第9話 初めての課外活動と命の危機

 初めて笑顔を見せてくれた美咲だったが、翌日からも変わらず紫苑が来るとふてくされて頬を膨らませてまったく喋らなくなった。紫苑もそれをとがめることもなく過ごすので、七希は自分の感覚だけがおかしいのかと不安になる。


 時間が過ぎて紫苑が帰っても、美咲は変わらず七希にくっついて離れない。


「今週末の林間学校ってどこに行くんだろうね」

「わからない。けど、たぶんまともなところじゃないだろうなぁ」

「大丈夫。二人ならきっと」


 何の根拠もないのに美咲ははっきりと言い切った。時々見せる自信に七希は不安を覚える。その自信にはどこか懐かしい無謀さを持っているような気がした。


 金曜日の朝、林間学校の出発の日。多目的教室に集まった生徒はさらに減って三十二人になっていた。告白された生徒もいたようで朝から小さな騒ぎになっている。


 七希は美咲と紫苑の三人は、緑のランプが灯った人間は誰だ、と詮索する生徒から離れて、その様子を見ていた。


「もう十人近くの人がいなくなってるんだ」


「それなのに誰も血も死体も見ていないから実感が湧かないのですわ。みんな、誰かが死んだことよりも誰が殺したかばかりを気にしている。命を落としても誰にも見向きもされないなんて恐ろしい光景ですわね」


 七希たちは少しずつおかしくなってきた生徒たちが恐ろしくなる。


「さぁ、無駄話はおしまいにしましょう。今日から林間学校です。みなさん準備はしてきましたか?」


 白烏はさも当然というように聞くと、まだざわついていた教室がピタリと止まった。


「私たち何も聞いてません」

「準備なんて言われても何も持ってきてないんですけど」


「困りますね。私はきちんと月曜日のホームルームでお伝えしましたよ。みなさんは他の生徒が三年かかる高校卒業をたった一ヶ月半でしなければならない。自分で考えて準備ができなければ社会でやっていけませんよ。さて、では出発します。今から不参加は許しませんよ」


 困惑する生徒たちに白烏は手を叩いて促す。教師の指示に従わなければ罰を受ける。そのルールがある以上、逃げ出す生徒はいなかった。


 列を作って校門前に停められたバスに乗り込む。前方の席に座った七希が後ろを振り返ると、ほとんどの生徒はろくな準備もしていないようで、青ざめた顔をしている。両手を組んで祈っている者までいた。


 七希も何も考えずに来たせいで一応持っているカバンの中には、朝にコンビニで買ったパンとカフェラテのペットボトル。それから街でもらったポケットティッシュくらいしか入っていない気がする。気になって中を探ると入れっぱなしになっていたのど飴がいくつかと、当たり前すぎて忘れていた自作のナイフとライターが出てきただけだった。


「私、服とか少しのお菓子は持ってきたけど」

「さすが冷静ですわね。先が読めていて感服します」


 紫苑が割り込むように答えると、美咲は嫌そうに睨みつける。


「わかってたら言ってほしかったよ。ほとんど普段通りのものしか持ってないや」


 七希はもう一度カバンの中を見る。別次元から何かが湧いてくるわけもなく、確認した中身は変わっていない。


「でも、私にはこれがありますから」


 紫苑は不敵な笑みを浮かべると、制服の胸ポケットから折りたたみ式ナイフを取り出す。刃先は丁寧に磨かれていて手入れが行き届いていることがすぐにわかった。


「ナイフでいったいどうするつもり?」

「欲しいものがあったら奪いましょう。簡単なことですわ」

「暴力は禁止。私はあなたが死んでも構わないけど」


 七希を挟んで行われる恐ろしい会話から逃げるようにバスの車窓から外を眺める。高速道路を通って二時間ほどすると、七希たちを乗せたバスは急勾配の山道へと入っていった。


 整備のされていない土を踏みならしただけの道を走るバスは、時折大きく揺れて気分が悪くなる。どのくらい走っているのかわからないが、連峰になっているのか短い下り坂も通っている気がする。


 出発してから四時間。バスの前面にかけられたアナログ時計が二時を過ぎた頃、道の真ん中でバスは急に止まった。


「さぁ、到着です。みなさん降りてください」


 窓から見えるのはまだ続いている山道と、冬の寒さに耐えるためにすっかり葉を枯らした木々ばかりだ。林間学校らしい合宿所は見つからない。


 道の真ん中で三十人余りが整列する。困惑する生徒たちを見て楽しそうに微笑みを浮かべた白烏は、右手を掲げて宣言した。


「それではこれより林間学校を始めます。やることは一つ。山を下りることです。ただし、月曜日の登校日のホームルームに間に合わなければ、何が起こるかはもうおわかりですね?」


 しんと静まり返った山中で、誰もが固まって声も出なかった。空を自由に飛ぶ鳥の鳴き声が大きく聞こえる。


「この山中にはいくつか山小屋があります。そこには食料や温かい布団がありますし、日曜日の夜には迎えが来ます。もちろん自力で下りてもらっても構いません。自分たちの準備力、危機への対応力を存分に発揮してください」


 呆然とする生徒たちを残して、白烏はバスに乗り込む。そのバスに何とか乗り込もうとする者をルール違反だと脅しつけて諦めさせるところを、七希は映画のワンシーンでも見ているような気分でただ眺めていた。


 本当のデスゲームが始まったような気分になる。ただ告白が起こるのを待っているだけでは気が済まなくなったのか。それとも元より予定通りのことなのかはわからない。ただ、これまでのゲームの中で、告白以外で命を落とすかもしれないなんて、七希は考えてもいなかった。


「少し甘く見てたのかな」


 自分のカバンの中身を思い出す。デスゲームだと思っていればあんな準備不足の持ち物でここには来ていなかっただろう。

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