第20話 試験対策と告白以外の殺し方

 自分を象徴するものは、持っているだけで心を落ち着けてくれる。七希にとっては自作のナイフであるように、紫苑にとってもカミソリやナイフがそうなのだろう。今も七希のカバンにはスプーンを研いで作ったナイフが入っているし、制服の内ポケットにも小さめのキーホルダーを研いだ簡易ナイフが入っている。


 もう美咲はいない。殺したい相手もいなくなったが手から離せないのは、これまでの七希が自信を持てるものがナイフを研ぎ続けてきたことしかないということでもあった。


「さて、このくらいでよろしいでしょう。好きに座ってくださいな」


 ぬいぐるみが片付けられると、六人がぐるりと囲んでも余裕のあるローテーブル本来の姿が現れる。クッションにも刃物が隠されていないか、と恐る恐る触って確かめてから、七希が緑色のクッションに座ると紫苑はその隣を選んだ。


「とりあえずあるだけ持ってきたけど」


 雪崩が起こるような勢いで紗英がカバンの中に入っていた参考書をテーブルの上に広げて並べる。基本教科それぞれ十冊はくだらないほどの量で、七希は数学とか英語というタイトルの文字を見ているだけでめまいがしてくる。全員で手分けして教科ごとに整理すると、まず正司が泣き言を漏らした。


「こんなにあって本当に十日で間に合うんか? 赤点じゃなきゃいいとは言ってもよぉ」

「でもやらないとどうにもならないよ」

「まぁ、どうにかする方法はなくはないけどね」


 早速英語の参考書を開きながら、紗英はさらりと言った。折り目のない真新しい参考書の目次に目を通し、課題のページを探している。普段から勉強が習慣付いていることを思わせた。


 七希はまだ真っ白なノートを開いたばかりで、正司や紫苑に至ってはまだ手元に何も準備できていない。習慣の差が学力の差だと思い知らされる。


「あるんか⁉︎」

「うるさい。勉強しにきたの? それとも邪魔しにきたの?」

「そう言わんと教えてくれや。この試験が乗り切れるならなんでもするから!」


 正司の声がいっそう大きくなる。


「ちょっと声が大きいって」

「防音ではありますが、限度はありますわよ」

「わかった。話すから騒ぐのはやめて」


 七希が焦るのを見て、紗英が嫌そうに大きく息を吐く。それとほぼ同時に麗が膝立ちで紗英にすがりつこうとする正司をベッドに向かって投げっぱなしジャーマンスープレックスを決めた。


「聞く相手が気絶してるんだけど」

「まぁ、いいじゃないか。いちいちあのテンションでリアクションされたら話が進まないよ」


 星夜がペンをくるくると回しながら、カバンから持ってきたペットボトルに口をつける。七希もそれを見て自分のカバンから買ってきたお茶を取り出した。一度準備をするために別れる前に、紫苑が飲み物は持参した方がいい、と言った意味がわかる。閉じ込められていては、客に飲み物を出せるはずもない。七希たちは文字通りの招かれざる客だった。


「それで、勉強しなくても赤点を取らなくて済む方法。教えていただけますの?」

「そう言うってことは、桂木さんも自信ないのね」

「まぁまぁ、そうもったいぶらないで教えてよ」


 ピリついた雰囲気を察して、七希が割り込んだ。林間学校の時から時々紫苑は紗英への警戒心を見せている。すでに告白されている人間を怪しんだり警戒したりするのは、このゲームの中では当然と言えば当然だが、七希には紫苑が噛みつく理由がわからない。


 紗英は冗談めかしたことは言うものの告白させようという言動は感じない。むしろ自分が生き残るために必要な距離を保っていてこうして同じ空間にいてもどこか他人行儀なほどだ。


「平均点を下げればいいの」

「へ? どうして?」


「わからない? と思ったけど吉岡くんは高校で試験を受けてなかったのね。うちの高校の赤点は平均点の半分以下。だから平均点を下げれば、当然赤点のラインも下がる。

 しかも、今回の試験を受けるのは生き残っている十四人でしょ。談合して平均点を下げることができれば実質赤点なんてなくなる。白烏先生は赤点は罰とは言ったけど、合格点は設定しなかった。ルールの中でできる以上、不正じゃない」


「でも、たとえば他の生徒と同じテストを受けさせて全校生徒の平均点を取るとしたら?」


「三年生の? こんな受験シーズンに校内試験があるわけない。それに私はその試験をもう受けてるもの。受けてない吉岡くんや桂木さんが不利になるだけじゃない」


 そう言いながらも、紗英は山のような参考書が入っていたカバンからクリアファイルを取り出す。中には今ちょうど話にあがっていたばかりの三年生の学年末試験の問題用紙が入っている。


「でも、吉岡くんが言うことの可能性も考えて、今年の学年末試験は百点が取れるように勉強しておく。これでどっちに転んでも対策は完璧よ」


 紗英の読みは説得力があった。林間学校の時も紗英がいなければ、七希は山の奥でのたれ死んでいたかもしれない。受け取った試験用紙の問題は何一つわからないが、今から三年分の勉強を詰め込むよりは希望が見える。


「しかし、談合したところで誰かが裏切ったらどうなる? わざと間違えて低い点をとった者は巻き添えになるぞ」

「でも、デメリットはないでしょ? みんな罰を受けずに済むんだから」


「そうとも限りませんわよ。たとえばすでに告白を受けている人間なら、告白されていない人間を始末すればこのゲームは終わるのですから」


 このデスゲームのルール。残った参加者が全員告白されている状態になった時、ゲームは終了する。


 何人が告白されているかはわからないが、こうして話している紗英がわざと低い点数を取る提案をして、実際には高得点をとって平均点を上げれば、七希たちは赤点として罰を受ける。そして告白されている紗英は生き残る可能性を上げることができる。

 全員が告白された状態になれば、このゲームは終わるルールになっているのだから。


「私がみんなを騙そうとしてるっていいたいわけ?」


「そこまで断言はしていませんわ。ただ、あなたには私たちに赤点をとらせるメリットがあると言ったまでです。

 林間学校の時もそうでした。このゲームにおける学校行事は、告白に頼らず参加者を殺すことができるタイミングなのですわ」


 紫苑の指摘に、紗英はさきほどまでの流暢りゅうちょうな説明から一転、言葉を詰まらせた。

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