第7話 動き出したゲームと謎の少女

 始業時間が近づいてくると、同じようにこの卒業を賭けたデスゲームの参加者たちが暗い顔をして教室に入ってくる。数日寝ていないんじゃないかというほど目の下に大きなクマを作っている生徒や自暴自棄になったのか暗い笑顔でキヒヒ、と狂った笑い声をあげている生徒もいる。


 それぞれ空いている席に着き、他のクラスと同じ時間に始業のチャイムが鳴る。先週集められたときには四十人分の席がすべて埋まっていたのに、今日は四つ空いていた。一つは最初に死んだ仲下の分。つまり残り三人はこの一週間でいなくなってしまったということだった。


 最後に白烏が教室に入り、七希たちを見回す。


「さて、これで全員ですね。さっそく卒業に向けて動いている生徒がいるのは嬉しいですよ」


 そういうものだと説明は聞いていたが、生徒が死んだというのに顔色一つ変えずにホームルームを始める。七希にしてみれば完全な異常者の振る舞いだった。


「さて、先週はトラブルがあって説明が途中でしたね。みなさんの命を握っている腕輪についての続きを始めましょう」

「ちょっと待ってください!」


 白烏の話を遮って一人の女子が立ち上がった。メイクの決まった目に力を感じる。憔悴しょうすいしたけだるい顔をした生徒が多い中、彼女は背筋を伸ばして立ち上がり、震える指を机に押しつけて制しながら白烏をじっと見ている。


「参加者が減っているんです。まずはそこから教えてください。誰が告白されたんですか?」

「ふふ、いい質問です。市川紗英いちかわさえさん。その立ち振る舞い、さすが学年トップクラスの秀才なだけはある」


 白烏は笑いを堪えきれない、というように口元を隠し、戸惑う紗英の右手、例の腕輪を指差した。


「殺したのはあなたですよ。自分から話題に出せば当事者ではないとごまかせると思いましたか?

 その腕輪にはいくつかランプがついています。黄色が点灯している場合、誰かと五時間過ごすというルールを満たしていません。日付が変わると罰則が与えられます。そして隣の緑のランプ。これはその人が条件を満たした。つまり誰かに告白されたということです」


 白烏が紗英の右手をつかんで高く持ち上げる。その腕輪には確かに緑のランプが点灯していた。


「このランプのついている人とは一緒にいても五時間ルールにはカウントされません。きちんと相手を確認しないと罰則を受けることになりますよ」


 白烏が手を放すと、紗英は崩れるように机の上に突っ伏した。


「え、たった一週間で殺したの?」

「マジかよ、市川には近付かない方がいいんじゃないか」


 教室内で憶測が飛び交う。告白すれば死ぬ。それがわかっていてなおその言葉を言わせるのは簡単じゃない。それは誰もがたった一週間で理解していた。


「違う! 私は悪くない! あいつが勝手に。昔から憧れてました、って。一方的に告ってきただけ。私は、あいつが思ってるような人間じゃないのに……」


 痛切な叫びはだんだんと小さくなり、最後は消えるようなか細い声を絞りだしただけだった。崩れ落ちた紗英から興味を失ったように白烏は教壇へと戻ると、また話を続ける。


「そういうわけですので、一緒にいる相手はきちんと選んでくださいね。では連絡です。次の金曜日から日曜日まで、二泊三日の林間学校を行います。宿泊の準備や相手に告白させる作戦を準備しておいてください。普段とは違う場所で普段とは違う姿を見る、というのはロマンスにはうってつけの機会ですよ。それでは、今日はここまでです」


 白烏はそれだけ言うと、まだ嗚咽おえつを漏らす紗英を横目に教室を出て行った。それを待っていた、と紗英から逃げるように生徒たちが教室を出ていく。まるでナイフを持った殺人鬼にでも遭ったようだった。


 取り残された紗英はふらふらとした足取りで遅れながら教室を出る。あと五時間、一緒に過ごしてくれる相手を探さなければならない。


 七希と美咲は紗英が出ていくのを見送ってからも、二人並んで座ったままだった。もう教室に残っている生徒はいない。二人きりで隣同士の席に座ったまま、今日は誰も座らなかった座席を眺める。


「思ってたよりずっとひどいルールだったんだ、これ」


 七希は持っていたカバンからくしゃくしゃのプリント用紙を取り出した。最初にもらったこのデスゲームのルールが書かれたものだ。


「どういうこと?」


 美咲も気になったように紙を覗き込む。七希は用紙のしわを伸ばしながらルールに指をさす。


「ただ告白されればそれでいいってわけじゃないんだ。このゲームでは告白されたうえで生き残らなきゃいけない。告白されたからって終わりじゃないんだよ。

 告白された人は一日五時間誰かと一緒にいる、というルールの誰かから外れてしまう。一緒にいる側には何のメリットもないんだ。それにさっき見たようにどういう理由でも、告白された人は告白した人を殺したことになる。誰かを殺した人と一緒にはいたくないでしょ?」


「私は、それが吉岡くんなら一緒にいるけど」


 眉一つ動かすことなく美咲は言い切った。不意打ちだったせいで七希は顔に熱が集まっていくような気がする。顔が赤くなっていないか気にしないように七希は話を続けていく。


「このゲームはただ告白されればいいわけじゃない。死んでもいいほど恋している相手を失って、次に一緒にいる相手を探さなきゃいけない。ただの恋愛ゲームじゃない。死に別れた後の次のパートナーまで探させるような趣味の悪い恋愛ゲームなんだ」


 七希はそこまで言って自分の状況がどれほど美咲に依存しているか理解した。おそらく美咲以外に七希と一緒にいてくれる生徒はいない。美咲に告白させて殺したとして、残された七希にできることはただ一人で死を待つことだけだ。


「まだ、一ヶ月以上もあるんだ」

「……そうだね」


 美咲の感情のない声が少しだけ弾んだように聞こえたのは気のせいだっただろうか。


「でも、伝えたら死ぬとわかっていても告白する人がいるのね」

「その気持ち、僕は少しだけわかる気がするよ」


 空っぽになった教室。来週の林間学校を越えたら、さらに席は空いていくだろう。


「高校もろくに通えない人間がこの後の人生、社会で生きていけるはずなんてない。でもここで誰かに告白すればその人は生き残れる。一人の人間の命を助けた。だからこれまでのクソみたいな人生にも意味があったんだ、ってそう思えるから」


 この二年間、美咲を殺すことだけを人生の目標にしてきた。美咲がゲームに参加していることを知ったとき、ようやく自分の人生に幸運が回ってきたのだと思った。しかし実際は、命を助けられ今も生死の運命も美咲に握られている。それを美咲自身が理解していなさそうなことだけが救いだった。


「大丈夫。私が吉岡くんを死なせないから」


 美咲はまた強くそう言った。


 その根拠も方法もわからないが、朝日の差し込む教室に凛として七希を見つめる表情を見ると、つい信じてしまいたくなる。


 答えるように頷こうとしたとき、二人の他に誰もいない教室のドアが軋む音を立てて開けられた。


「よかったわ。まだ残っている人がいたのですわね」


 仰々しい言葉遣いに惹かれて七希は顔を声の方へ向ける。息を弾ませて肩で息をする女子生徒の手首には七希たちと同じく腕輪が巻かれている。


 ツインテールにまとめられた髪はそれでも背中まで伸び、大きめのリボンが左右につけられている。薄暗い教室でもわかるほどに真っ白な肌と細い首筋が病的なほどに感じられる。窪んだ眼はとれない疲れがこびりついたようで儚げを越して不安にさせるほどだった。


「今日から私と一緒にいていただけませんか?」


 ハスキーボイスで放たれた言葉は嘘もごまかしもなくまっすぐだった。

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