第19話 友達の家と隠された凶器

 一時間後、七希は部屋の中から探し出した一年生の頃の教科書と真っ白なノートを持ってもう一度教室に向かうと、さっき解散した時よりも人が増えていた。元からいた紫苑と正司、誘った紗英は当然として、林間学校で一緒に過ごした星夜と大男の麗も少し困ったような表情で席に座っていた。


「麻生くんと加賀美くんも来てくれたの?」

「おう、俺がさっき捕まえといた」


 正司は自分の手柄だと胸を張る。星夜は無言で首を振り、麗はちらりと正司を見る。


「一応図書室で勉強していたんだけど、いきなり乱入されてね」

「図書室で騒ぐな、と追い出されてきたところだ」


「なんか、ごめんね」

「そういうのはいいから、早く行きましょうよ」


 まとまらない話を切り捨てるように紗英が割り込んだ。持っている肩掛けのカバンはパンパンに張りつめていて、見ているだけでもずしりと重そうだ。正司が言うには紗英は学年でもトップクラスの成績を持つ優等生だという話だから信頼できる。


「もしかして、それ全部参考書?」

「えぇ、家にあるのを手当たり次第に持ってきたから役に立つかはわからないけどね」


「量が多いと持っていくのも大変ですわよ」

「そういえば桂木さんって結構な家柄って聞いたことがあるわ。もしかして門から何キロも歩いたりするの?」


「そんないいものではありませんわ。行ってみればわかりますが」


 紫苑はそっけなく言うと、七希たちを案内するように教室を出た。

 それほどでもない、と紫苑は言ったが、案内された先は高さ三メートルはあろうかという鉄格子の正門だった。家を囲う塀も同じくらいの高さがあって、上辺には返しがかかり、侵入者を阻むようになっている。きれいな漆喰しっくいの壁なのに豪邸というよりもどこか堅牢な刑務所にも見える。鉄格子の門の向こう側に三階建ての豪華な屋敷が見えた。


「これからあそこに向かいますわ」


 紫苑はまるで他人の家のように言いながら三階の角に見える窓を指さした。


「これからお手伝いさんでも迎えに来てくれるわけ?」

「そんな風に見えます? でも残念。不法侵入するんですわ。私はこの家の出入りは禁じられていますから」


 紫苑はそう言うと、大きな鉄格子の門を見送って、漆喰の塀沿いに歩き出す。そして門から数メートル先の汚れ一つない塀にそっと手を触れた。すると、塀がぐらりと揺らぎ、隠し扉のようにくるりと回転して開いた。


「忍者屋敷なの?」

「そんなわけありません。私が作らせたのです。私がこの家から自由に出入りするために」


「どういうことなんよ? ここって桂木の家なんだよな?」

「それに関しては嘘はありませんわ」


 紫苑は短く答えて、姿勢を低くして隠し扉を潜り抜けると、玄関には回らずに先ほど指さした窓の真下で止まった。


 洋風の外壁は飾りのついたレンガ造りで、こちらは外の漆喰以上にきれいに掃除されていて、本当に現実に存在するのか疑わしく見えるほどだった。七希がそんなことを思いながら壁を見上げていると、紫苑はそれが当然のような口振りで言った。


「では、ここから壁を登って窓から入ってください」

「えぇ、登るの⁉ そんなアクション洋画のワンシーンみたいなことできないよ」


「ご心配なく。このとおり壁はデザインのために突き出ている箇所がたくさんありますし、落ちても下は天然芝ですから死ぬことはありません。心配でしたら、そこに私が普段窓から飛び降りるときにクッションにしているわらを敷いて置けば問題ありません」


「僕たちも帰るとき飛び降りさせるつもり?」


 七希が驚いている間に、麗は大きな両腕で藁の固まりを窓の真下あたりに積んでいる。


「大丈夫だ。この高さならきちんと受け身をとれば無傷で済む。体をひねりながら衝撃を分散させればいい。五点着地と言ってな」


「いや、それ普通の人にはできないから。試験勉強をしに来たのに、どうして三階への侵入方法と高所から落下した時の受け身の方法を学ばなきゃいけないの」


 麗の説明を遮って両手で頭を抱えた七希に対して、他の仲間たちはやけに乗り気で、紫苑と麗はもちろん、正司もゲームみたいとわくわくしているし、紗英も星夜も珍しい体験くらいの口振りで壁に手をかけはじめた紫苑の姿を見上げている。


「もしかして、僕だけがおかしいの?」


 すいすいと登っていく紫苑に続いて、紗英たちも続いていく。最後に残された七希は意を決してレンガの突起に手をかけた。下を見ないように進んでいくと、意外なほどすんなりと登れてしまって七希はひきこもりですっかりなまっていたはずの体が意外と回復していることに自分でこっそり驚いた。


 窓から不法侵入したはずなのに、窓辺には当然のように靴箱が置いてあり、来客向けのスリッパが並べられていた。部屋に入って一番最初に目についたのは、アニメでしか見たことがない天蓋付きのベッドだった。三人くらいなら詰めれば寝られそうなくらい広いマットの上には一人分の寝るスペースを残してぬいぐるみで埋め尽くされている。


 それに気付いてぶしつけに部屋を見回すと、本棚やタンス、机の上。部屋の中はどこもぬいぐるみで溢れかえっている。部屋の中央に敷かれたラグには大きめのローテーブルがあり、くつろぐためのスペースらしくクッションが並んでいる。もちろんそのローテーブルの上もぬいぐるみだらけだ。


「そういえばあるのが普通になっていて、この子たちを片付け忘れていましたわ」

「へぇ、意外とこういうのが好きなんだ。痛っ!」


 ぬいぐるみの一つに手を伸ばした紗英が、反射的に手を引く。その指先には真っ赤な血が浮かんでいた。


「なにこれ、口にカミソリが仕込んであるんだけど」

「えぇ、こうしていないとすぐに回収されてしまいますので。この子たちはみんな私から刃物が取り上げられないように守ってくれているダミーなのですわ」


 紫苑は愛おしそうにローテーブルの上からウサギのぬいぐるみを抱き上げる。それをそっと本棚の上に置く。次にクマのぬいぐるみを手に取ると、そっと耳の裏をつまむ。すると、するすると中からメスのような質素な装飾のナイフが抜け出てくる。


「私が自殺未遂をした後、両親はこの部屋に私を閉じ込めることにしたのです。二度と自分の体を傷つけないように。この部屋には尖ったもの、切れるものは一切置けないことになっています。ときどきお手伝いが部屋を探しに来ますし、部屋の前はいつも誰かが私が逃げ出さないように見張っています。

 私は安くないお金を口止め料に払ってあの塀を改造させ、庭師たちにも口止めをさせてなんとか自由を保っているんですわ」


「箱入り娘というよりも、囚人のようだな」


 笑えない、と星夜は慎重に刃物を探すようにじっくりとぬいぐるみを見回しながら言った。巧妙に隠されているらしい刃物はちょっとやそっと見たくらいじゃわからない。そこまでして刃物を持ち込む理由はなんだろうか、という疑問は七希には浮かばなかった。

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