第15話 見つからない犯人とぎこちない六人

「私はもう告白されてるのは、知っていると思う。だから、私は告白した人間がどうなるか知ってる」


「告白したら死ぬ。それは説明されたよ。どうやって殺されるかも最初に死んだあの仲下って奴が証明したじゃないか」


「あれは罰則なのよ。ルールを破った人間は毒殺される。でも告白した人間は違う。全身を貫くような電流が流れて感電死させられるの。人間が恋に落ちた時、電流が走ったような衝撃っていうでしょう? あれを模しているって白烏先生は言っていた」


「悪趣味な趣向だな」


 星夜はそう言って吐き捨てたが、七希の考えは違っていた。白烏が悪趣味なことには同意するが、そんなことよりも気になることがある。抱き上げた時の美咲の顔。土汚れだと思っていたが、思い出してみると肌が直接焦げていたような気がする。あんなにぐったりとしていたのは、痺れて筋肉がゆるんでしまったせいではないか。


 思い返せば、疑念が募る。美咲をもう一度見たいと思っても、白烏が連れて行ってしまっている。美咲の最期の姿を思い出そうと目を閉じていると、七希の考えを見透かしたように紗英は話を続けた。


「あれは、不二さんは感電死していたと思う。誰かに告白して、そのせいでゲームから脱落した」


「深夜に外に呼び出して告白する。おかしな話じゃないね。昨日の俺たちは疲れてて、一度寝たらちょっとの物音じゃ起きなかっただろうし」


「告白は元来二人きりで行うものですから。狭くないと言ってもこの中で言ってしまっては公開告白と呼ばれてしまうでしょうね」


「でも、そんな素振りなんてなかった。それに、美咲は」


 そこで七希は言葉を止めた。美咲は自分に惚れていたはずだ、と宣言して何になるだろう。確証もないただのうぬぼれでしかなく、自慢することでもない。このゲームにおいて自分が有利だったと無意味に宣言するだけだ。


 そして美咲を失った今、七希はまた窮地に追い込まれているだけだった。


「みんな、腕輪を見せて」


「つまりは緑のランプが灯っている者が告白された者。不二美咲を殺したということか」


 まずは麗が袖をまくって右手首を見せる。ランプは黄色だけ。それに続いて無罪を訴えるように次々に自分の手を晒していった。七希の腕輪にも当然ランプはない。


「緑は、一人だけ?」


 円陣を組むようにそれぞれの腕を前に出して並べると、緑が光っているのはたった一人。元々告白されていた紗英だけだった。


「嘘……容疑者は私だけってこと?」


 紗英が動揺を見せたのは初めてだった。視線が紗英に集中する。ここで犯人が明らかになる。そう確信していたアテが外れたことが、小刻みに震える体から伝わってくる。


「すでに告白されている市川様以外に、ここには誰も告白された方はいないようですわね」


「そんな、私じゃない!」


 紗英は後ろずさりしながら七希たちから距離を取る。体の震えは全身に広がり、誰の目にも動揺は明らかだった。


「やめよう。犯人探しはしないって言ったはずだよ」

「でも、よろしいのですか、七希様?」


 紫苑は不満そうに声を上げたが、七希の表情を見て視線を逸らした。歯を食いしばり、俯き、倒れそうになる体を力を込めて耐えている。紫苑は体を寄せて七希を抱きしめる。正司も麗と星夜までもが、七希の肩に手を置いて慰めた。


「変なことを言ってごめんなさい。言い訳もしない。でもここから追い出すのだけはやめて。一人じゃ私は生き残れないの」


 紗英の思惑では自分以外に告白された者がいるはずだったのだろう。そうすれば元から告白されたことを公表している紗英は容疑者から外れやすくなる。自分に不利な話と言いながら、誰かを追い詰めることで自分を守ろうとしていた。


 他人から信用を失い、人殺しの汚名を着せられれば、待っているのは罰則という死だけだ。


「僕はそんなこと望んでない。みんなもいいよね?」

「……わかりましたわ」


 紫苑はまだ何か言いたげだったが、弱りきっている七希に反論などできなかった。


「そうだ、朝飯がまだだったな。今日も俺が作るから、ちょっと待っててや」

「俺も手伝おう。こう見えて簡単な料理はできるんだ」


 無言の空間を嫌った正司がわざとらしい大きな声で宣言すると、麗がそれに同調した。星夜はダイニングに座ってちらりと七希を見たが、言葉が見つからないようですぐに空のマグカップを持ち上げて元に戻した。


 紗英は無言のまま七希の目を窺うように見ながら、クマから逃げるときのように視線を外さずにロフトへ向かうハシゴまで辿り着くとさっと振り向いてハシゴを駆け上がろうと手をかける。


「待って」


 その動きを七希は短い言葉で制した。


「ロフトに上がると半径一メートルの条件が満たせなくなる」


「でも、私はみんなから見れば不二さんを殺したかもしれない。そんな人間といるのは怖くないの?」


「殺したかもしれない、なら僕だって同じだから。二年前にほんの少しの差でできなかっただけで。それよりも僕は今ここにいる誰にももう死んでほしくないんだ」


 七希は空のマグカップを四つ器用に持ち上げると、朝食を作っている正司と麗へと持っていく。


「もう一杯何かもらえないかな? 次はコーヒーとか気分を変えられるものを」


 正司は少し驚いて固まっていたが、七希からカップを受け取ると大袈裟なほど何度も頷いた。


「そんなに焦らんでももうできるって。みんなで仲良く座って待っててや」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 もらった答えを分け与えるように紗英の方を向く。


「わかった。また認識を改めるわ。聞いていた以上に頭がいいと思ったけど、優しさも想像以上みたい」


 紗英は降参するように薄く笑いながら両手を挙げた。逃げようとしていたハシゴに背中を預けて一度深呼吸をする。紗英はダイニングの隅の席に座って、


「おはよう」


 と誰もまだ言っていなかった挨拶を口にした。


 それだけで何かを変えられるほど強くはないが、六人の中に前を向くための区切りができたようだった。


 それでも昨夜のようにはしゃぐ気になれるはずもなく、それぞれは距離を保ちながら少しの話をするくらいで一日を静かに過ごしていった。夜が近づくと、我先にとロフトに上がり頭まで布団をかぶって寝たふりをする。七希は今日も眠る気になれず、ふと昨日美咲が外に出ていたことを思い出した。

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