三章 勝利への道筋を探せ

第31話 小さなご褒美と恐ろしい考え

「全員が生き残る方法を探すといってもどこから手をつけるんだ? もうゲームの期限は二週間も残っていないぞ」


「わかってる。でもヒントはここにあると思うんだ。答えの在処ありかは最初から示しているのは、今までのイベントで明らかなんだから」


 七希はカバンの中に入ったままになっているくしゃくしゃの紙を取り出した。それはこの地獄のような卒業試験が始まった日にもらったルールが書かれたプリント用紙だった。


「これか。忌々しくてあの日以来どこに置いたかわからない。自分の命がかかったルールなら一度聞けば嫌でも頭に入ってしまうからな」


 七希もカバンに入れたままで特別に見返すこともないのだが、自分の命がかかっていると自分の手から放すのは少し怖かっただけだ。


「だったらなおさらだよ。頭に入っているって言ってもそれは自分の身を守るためでしょ? 全員が生き残る方法なんてきっと誰も探していないはずなんだ」


 皺がたくさんついた紙を丁寧に伸ばして広げてみる。しっかりと読み込んだのは一ヵ月も前になる。頭の悪い七希でも一字一句覚えていると思っていたが、こうしてみると細部は曖昧だった。


『一、試験期間内に告白され、期間中死亡しなかった者は、その他一切の条件を排除し卒業資格を与える。

 二、告白した者は試験失格とし、試験参加者から除外する。

 三、登校は原則自由とする。ただし毎週月曜日を登校日とし、朝八時四〇分までに着席しておくこと。

 四、試験期間中は授業として毎日五時間以上、未だ告白をされていない者と半径一メートル以内に意識覚醒状態で接触すること。

 五、その他授業で教師から指示があった場合、それに従うこと。

 六、暴力、脅迫、その他一切の威力行為は禁止する。

 七、規則に違反した者および試験期間中に告白されなかった者は、それが発覚したとき罰則を受けるものとする。

 八、生存している受験者がすべて告白されている状態になったとき、期間の定めにかかわらず試験期間を終了する』


 淡々と明朝体のフォントで書かれたルールには、最終目標と途中で脱落する条件が書かれている。林間学校の時は、三番のルールを守れなかった生徒は二度と教室には現れなかった。今回の期末試験はこのルールの中には書かれていない新ルールだった。


「吉岡くんに言われてから読み返してみると明らかに異質なルールがあるわね」


 しんと黙ってしまった個室の中で、やはり最初に口を開いたのは紗英だった。


「どこか気になるところがあった? 聞かせて」

「落ち着いて。最後の八番。これだけ試験の終了について書かれているのよ」


「確かにそうだが、それが何かおかしいのか? 全員が告白されていれば四番が実質的に守れなくなるからだろ?」

「それがおかしいって言ってるのよ」


 聞いた星夜も七希も紗英の言葉の真意が読み取れず、眉根を寄せて考える。ただ、美咲には言っている意味が伝わったようだった。


「そうだね。もしこれが殺し合いを目的にしたデスゲームならこんなルールはいらない。期限終了までに全員が告白してしまったら全員死ぬというルールの方が焦燥感を煽れると思う。七希くんも言ってたけど、このゲームは早く告白すると一緒に過ごす相手を探すのに苦労するから告白されるのは遅い方がいいって。でもこのルールがなければ最後の一人が告白したら全員みちづれになることになる。告白されていない人間は少し残っている方がいいんだ」


「そう。今度は告白されるゲームから告白されないゲームになる。でも五時間は一緒にいないと、最後の一人が罰則で死んでやっぱり全員みちづれになる。こんな恐怖はそうそうないでしょ」


 七希は少しだけそのルールを想像してみたが、一人で死にたくない、と美咲に言われれば簡単に告白を受け入れてしまう未来しか見えなかった。


「このルールを読んだだけでそこまで思いつくのか。君たちの想像力には敵いそうもないな」

「敵に回さなくてよかったよ」


 渋い顔でルールを見ながら、七希は星夜とひそひそと確かめ合う。


「聞こえてるわ。でもこれが答えじゃない? 白烏先生が残した私たちが助かる方法は」


 紗英が言い切るときは有無を言わせない説得力がある。星夜と麗は少し怯えるように首を縦に振っているし七希も思わずそれに倣おうとしていた。


 しかし、美咲だけが今の説明に納得できないと言うように、視線は紙面から動かそうとしない。


「それはおかしい。だってそれじゃ参加者の少なくとも半分は告白するから死ぬことになる。これだと七希くんの言ってた全員が助かる方法にはならないんじゃないかな?」


「そっか。告白した人は死ぬんだ。それじゃ全員告白された状態になったってことは誰かが犠牲になってるってことだもんね」


「なら、このゲームの参加者以外から告白されるのはどうだ? 参加者から告白されたら緑のランプがつくが、ゲーム外から告白された人間は参加者には隠してカウントしていて全員が条件を満たすとゲームが終わる、という仮定なんだが」


「確か最初の説明で参加者から告白されるっていうことは言ってたわ。それは成り立たないんじゃない?」


「そうだね。それに僕が桂木さんに告白された後、白烏先生が言っていたんだ。罰則を受けた後の告白だから条件を満たさないって。だから参加者以外じゃダメなんじゃないかな? うーん、最初の説明でなんて言ってたんだっけ?」


 あの日のことを忘れたはずはないが、それでもすべての言葉を完全に覚えているはずもない。何度か読んで覚えたつもりになっていたルールすらも曖昧だったのだから当たり前だ。


「おまたせ。こないだ話してた俺のオススメ。石焼麻婆マーボー炒飯や。今日はしっかり厨房で作ったから味にも期待しててな」


 指先が秘密に引っ掛かりかけた時、正司が持ってきた料理の香ばしい香りで一気に現実に引き戻された。石焼鍋に熱せられた赤みがかった麻婆がボコボコと沸き上がっている。鍋底に焦げ付き始めている米が見えてくるようなほど奥まっていて窓もない部屋には一気に香りが充満し、何かを考えるような空気はなくなってしまった。


「もう少しで何かつかめそうだったんだがな」


 麗は口では残念そうにそう言っているが、その手はさっそくスプーンを手に取って、炒飯と麻婆をかき混ぜて食べる準備を始めている。紗英と美咲は一瞬だけ正司に呆れたような視線を向けたものの、この香りに抗うことはできなかったようで、すぐに表情を緩めた。


「なんや、もしかして辛いのダメなやつおったか? 見た目ほど辛くないから必要なら追い一味もあるで」


「そういうわけじゃないから座って食べよう。みんな、試験勉強おつかれさま」


 本当ならもう一人ここにいたかもしれないと思うと、まだ座ることができるスペースがあることに寂しさを覚える。もういないと思っていた美咲が帰ってきてくれたことで少しだけ救われていたが、仲間を失う怖さは何度経験してもなくなることはないだろう。


 本当に無料で食べてもいいのか不安になるほどおいしい炒飯を食べながら、七希は頭からすり抜けていった答えをもう一度探すために記憶の海を泳ぎ始めていた。

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