第11話 長い山道とゲームの生き残り方

 山道は途中で何度か分かれていたが、紗英はバスが通るために十分な幅がある道を進んでいった。連峰になっているらしい一帯は、登っても登っても景色は一向に変わらない。生えている木も同じような針葉樹ばかりで、道も左右に曲がっていて今どこに向かって歩いているのかもわからないほどだった。木の隙間から見える太陽の位置から、どうやら北西の方角に少しずつ向かっていることだけはかろうじてわかる。同じ場所をぐるぐると回っているわけではなさそうだった。


「なぁ、いつになったらその山小屋に着くんだ?」

「地図もないのにわかるわけないじゃない。山頂にあるのかもしれないし、山頂から別の道に入る必要があるかもしれない」


「では、今日は温かいベッドで寝られる保証もないのですね」

「そんなに言うなら一人くらいならどこかへ行っても私は構わないけど」


 紫苑の嫌味に紗英が苛立ちを隠さずに答える。ゴールが見えないまま進むのは空気をよどませ、重苦しくしていた。


「ちょっと休憩にしようよ。体力があるうちに早めの休憩を入れておくのが登山では有効だって聞いたことがあるんだ」

「七希様がそう言うのであれば、私は賛成いたしますが」

「うん、そうしよう」


 七希が間に入ってなんとか紫苑を落ち着かせると、紗英は同意はしなかったものの立ち止まると、近くの適当な木に背中を預けて座った。


 七希も紫苑の手を引いて紗英から離れたところに座らせると、美咲が七希と引き離すように紫苑の間に割り込んでくる。


「甘いもんでも食べるか? いろいろあるで」


 荷物を軽くしたいらしい正司は四次元にでも繋がっているのではないかと思うほど、いろいろな菓子を際限なくリュックから取り出して配っている。七希はもらった甘いクッキーを何枚か食べ、ミネラルウォーターで流し込む。正司のリュックの中身がすべて菓子なら本当に数日間山にいても生き延びられそうだった。


「まさかこんなとこで役に立つとはなぁ。なんでも持ってきとくもんやな」


 少し小さくなったような気がするリュックの中身を整理しながら正司は満足そうな顔をしている。


 七希は無言で服をつかんで離さない美咲をどうしようかと考えながら、黙って座っている紗英に視線を向けた。もう数時間歩いていて景色が少しも変わらないのに、自分が間違っている可能性など考えてもいないような自信に満ちている。学年トップクラスの秀才であり、この数日間を告白された身でありながら生き残ったことも七希の興味を引いていた。


「そろそろ行きましょう」


 紗英の合図で休憩を終える。しかし、数人がその場で座ったまま動こうとはしなかった。


「どうしたの? ケガでもした?」


 七希が声をかけると、一人がぼそりとこぼすように言った。


「本当に山小屋なんてあるのか? あの白烏が嘘をついていただけかもしれない。こんなに長い道なら山を下る方に歩いていれば今頃もう山から出られていたかもしれないじゃないか」


「信じられなくなったならそれでもいい。後一時間もしないうちに今日のノルマは終わるし、一人残ってくれれば勝手にしてくれて結構」


「さっきからなんなんだよ、その態度は! お前も俺たちを騙してるだけなんじゃないのか? 告白されて余裕があるからって、俺たちを見下してるんだろ!」


 静かな山の中で起きた大声に、近くの木の枝から数羽の鳥が羽ばたいてどこかへ飛んでいく。それでも紗英は少しも揺らぐことはなかった。


「答える義務はない。私はもう行くから。そうね、あなたは着いてきて。他の人は好きにしてくれていい」


 紗英は七希を指名すると、手を握って歩き出す。その手は汗が滲み、わずかに震えていた。


「逃げないから手を離してよ」

「いや。あなたを人質にする。少なくともこのランプが消えるまで手は放さない」


「どうして僕を選んだの?」

「簡単なこと。あなたを連れていけば少なくとももう二人はついてくると思ったから」


 そう言って紗英は視線を後ろに向けた。七希も同じように後ろを向くと、美咲と紫苑がぴたりと真後ろについてきている。どちらも無表情を装いながら隠しきれない怒りが見える。


「こんな状態で二人から好意を寄せられるなんて、このゲームでは有利なこと。ずいぶん楽なゲームでしょう」

「このゲームはそんな簡単じゃないよ。告白された人ならよくわかってると思うけど」


 七希が言葉を返すと、初めて紗英は動揺して言葉に詰まった。握った手に力が入っている。歩みを止めることはなかったが、そのペースは明らかに乱れていた。


「楽しそうにしているから、何も考えていないのかと思ってた。これは本物のバカじゃ生き残れないゲームだった」

「どうやってここまで生き残ってきたのか、聞いてもいい?」


 七希が聞くと、紗英は似合わないほど口角をあげてニヤリと笑った。悪魔か死神が今日の獲物を見つけて、舌舐めずりをしているようだった。


「あなたにも殺したい相手がいるんだ。その後生き残れるかを賭けてもいいくらいに憎い相手が。おもしろいから教えてあげる、真似できないでしょうけど」


 紗英はぐいと七希に体を寄せる。後ろで二人の小さな抗議の叫び声が上がったが、紗英は無視して七希だけに聞こえる小さな声で話し始めた。


「一日分の命の代わりに体を売ってきた。ヤらせてあげる代わりに五時間の時間をもらう。それで相手を変えながら今日まできたのよ」


「そんなことまでして」


「生きるために命以外のものを捨てる覚悟がいるの。人殺しがたった一クラス分の狭いコミュニティで生き残るためにはね。

 それに、気に入らない相手は殺してしまえばいい。ヤってるところを動画で撮らせてね。感情がたかぶってくると叩いたり首を絞めたりしてくる奴もいる。そういうのを白烏先生に告発するとね、撮ってた動画を提出させて罰を与えてくれるの」


 紗英はルールに従った当然のこと、というように言い切った。さっきの視線の意味を理解して、七希は背筋に悪寒が走る。この手を離して逃げ出せば、紗英は暴力を振るわれた、などと言って告発するかもしれない。今日生き残るためには、一緒にいる相手にも死のリスクを押しつける。そうして紗英は生き残ってきたのだ。


「だから、私が今山を登っている理由もそう。白烏先生はこのゲームのゲームマスターとして不正はしない。答えのないゲームは仕掛けてこない。

 だから、冷静にルールを分析してうまく使ってやれば、生き残れるはずなの」


 紗英の話が終わり、七希が何も答えられないでいると、木々の隙間からようやく赤い屋根が見えた。紗英の分析は当たっていて、このゲームは命を賭けていてもゲームに違いないことを証明していた。

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