第29話 試験結果ともう一つの解答

「みなさんお揃いですね。昨日はゆっくり眠れましたか? 先にそれぞれの解答用紙を返します。その後、みなさんも気になっている平均点を発表します。一教科でも平均点の半分未満、赤点があればその人には罰を受けてもらうことになりますからそのつもりで」


 淡々とした説明を七希たちは黙って聞いていた。ここまで生き残ってきた生徒はいまさら暴れても意味がないことをよく知っている。白烏が名前を呼ぶことなく一人一人の座った席の机に五枚の解答用紙を置いていく。七希の机に並べられた用紙の右上に目をやる。


 国語三十一点、数学四十四点、社会二十三点、理科六十八点、英語五十二点。


 たったの十日ほどで詰め込んだにしては七希自身も驚くほどの良い点だった。しかし、安心はできない。社会が一つだけ赤点でも罰には変わりがない。


「お、おぉ……」


 七希の斜め後ろに座った正司から今にも吐きそうな声が聞こえてくる。普通の高校生活ならお互いの点数を教えあったり、慰めあったりするところだろう。しかし、今はそんなことをできるはずもない。


「あまり待たせてもよくはありませんし、平均点をすべて発表してしまいましょうか」


 白烏は教科の名前を五つ、黒板に横に並べて大きく書く。続けてチョークを止めることなく点数を書き込んでいった。


「え?」


 書き込まれていく数字に驚く。


 三十一、二十八、二十五。どの教科も七希が想像していたよりかなり低い。赤点どころか平均点を何教科も上回っている。心配だった社会も平均点が二十九点で、余裕をもって赤点を回避していた。


「さて、それでは赤点をとった方には罰を受けていただきましょう」


 白烏は両手を合わせて大きな音を立てる。突然のことに七希の体はびくりと跳ねる。しんとした時間が数秒流れる。しかし、苦しみ始める生徒は一人もいなかった。


「今回の試験で赤点をとった生徒はいなかったようです。今年の参加者は優秀ですね。それではこれで解散とします。さて、再来週の水曜日からはいよいよ修学旅行です。この卒業試験の最後のイベントです。準備をおこたらないようにしてください」


 それだけ言うと、白烏は微笑みを浮かべながら教室を出て行った。その瞬間張り詰めていた空気が一気に緩み、安堵の声が漏れ、誰もが机に体を預けて大きく息を吐いた。涙を流している生徒もいる。


 七希は自分の解答用紙の点数と黒板に残った平均点を見比べながら、もう一度首を傾げた。


「なんであんなに低い点数になったんだろう?」


 持ってきていた問題用紙をもう一度見返すが、落ち着きを取り戻した今でも難しすぎる問題には見えない。むしろ七希がそれなりに点を取れたことを考えれば、一緒に勉強した紗英は満点。星夜、麗も得意科目なら高得点が取れそうに思える。


「何とか生き残ったな」


 頭を悩ませる七希の背中をぽんと叩きながら、嬉しそうな声で星夜が隣に立った。


「うわ、思ったよりできてるな、これならそんなに心配することなかったか」


「心配? 桂木さんのことなら、まだ整理はついてないけど、今はやらなきゃいけないことがあるから」


「それもなんだけど、君や柳は赤点ギリギリだと思ってたから」


 そう言って星夜は自分の答案用紙を見せた。


「これって、全部四十五点?」


「あぁ。多分他にも同じことやったやつはいると思う。十二人しかいないならこのくらいとっておけば他が高得点でも赤点になることはないんだ。

 ほら、勉強会の時に市川が言ってただろう? 談合して平均点を下げる話だよ。個人でも四十点ちょっとなら自分の安全を確保しながら平均点を下げられるのさ」


 それを聞いて、七希は近くに座っている美咲たちに顔を向けた。それぞれが解答用紙を見せると、どの教科も四十点と少しに抑えられている。こうなると六十点をとって満足していた自分が恥ずかしくなってくる。


「僕はそこまで思いつかなかった。僕のせいで誰かが死んでたかもしれないんだ」

「七希くんはまず自分のことを考えて。正解がわかっていないと調整のしようがないんだから」


 美咲に咎められて、七希はまた自分が失った時間の大きさを突きつけられた気持ちになる。自分の解答用紙に書かれた点数に白烏がにんまりと笑顔を浮かべている姿が透けて見えるようだった。


「はぁぁ。もう絶対終わりやと思ってた。数学十五点しかなかったんや。慌てて腕輪外そうとせんでよかったわ」

「外したらそっちで罰則だ。パニックになるのもほどほどにしておくんだ」


 麗のせっかくの忠告も試験から解放された正司にはまったく届いていない。カバンの中からお菓子をたくさん取り出して周りに配り始めている。


 七希は試験を乗り切った安堵と同時に考えていたことに少し確信を深めていた。


 今なら言える。自分を危険に晒してでもこうして平均点を下げてくれた仲間になら言える。


「僕、ずっと考えてたんだ。なんとかこれ以上誰も死なせないでこのゲームを終わらせられないか、って。その方法はまだわからないけど、今日可能性はあるって感じた。たぶんだけど、このゲームには何かクリアの条件が他にもあると思うんだ。全員生き残る可能性のある条件が」


 それはとんでもなく楽観的な意見だった。ここまで半数を超える参加者が脱落して死を迎えている。それなのに殺し合わずに生き残る方法を探るなど気が狂ったとしか思えない。今話している七希自身ですら、頭の隅でそう思っている。


 だが、七希のそんな暴論を誰も否定することなく最後まで聞いていた。

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