美咲の姿はない。
汗がとめどなく流れる額を両腕で交互に拭い、七希は荒い息を整えるためにベンチに座り込む。
「どこに行ったの?」
昨日隣にいた美咲の幻影に問いかけても答えはない。
「そもそも、僕は美咲のことを知らなさすぎる」
一年生の時も怒りに任せて叫んだだけで、はっきりと話したことはない。このデスゲームに参加してからほとんどの時間を美咲と過ごしてきたが、それもほんの一ヵ月足らずのことでしかない。七希にとっての美咲のほとんどは二年間積み上げてきた一方的な憎悪とその中に隠されていた憧れがほとんどだ。
美咲が最後に会いたい相手、行きたい場所、食べたいもの。
そんなものがわかるはずもない。
「いや、わかるよ。美咲は僕と一緒がいいって言ってくれたんだから。死ぬとしても一緒にいたいのは僕だって言ってくれたんだから」
七希は両手で自分の頬を強く叩いて立ち上がる。駆け上がってきたばかりの山道を疲れも忘れて駆け下りる。その頭の中に浮かんでいるのは、たった一つの美咲が話した後悔だけ。
もしも美咲の言葉に一つも嘘がないのなら、人生に後悔があるとすれば、あの場所で七希を待っているに違いなかった。
ホテルに戻ると、ロビーには紗英と麗を中心にデスゲームの参加者が集まっていた。最後の瞬間をどこで迎えるかと考えていた者もいるのだろう。少し不満そうな顔も見える。
「見つかった?」
「ううん。でもどこにいるかはわかる。だからみんな帰る用意をしておいて。学校に戻る。美咲はきっとあの教室にいる」
「え、なんで?」
聞き返した紗英を無視して、七希はまた階段を駆け上がって自分の部屋へと急いだ。
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