第30話 わずかな希望と仲間たち

「実際問題として、どうすればいいかの見当はついているのか?」


 ほんの少しの沈黙の後、言葉を慎重に選びながら麗が口を開いた。同じように無理なことだという考えもよぎっているのか、否定的な言葉を避けているようだった。


「ううん。全然ついてないよ。僕の頭じゃなんとなく思いついたってだけ。でも桂木さんが言ってたんだ。林間学校も今回の試験も告白以外で誰かを殺すチャンスだって。実際にみんなが平均点を下げてくれなかったら僕も死んでいたかもしれない。

 でも、逆に考えれば協力すれば誰も死なずに済むルールなんだ。実際に今回の試験は誰も死なずに生き残ったし、林間学校も極論だけどみんなが市川さんについていけば誰も死なずに済んだはずだった。何故かはわからないけど、全員が生き残る道はどちらも用意されてた」


「だから、このデスゲームにも同じように全員が生き残る抜け道があるってこと?」

「確信は全然ないんだ。だから、一緒に探してほしい。もうこれ以上誰にも死んでほしくない。それが僕の意志だ」


「なるほど。だとすると次の修学旅行も何かがあるかもしれない。それの対策も考えておく必要があるな」


「仲間はどうする? 全員に声をかけるか?」

「ううん。今はやめよう。確証がないと変に期待を持たせちゃうし」

「他の子たちは七希くんのこと信頼してくれるとも限らないんだもんね」


 悔しそうに美咲は表情を歪めて唇をかんだ。七希はそれだけで少し嬉しくなる。林間学校を一緒に過ごした仲間たちも同じように七希の思い付きのような浅い考えも信じてくれていた。


「ほんじゃ、生き残りと作戦会議を兼ねてぱーっとどっか行こうや」

「まったく。どうせ聞いていてもよくわからなかったんだろ?」

「そゆことや。なんで話は後でゆっくり聞かせてもらうわ」


 正司はカバンを持って立ち上がると今にもスキップでも始めそうな雰囲気で教室を飛び出していく。


「おい、どこに行くんだ?」

「おっと、そやった。秘密の話するんなら俺のバイト先で個室用意してもらっとくわ。場所はメッセージ入れといたからゆっくり来てや」


 それだけ言い残すと、正司はさらにスピードを上げて、誰もいないC棟の廊下を走り抜けていった。


「相変わらず感情がジェットコースターみたいなやつだな」


 星夜は呆れたようにこぼしたが、表情は柔らかく微笑んでいる。この仲間たちの中で一番成績が悪いのは正司だったから、七希も口には出さずとも一番心配していた。内心で一番安堵しているのは間違いなく正司本人なのだろう。


「結構近いよ。大学の近くの食堂みたい。僕たちはゆっくり行こうか」

「そんな急に頼んでなんとかなるものなのか?」

「自信がありそうだったしいいんじゃないかな?」


 七希はもらったメッセージについていた場所を地図アプリで表示しながら他の仲間と並んで教室を出る。すると、空いていた左手を美咲につかまれた。


「本当によかった」


 短い一言だったが、美咲の思いが凝縮したような重い一言だった。七希だって昨日の夜が最後の日になることを考えなかったわけじゃない。きっと美咲も同じ気持ちだったのだろう。つかまれた手は放されることはなく、手を繋いだまま少し先を行く仲間たちに追いついた。めざとい星夜は二人が手を繋いでいることにすぐに気付いたようだったが、何も言わないまま少しだけ前を歩き続けていた。


 正司が指定した店は、大学近くのアパートが立ち並ぶ一角に紫紺の暖簾のれんをかけて営業していた。相当古い平屋建ての瓦葺かわらぶきの建物は、耐震リフォーム工事を済ませている周りのアパートから一人だけおいてけぼりを食らったような姿をしている。


「これ、本当に営業してる?」

「柳くんが言ってるから大丈夫だと思うけど」

「むしろ柳が言っているから不安なんだがな」


 ひどい言われようだが、七希もだんだん不安になってくる。営業中という入り口の小さな札を頼みにして、勇気を出してドアを引く。


「こんにちは~」


 弱々しく声をかけながら店内に入ると、お昼時のピークが過ぎたらしい食堂は次の授業を待つ数人の大学生が座敷席にノートを広げながら携帯ゲームの話をしているだけだった。


 いかにも町食堂という雰囲気の店内はカウンターが十席と座敷、テーブル席と合わせて九組あり、外観よりも広く感じられた。壁には近くの大学の卒業生だろうか、集合写真や有名人のサインが飾られている。


 カウンター越しに見える厨房では、いかにも職人然とした六十歳ばかりの男が、寸胴を傾けてスープの残りを集めている。


「お、来たか。こっちやこっち」


 座敷席の奥にかかっていたすだれをかき上げて、通路から正司が顔を出す。トイレか従業員用に見える通路を案内されるままに奥に進んでいくと、十人ほどが入れそうな個室に通された。靴を脱いで中に入ると、席は掘りごたつのようになっている。


「ここってどういう席? 密会に使ってそうだけど」

「大学生が宴会したいって時に他のお客さんに迷惑にならんようにここを使うんよ。別に追加料金もないから安心してや」


「メニューも特別だったりするの?」

「今日は俺が作ったスペシャルまかない料理や。期待しててな」


「柳は料理はできるからな。楽しみだ」

「なんか引っかかる言い方やけど、まぁええわ。すぐに持ってくるから」


 正司が厨房の方へと向かって出ていくと、星夜がゆっくりと言葉を選ぶように七希に問いかけた。

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