第33話 神仏への祈りと隠した決意

「なぁ、ほんまにこれ旅行なんか?」

「今のところ、そんな感じだけど」

「まるで私たちに興味を失った、って感じだったね」

「卒業のためには自分のことは自分でやれ、とは言っていたが、それにしても急すぎるな」

 少しの間、白烏が戻ってくるのではないか、とエレベーターを見ていたが、一向に戻る気配もなく、七希たちは部屋割りをして、それぞれの荷物を置いてくることになった。男女別という話もなかったので、美咲と同じ部屋で泊まれたら、なんて夢見ていたが、現実は厳しく自然と男女別に分けられ、七希は正司と同室ということになった。

「これからどうしようか?」

「うーん、せっかく来たんだからまずは観光でもするかい?」

「後三日しかないのに、そんなことしてていいのかな?」

「部屋に閉じこもって考えていても答えは出ないでしょ? もしかしたらここに連れてきたことに何かヒントがあるかもしれないし」

「確かに考えるだけで答えが出るなら誰かが思いついていてもおかしくないか」

 七希は納得して大きく頷く。自然といつものメンバーで回ることになるかと思ったが、正司が反対の声を上げた。

「んな自由にって言われて神社やら寺やら見に行くんか? それなら部屋で寝てた方がマシやで」

「そうやって経験できる機会を逃していると、思考力の狭い人間になるわよ」

「今日は疲れてるし、ランプも消えてる。明日。明日は一緒に出かけるわ」

 正司はそう言って腕輪の黄色のランプが消えていることを見せて、一足先にエレベーターへと乗り込んでいった。

「勝手な奴だな。今日は死なないだろうし、うるさいのがいない方が観光はしやすいか。ん? どうした、吉岡」

「いや、今の柳くんの態度が白烏先生に似てたな、って。興味がなくなったんじゃなくて、もっと引き留めて欲しそうだったような気がして」

「そう思うなら部屋に行って聞いてやったらどうだ? これから三日も同室なんだろう」

 今の感覚が正しいとすれば、白烏も七希に何かを期待しているのだろうか。エレベーターの静かな駆動音を聞きながら首を傾げる。答えが出そうで出てこないモヤモヤを抱えたまま正司を誘ってみたが、言葉選びが悪かったのかいい返事はもらえず、結局正司抜きで観光することになったのだった。

 数年前に来たことがある寺は、当然だが遊園地のように新しいアトラクションに変わるようなことはなく、まったく同じ姿をしていた。美咲は初めて来たらしく、興味深そうに欄干らんかんの模様を眺めたり、大きな木彫りの彫像を写真に撮ったりしている。

「なんだかこれから彼岸に行くから今のうちに祈っておけ、と言われてる気分だ」

「死んだ後のことを考えているの?」

「君と違って、俺たちは全員が助かる道を見つけられなければ死ぬことになるからな」

 麗が言い返すと、紗英ははっと口元を押さえてすぐに頭を深く下げた。

「ごめんなさい。気が回らなかった」

「君を否定したわけじゃない。白烏の趣味が悪いというだけの話だ」

 麗は本当に気にしていないように右手を振る。そう聞くと、七希は確かに死後の世界の予行演習をしているような気分になってくる。

「死んだ後はどうなるのかな?」

「わからないけど、意識があるなら私は七希くんと一緒がいいな」

 ぽつりとこぼした七希の言葉を拾い上げながら、美咲がそっと七希の指に自分の小指を絡めた。

 たとえ失敗したとしても、死後の世界に天国があったとしても、その願いは叶わないと七希は知っている。

 タイムリミット直前になっても助かる方法が見つからなければ、七希は美咲に告白すると決めていた。

 二人で手を取り合って死ぬのはドラマや映画なら感動的なシーンなのかもしれない。だが、そんな誰とも知らない人間の感動秘話になって数日で風化して忘れ去られるよりも美咲に生きていてほしい。

 美咲にそんなことはしないでくれと頼んでおきながら、自分勝手なことはわかっていた。それでもひきこもりだった自分なんかよりも美咲の方が生きていく権利があると信じている。

 それが七希の純粋な気持ちだった。

「うん。そうだね」

 嘘が言葉に混じらないように短く答える。

 紫苑もこんな気持ちだったのかと心臓のあたりが刺すように痛んだ。嘘をつくのは想像しているよりも難しい。勘違いしている方が楽なのだ。

 たくさんある神社や寺の賽銭を入れるたびに、七希は自分の決意が現実にならないことと美咲の未来を念入りに願掛けして回っていた。

 結局現実逃避にしかならない観光を終えると、修学旅行一日目は夜を迎えていた。だんだんと迫ってくるタイムリミットに口数も少なくなり、明日の計画もそこそこに疲れた顔でそれぞれの部屋へと帰っていった。

 七希も正司が待つ部屋へと戻ると、ドアを開けた瞬間に甘い香りが漂ってきた。

「お菓子でも食べてるの?」

 部屋に入ってベッドの二つ並んだうちの片方に寝転がっている正司に問いかける。上体を起こした正司の手にはマンガがあって近くに匂いの元は見当たらない。

「おう、おかえり。なんか収穫はあったか?」

「なかったよ。そうじゃなくて、この匂い芳香剤じゃないよね?」

「あぁ、ここのホテル調べてみたら結構いいとこらしくてな。ルームサービスの料理も高級やから試しにいろいろ頼んでみた。でも腹いっぱいになって食べきれんかったからデザートが残ったんよ。大丈夫、後で食べる」

 言われて部屋の隅の給湯スペースを見ると、砂糖細工のかかった見るからに高級そうなベイクドチーズケーキがふんわりとラップをかけられた状態で置かれている。

「冷蔵庫に入れなくていいの?」

「あぁ。夕食は一階のビュッフェが使えるからそこから戻ったら食べるわ」

 絶対に腹いっぱいまでビュッフェで食べて、また食べられないと言い出すのは目に見えていたが、七希は言っても意味がないと思ってその話を打ち切った。

「それにしても元気だね。もしかしたら、二日後には死ぬかもしれないのに」

 七希が暗い声で漏らすと、正司は意外だというように目をキョトンと見開いた。

「死なんやろ。お前が全員助かる方法を見つけるんやから。俺はアホやけど、乗った以上は信じるで。俺の勘はよく当たるから心配すんなって。今までお前に乗ってなかったら俺はもうとっくに死んでる。感謝してるし、もし死んでも恨む理由なんか一つもないわ」

「そこまではっきり言われると、ちょっと気が楽になるよ」

「そやろ? 準備できたらビュッフェに行くでー」

 体を跳ね上げると、正司がベッドから飛び降りる。観光の時はあんなに面倒そうにしていたのに、食べることになると体が動き出すらしい。

「あ、そうや」

「何かあった?」

「白烏の部屋番号をフロントで聞いて、時々見回りに行ってたんやけど、どうもどこにも行かずに部屋にこもりきりみたいやで。特に怪しい動きはしてなかったわ」

「もしかして、そのために残ってくれたの?」

「いや、寺に興味ないのは本当や。でもなんかヒントでもあればと思ったんやけど」

「ううん、ありがとう。やっぱり僕たちに興味なくなったって感じだよね」

 これまでも放任主義と言えばそうだった。でも自分がデスゲームの主催者側だったらどうだろう。最後の最後に足掻き続ける姿こそ一番見たいんじゃないだろうか。

 七希が二年の間に何度も考えた美咲の殺害計画では、苦しむ姿を少しでも長く見るために、即死に繋がらない部位や動きを制限する急所を調べてデータファイルを作っていた。

 生徒全員を愛してると言ったにしても、最後まで見届けるのが主催者の義務であり権利のように思える。

「なんか変だよね。もうすぐ試験が終わるっていうのに」

「あいつが変なのは最初からやろ。今更驚かんよ」

 正司はそう言って切り捨てたが、七希には納得できないまま、高級過ぎて食べ慣れないビュッフェのメニューを知らず知らずに食べ過ぎていた。

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