第25話 告白の答えとお別れ
七希はもう動かない紫苑の独白を無言のまま聞いていた。最後に伝えられた重い呪いをまだ消化できないでいる。
「さて、では片付けを終えたら試験を始めましょう」
沈黙が続く教室の空気をまったく理解していないように白烏は冷淡な声で告げた。血だまりの中で眠るように目を閉じた紫苑に手を伸ばそうとした白烏の前に七希が立ち塞がった。
「彼女はもう死んでいます。今度は嘘ではありませんよ」
「片付けるなんて言葉は取り消してください」
白烏は首を傾げて少し考えた後、チラリと美咲の方に目をやったように見えた。
「告白されて情が移りましたか?」
白烏が煽るように問いかけても七希の心は揺れなかった。それがどれほど白烏の関心を引いたのかはわからないが、少しだけ表情を緩めると、周囲で成り行きを見守っている生徒たちを見回した。
「吉岡くんは残ってください。他の方は隣の教室へ。私が教室に向かったら試験が始まりますから席を離れないように」
教師の指示は絶対だ。美咲は七希の方を心配そうに見つめていたが、教室から逃げていく生徒の最後尾につくと、何度も振り返りながら出ていく。白烏と二人残された七希は、まだ座り込んだ体勢のままの紫苑を見下ろしていた。
「あの子の告白を聞くのは二度目でしたが、今回は本気のようでしたね。私に告白してきた時はもっと子供がドラマに憧れたような芝居じみた言い方でした。まさかそれを気に病んで教室で私の当てつけに自殺を図ることまでは予測できませんでしたが」
「桂木さんが、白烏先生に?」
「やはり私の考えは間違っていない。恋愛は人を大きく成長させる。あなたの心にも桂木さんの告白が深く刺さって大きな成長を遂げたでしょう? ですが、残念ながら、あの告白は無効です」
そう言って、白烏は七希の腕輪を指さした。告白された人間は毎日五時間一緒に過ごすという対象から外れ、その代わりに緑のランプが灯ることになっている。しかし、七希の腕輪には今日のノルマである五時間誰かと過ごすことが達成できていないことを示す黄色のランプが灯っているだけだった。
「あの時点で、桂木さんは罰則を受けていた。ですから、参加者としての資格がなくなっていましたからその後の告白は無効です」
「別に構いません。それよりも早く桂木さんを休ませてあげたい」
「わかりました。あなたは彼女の体を包んでください。手伝わせてあげるのはそれだけです。それで少し
白烏はカバンの中から膨らむように出てきた大きなバスタオルのような布を七希に手渡す。人間一人の体ならすっぽりと包んでしまえるほどの大きさで、薄い生地は死体を隠すのにはちょうどよさそうだった。
七希は受け取るとすぐに紫苑の遺体の正面にしゃがみこんで、その顔を見た。
血の気が引いて青白くなった顔は、瞳孔の開いた目が七希ではないどこかに焦点を合わせている。その顔にベールのようにそっと布をかけると、七希は優しく紫苑の両目を閉じた。切った手首の血は、心臓が止まってしまったからかもう流れてはいない。手首から指先に伝っていた血は赤黒く固まり始めている。真新しい傷の周りには数え切れないほどの自傷の跡が走っていて、幼児がスケッチブックに赤いクレヨンで殴り書きをしたようだった。
「この中に僕のせいで付けてしまった傷もあるのかな?」
七希は小さな声で紫苑に問いかけるが、当然答えは返ってこなかった。
ベールのように頭から白い布をかけ、丁寧に体を包んでいく。あの山で美咲を見つけた時も七希はこうしていたことを思い出す。あの時は少しでも温かくすることを考えていたが、結果としては美咲を見送るときに汚れたままにしなくてよかったと思っていた。
紫苑の体を抱き上げ、血だまりから救い出す。場所を移すと、白烏が濡れたぞうきんで赤く広がった紫苑の血を丁寧に拭き始めた。
「先生はこんなことをしていて何も思わないんですか?」
「前にも言いましたが、私は生徒一人一人を愛していますよ。あなたが一年生の頃、事件を起こした時も決してそんなことをする人ではないと信じていました。あの教室に集まった四十人全員が生きて高校を卒業してほしかったと思っています」
そんな見え透いた嘘を、と七希はすぐに否定できなかった。両親さえも七希のことを疑って距離を置く中でも最後まで七希の話を聞いてくれたのは他でもない白烏だった。紗英もルールを守ることに関しては信頼できる先生だと言い、紫苑はこのゲームが始まる前に告白したほどだ。美咲もきちんと治療を受けさせてこの地獄とはいえ帰らせている。普通なら身を引いてしまいそうな血だまりをこうして片付けられるのも、生徒を愛しているという言葉だからできるように思えた。
「気が済んだのならあなたも隣の教室で試験開始を待っていてください。これ以上はあなたに知る権利はありません」
少し七希が見直した瞬間に白烏の冷たい声が届く。こういう言動のせいで七希は白烏を信じられないでいるのだ。
「さよなら、桂木さん。でも、ごめん。君の気持ちには応えられないんだ。僕には好きな人がいるから」
聞こえていないかもしれないと思いながら、七希ははっきりと紫苑の告白に答えを返した。紫苑も知っていただろう。だから、美咲が生きているのを見て言わずにはいられなかったのだ。
紫苑の体をゆっくりと寝かしつけると、七希は背中に白烏の視線を感じながら教室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます