06 魔獣

 その日は予定通り街道を北へ進んだ。

 途中に出会うのは人ではなく魔獣。道すがら十匹近い魔獣に行く手を阻まれてしまった。

 元は野犬だったのだろう、犬に近い姿をしているが爪や牙が著しく大きく発達し、尻尾が蛇のような鱗で覆われている。


 ノルテイスラに来た当初は人里近いところで魔獣に遭遇することに驚いたレティスだったが、今ではもう見慣れたものだった。一人でいた時は剣で相手したり、魔法で出した炎で魔獣が驚いた隙をついて逃げたりと大変だったのだが――


「もうそろそろ村に着く頃なのに。こんな近くまで魔獣が出るなんて」


 ルーフェは不満げだった。


「やっぱり数が増えてますね。雪が降り出すのも去年より早い」


 ハシバもそれには同意する。


「え、ど、どうすれば……」


 うろたえていたのはレティスのみで、震える手で腰にさした剣の柄に手をかける。


 そんなレティスを横目で見やり、ハシバが一歩前に出る。懐から取り出した小型のナイフのようなものをいくつか投げたかと思うと魔獣の足が地面に縫い留められていた。数匹の魔獣の動きが止まり、追い打ちをかけるように鋭い棘のような光がその身体に突き刺さる。

 光が来た方へ視線を移すと杖をかざしたルーフェがいた。白い、つるりとした棒の先にはルーフェの瞳と似たような翠色の宝石がはめられており、きらきらと光り輝いている。


 あっという間に数匹を処理し、周囲の魔獣が怯んだかのようにわずかに後ずさった。


「残りも全部片付けるから」

「分かりました」


 阿吽の呼吸で頷き、ハシバは再び数本のナイフを取り出し、手際よく魔獣の動きを止めていく。


「――ルーフェ!」


 一匹、取り逃した魔獣がパニックを起こしたかのようにルーフェへ突進してきていた。


 剣を抜いていたのでは間に合わない。名を呼ぶと同時にレティスの身体が無意識に動き、火の魔法を放っていた。ひときわ大きな火の玉は魔獣の身体をあっという間に包みこむ。しばし地面をのたうち回っていたがやがてその動きも止まった。

 呆然と燃える様を見つめていたレティスとは対称的に、ルーフェは動きを止めた他の魔獣を冷静に仕留めていた。


「ありがと、レティス」


 ルーフェにぽんと肩を叩かれてようやく、レティスは我に返った。


「あ……うん。ルーフェこそ。その、慣れてるんだな。魔獣を相手にするの」

「まぁねー。貴重な収入源でもあるから」


 事もなげにそう言って、ルーフェは動かない魔獣に近づいていく。


「ちょ、危なくないのか? まだ生きてたり……」

「大丈夫。でしょ、ハシバ」

「はい」


 ハシバはナイフを回収するついでに確実に仕留めていたかの確認もしていたようだ。


「これだけあれば当分お金には困らないかな」


 魔獣の体からは、魔力の塊である魔石が取れることがある。


 仕留めた魔獣の体のどこに魔石があるのか一体ずつルーフェが魔法で探し、おおまかな場所を伝えるとハシバが慣れた手つきで解体していく。唯一、レティスの火の魔法で倒した個体のみ、骨と一緒にごろりとした石が残されていた。

 薄汚れた石と合わせて丁寧に取り出された塊を川の水にさらすと、様々な青の石が現れた。


「これが、魔石? 本当に魔獣から取れるんだな」

「そうよ。これは青系だから、水の魔力の石ね」


 魔石があると少ない魔力で魔法が使えるというのは魔法使いの間での常識だ。

 魔石は採掘されるほか、こうして魔獣の体から取れるものがほとんどだ。大きさにもよるがそこそこの値段で取引されるため、旅費を稼ぐにはちょうど良いのだとルーフェは教えてくれた。


「何かに組みこんで魔道具にしたり、最近価値が上がってるのよね。お金はいいって言ったのはこういうこと。そうだ、レティスも一個持っておいたら?」

「え、オレはいいよ」

「そう? あると便利よ。私も持ってるし」


 そう言って、ルーフェは杖の先にはめこまれた翠色の石を示す。これは風の魔石だという。


「私、東のバジェステ出身だから。風系統が扱いやすくて。レティスは南のスーティラ出身でしょ? やっぱり火の魔法が得意?」

「うん。……あと、水も少しなら」

「えっ、そうなの? ってことは……」


 丸いルーフェの目が更に丸くなる。

 隠すようなことでもないでさらりと打ち明けたのだが、思いのほか驚かれてしまった。


「そう、間の子だよ。……びっくりした?」

「うん。そ、っか。そうなんだ。だから……」


 ぶつぶつとルーフェは何かを思い巡らすような表情をしていたが、レティスの視線に気づくとすぐ笑顔に戻った。


「それならなおさら持っておいた方がいいわ。まぁ御守りみたいなもんだと思って」


 レティスが仕留めてくれた魔獣からも出たんだし、と半ば無理矢理渡される。


「ハシバさんはいいんですか」


 自分だけ受け取るわけにはいかないとハシバに話を振ったら固辞された。


「僕は魔法は不得手ですから」

「だったらなおさら」

「あー、ハシバはいいの。体動かしてる方が性に合うんだって」


 散々な物言いだったが、ハシバは意に介している様子はなかった。

 そうして日が暮れる前に北の村ナーシスに着いた。


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