第4話 社会不適合者たちと逆転のデスゲーム

「さて、そろそろみなさん起きてください。ホームルームを始めますよ」


 優しい声とともに手を叩く音が聞こえる。どのくらい寝ていたのか、と時計を見るとまだ十五分くらいだった。しかし、周りの雰囲気はすっかり変わっていた。四十人分の席はすべて埋まり、怯えたように震える者や絶望に打ちひしがれている顔が並んでいる。七希と同じように訳も分からず周囲を見回している者もいる。


 七希と同じくあの脅迫通知を受けて渋々ここまで来たのだろう。一見して問題のありそうな派手に髪を染めていたり、逆に七希と同じようにひきこもって授業に出ていなさそうだったりする。どちらにも当てはまりそうもない生徒もいたが、ここに来ている以上、少なくともバラされたくない秘密があるはずだった。


「さて、呼び出された人は全員登校しているようですね。今年の受講生はなかなか優秀なようですね」


 ニコニコと笑顔を浮かべて教壇に立っている教師は、半月ほどしか通っていなかった七希も知っていた。


 生徒指導の白烏玲央しろうれお。どこかの外国人とのハーフという噂で、日本人離れした銀髪と優しそうな青い瞳。とても生徒指導には向いていなさそうな中性的な外見と柔らかい物腰をしている。七希が問題を起こして何度か生徒指導室に通った時も、他の教師が侮蔑ぶべつや恐怖の視線を向けるばかりだったのに、白烏だけは根気強く七希の整合性のない主張を最後まで聞いてくれていた。


 七希が不登校になってもすぐに退学届を出さなかったのは、白烏が話を聞いてくれたという希望が残ったことも含まれていた。


 その白烏があの脅迫めいた通知で自分を呼び出したことが、七希にはにわかには信じられなかった。


「さて、みなさん。ここに集まっていただいた方には共通点があります。それは、このままだと卒業できないということです。ですから、みなさんに最後のチャンスを与えるためにお呼びいたしました」


 ただの連絡用紙を配るように、白烏は教室をゆっくりと回りながら一人一人の机の上に一枚のプリント用紙を置いていく。


 自分の机に置かれた用紙に目を落とす。小学生の頃にクラスでもらっていた連絡通知のようなポップな丸文字に花と動物のイラストがついたタイトルには、『短期高校卒業試験』という見たことのない単語が並んでいる。


「自動車免許の教習所じゃあるまいし」


 内容に目を通し始めると同時に白烏の説明が始まる。


「みなさんは社会で求められる能力は何だと思いますか? 勉強ですか。いえ、みなさんのような常識が欠けていたり、努力や我慢ができない人間が今後社会で生きていくのに今から知能を鍛えたところで手遅れです。みなさんが社会で落ちこぼれて家族や社会に迷惑をかけないためにこれから身につけるもの。それはコミュニケーション能力です」


 いきなり耳が痛い言葉が七希の耳に入ってくる。社会不適合者という烙印を押されて家族からも疎まれていることは自覚していたが、だからといってそれを他人にまっすぐ突きつけられると少し後悔が滲んでくる。


「そこでみなさんにはコミュニケーション能力を卒業までの一ヶ月半で身につけていただきます。卒業式までに条件を満たせば、これまでみなさんが起こした問題、卒業に必要な諸条件、成績や生活態度。すべてをなかったことにして無事にこの学校を卒業することができます」


「問題って、俺がやったこともなかったことになるのかよ?」


「えぇ、仲下なかしたくん。あなたが起こした複数の暴行事件も歴史から消えてなくなります。約束しましょう」


 白烏の優しい微笑みが少しだけ暗い影を落としたように見えた。一枚一枚丁寧にプリントを配り終えた白烏は教壇に戻ってきて、プリント用紙に目を落として説明を始めた。


「コミュニケーション能力を鍛える方法は簡単です。人間同士の最大のコミュニケーションは恋愛です。みなさんは卒業式のある三月十七日までにこの教室にいる誰かに告白されてください。それが卒業の条件です」


 白烏はそこで一拍をおいて深呼吸する。


 学校の授業で恋愛をして、告白される。それだけで何を言っているのか七希にはよくわからなかった。白烏の独特の生徒指導のふりをしたドッキリなんじゃないかという意味の分からない考えすら湧いてくる。


 他の生徒たちも七希と同じ程度の考えしか浮かんでいないようだった。


「それができなかった方、そして告白してしまった方には、問題の代わりに消えていただきます。紅ヶ谷高校は今まで一人の退学者も出したことがない優秀な高校です。その伝統を守っていただかなくては。

 これは、命と卒業を賭けたデスゲームです!」


 教壇に両手をついた白烏が初めて大きく声を張り上げる。その声色は歓喜と狂気を帯び、笑顔は七希が人生で見たこともない吐き気と嫌悪と恐怖を催すほどの邪悪で塗り固められていた。


「みなさんの手首にはこの授業の参加者の証明として腕輪をつけさせていただいています」


 そう言われて七希は初めて自分の腕に巻かれている黒い機械に気付いた。寝てる間につけられたのに気付かないほど軽く、温度も触れている感じもない。だが、いろいろなランプがついていて腕輪と呼ぶにはゴテゴテしている。状況を考えれば手錠と言われた方がしっくりくる。


「そちらはみなさんの心拍数や体温などを測定しています。そこで」

「ふざけんじゃねえよ!」


 淡々とした白烏の説明を遮るようにさきほど名前を呼ばれた仲下という男が立ち上がる。暴行事件を起こした問題児らしく荒々しく立ち上がり机を蹴飛ばす。


「なにが告白されろ、だ。デスゲームだ。もみ消しできるならそうして全員卒業させろよ!」


 仲下は自分の手首に巻かれた腕輪に手を伸ばす。それを強引に引きはがそうとした。


「あ、がっ⁉」


 仲下の動きが止まる。目を大きく見開いて、苦しそうに首を締めるように床にのたうちまわった。顔色は土気色に変わり、ぶくぶくとカニのように泡を吹いて仲下は動かなくなった。


「まだ説明の途中というのに。では説明の続きを、と思いましたがどうやらみなさん耳に入らなさそうですのでここまでですね。授業のルールはまとめていますからよく読んでくださいね。同じように罰則を受けたくないでしょう」


 白烏は淡々とそう言うと、もう動かなくなった仲下の体を抱えて教室を出ていった。沈黙が教室を包む。七希も白烏の口から告げられた卒業試験の内容があまりにも信じられない。自分で考えることをやめた人間がそうするように、ただ言われた通りルールが載っているプリント用紙の文字を目で追っていく。


『一、試験期間内に告白され、期間中死亡しなかった者は、その他一切の条件を排除し卒業資格を与える。

 二、告白した者は試験失格とし、試験参加者から除外する。

 三、登校は原則自由とする。ただし毎週月曜日を登校日とし、朝八時四〇分までに着席しておくこと。

 四、試験期間中は授業として毎日五時間以上、未だ告白をされていない者と半径一メートル以内に意識覚醒状態で接触すること。

 五、その他授業で教師から指示があった場合、それに従うこと。

 六、暴力、脅迫、その他一切の威力行為は禁止する。

 七、規則に違反した者および試験期間中に告白されなかった者は、それが発覚したとき罰則を受けるものとする。

 八、生存している受験者がすべて告白されている状態になったとき、期間の定めにかかわらず試験期間を終了する』


 堅苦しい言葉で書かれたルールに白烏だけではない学校全体を巻き込んだ本気を感じる。


 ただ一人の退学者を出したことがない。そんなもののために、いくら社会不適合者や問題児だと言われても命を賭けさせられる理由など七希には思いつかなかった。

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