二章 六人の仲間たち

第17話 ゲームへの違和感と学生の本分

 翌日の月曜日、教室に来たのは、山小屋で過ごした七希たち六人を含めて十四人だった。最初に教室に集まった四十人から、ついに半分以上の生徒が姿を消した。その中には美咲も含まれている。


 空席の目立つ教室はやけに広く感じる。それと同時に奇妙な感覚がする。

 美咲や初日に倒れた仲下以外が死んだのを七希は直接見ていない。いなくなった生徒の最期を知らないのだ。


 紗英は何度か見ていると話していたし、七希も数日前に美咲を失ったばかりでこのデスゲームが行われていることは間違いない。それなのに誰かが死んだことを知るのは毎週月曜日のこの退屈な登校日のホームルームだけしかない。


 緊迫感がないのだ。


 美咲を殺すという目的を持っていた七希にとってデスゲームは都合のいい状況としか考えていなかったが、美咲を殺すという目的を失った瞬間このゲームに強い違和感を覚える。


 そう思った七希は、林間学校の感想を嬉々として尋ねる白烏を無視して右手をまっすぐ挙げていた。


「どうしました、吉岡くん?」


 白烏は話を止めて、嫌がる様子もなく聞いた。七希は立ち上がって落ち着いた声で浮かび上がってきた疑問を投げかける。


「質問したいことがあります。告白の条件ってなんですか? この前、山に向かって告白したけど、僕は死にませんでした」


 七希の質問にわずかなざわつきが起こってすぐに静まった。告白すれば死ぬことはわかっているのに、それを試したような話しぶりは、七希の過去と相まってサイコパスの雰囲気を醸し出す。紫苑や紗英すらも驚きを隠せず、ただ一人知っていた星夜だけが堪えきれずに笑いを漏らした。


「ふむ、いい質問ですね。今まで誰も聞いてこなかったので、みなさんの本気度を疑っていたのですが、よい傾向です。もちろんお教えしますよ。

 その腕についている腕輪は、罰則の行使以外にもいろいろやってくれています。位置情報やみなさんの心拍数や体温、声の高さや震えなどを計測しています。そのたくさんのデータを使って対面で緊張状態で『好き』『愛している』といった言葉を発した時に告白したと判断されます。

 過去のデータの蓄積から判断の正確性は上がっていますから、今なら食べ物が好きとか芸能人が好きといった話をしても間違って失格になることはありませんよ」


 白烏は、みなさんの先輩のおかげですね、と付け足した。この紅ヶ谷高校では、毎年この卒業を賭けたデスゲームが行われ、多くの先輩たちが命を落としてきたことを意味していた。


「わかりました。参考になります」


 テンプレートなお礼を言って、七希は席に座って考える。


 今の白烏の話が本当なら、美咲は事故で死んだわけではない。たとえば一人誰かを想って独り言のように告白の言葉をつぶやいた、ということはないということになる。あの山小屋には七希たち以外の参加者はいなかった。そうすると、やはり告白されたのは紗英ということになるが、七希にはどうしてもそうは思えなかった。


「さて、では話を戻します。来週の木曜金曜日の二日間で学年末試験を行います」


 その一言で、七希の頭を巡っていた様々な考察は洗い流された。


「学年末試験って、勉強の⁉」


 また勢いよく立ち上がる。教室中の注目がまた七希に集まるが、そんなことはどうでもよかった。


「今度の質問はあまりよくない質問ですね。はい、もちろん高校生なら学力を測る試験があって何もおかしいことはないでしょう?」


「あ、はい。そうですよね」


 七希は力なく崩れ落ちるように席に座り直し、まだくすくすと笑顔を浮かべる白烏は話を続ける。


「学生の本分は勉強ですから。とはいえ普通なら年五回受ける試験をたった一回でいいのですから、勉強を頑張ってくださいね。範囲はこれからプリントを配りますが、五教科の高校学習範囲全体を対象とします。なお赤点だった場合、罰がありますので気をつけてくださいね」


 さらりと告げられた一言に今度は七希を含めた教室全体に動揺が走った。


 赤点をとったら罰。それは本来なら追試や補習が課せられるごく普通の話だ。しかし、このデスゲームの中では違う。罰と聞いて七希の脳裏に浮かぶのは、毒に苦しみのたうち回る仲下と頬が焦げた美咲の姿だ。


「高校の学習範囲って、どのくらいあるんだ?」


 七希は机に伏して頭を抱える。七希が高校で授業を受けていたのはたったの一ヶ月ほどしかない。二年以降の教科書に至ってはもらった記憶すらない。試験勉強をするどころか、どこを勉強すればいいのかすらわからない状態だった。


 その後の白烏の話など頭に入るはずもなかった。白烏が教室を出ていき、七希と同じように急な試験に絶望して嘆いたりただ不平を漏らす生徒の声を聞いてようやく我に返ったほどだった。


 半数以下に減った参加者が教室から出ていってさらに広くなった教室にはまだ冬の朝日が弱々しく差し込んでいる。その光さえ遮るように誰かが七希の席の真横に立ち塞がった。

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