05 付き人

 翌朝、香ばしい匂いに誘われてレティスは目を覚ました。

 隣を見るとルーフェの姿がないことに気付き、シズを抱きかかえて急いでテントの外へ出る。


「あ、起きた? おはよう」


 慌てた様子のレティスに気づき、ルーフェが声をかけた。

 天気は曇り。雪は一旦降り止んだようだが、いつ降り出してもおかしくなさそうな空模様だった。


「おはよう、ルーフェ。ハシバさん」

「おはようございます。これ、どうぞ」


 挨拶とともにハシバから簡素な器に盛られた食事を渡される。


「私はもう食べたから」


 ちょっと顔でも洗ってくるわ、と川の方へ向かったルーフェの後ろ姿をレティスはまだぼうっとする頭で見送った。

 残されたレティスはハシバと二人、食事をとることになる。


(……きまずい)


 ハシバがレティスのことをよく思っていなさそうなのは薄々勘付いていた。そもそもルーフェに対しても丁重には扱っているがどこか他人行儀な印象が否めない。

 レティスに話を振ってくるのもルーフェばかりで、ハシバは用がなければ見ようともしていなかった。


 その場にいない者のように扱われるのは慣れてはいたが、水や食事を出してくれる親切さを兼ね備えられてはどっちつかずでなんとも座りが悪い。

 漂う空気が重い中、二人は黙々と食事を口に運ぶ。


 肩の上で毛繕いをしているシズだけが癒しの中、沈黙に耐えかねてレティスは話題を捻り出した。


「あの、……ハシバさんって、ルーフェの護衛か何かですか?」


 ルーフェとハシバでは年齢的にはハシバが上に見えるが、態度や言動は明らかにルーフェの立場の方が上に見える。

 レティスに話しかけられたのは予想外だったのか、ハシバは一呼吸遅れてレティスの方を向いた。


「そうですね。護衛、それもありますが……付き人、と言った方がしっくりきます」

「付き人、ですか」

「はい。旅を円滑にするために、僕はいますから」


 淡々と事実を述べるような、特に感情のこもっていない声色だった。

 昨今の情勢も相まって、ノルテイスラをよそ者だけで巡るのは厳しいとレティス自身が一番身にしみて感じていた。確かに同行者としてハシバがいるだけで相当円滑になるだろう。


「二人は、何で旅してるんですか?」

「……それを君に言う必要、ありますか?」


 質問に質問で返された。

 返す言葉がなく黙りこんだレティスにハシバはそういえば、と話題を変える。


「もうじき、ロトスで大祭があります」


 ノルテイスラの中央の島、そこにあるロトスの街。そこでは年に一度、十二月の頭から一週間かけて大祭が行われる。


「大祭……って、水精霊へ祀りの舞を巫子姫が踊るっていう、あの?」

「そうです。よくご存知ですね」


 レティスの言葉にハシバはわずかに驚いたように目を丸くした。

 大祭はノルテイスラ独自の慣習で、他の地方にはない。その珍しさから観光客を呼んでいたこともあったが、昨今の情勢ではそれも稀となっていた。


「あ、……そういうお祭りがノルテイスラではあるって聞いたことがあって。その、大祭を見に行くんですか?」

「まぁそんな感じです。そのロトスへの道中、少し外れますが神殿の街もあります。立ち寄るのはやぶさかではないです」


 素っ気なく、独り言にも聞こえる言い方だった。


「わざわざ大神殿まで行かずとも、巫子に会って話を聞くことができればいいんでしょう?」

「それはそう、です。……けど、会ってくれるかな」

「……まぁ、何とかなると思いますよ。神殿関係者に知り合いがいないわけではないので」

「え、そうなんですか?」


 レティスが驚いたところでルーフェが戻ってきた。


「もー! 分かってたけど水冷たすぎ! ……って、何、どうかしたの?」


 ハシバの方へ身を乗り出す形になっていたレティスを見てルーフェは首をかしげる。


「いやその、ハシバさん、神殿関係者に知り合いがいるって……」

「え? あー……そうね」

「別に大神殿まで行かなくとも、途中で神殿の街に立ち寄る選択肢もあると言ったまでです」


 食べ終わった器を片付けながら平然とハシバは答えた。


「神殿の街、ねぇ……」

「ロトスへは船に乗る必要がありますよね。このご時世、他地方の方は身元がはっきりしないと乗れません」

「身元を保証すれば乗れるってことよね。ま、それはおいおい何とかしましょ」

「何とかって……」


 呆れたような声を出すハシバにルーフェはそれはさておきと話を変える。


「ハシバ、髪やってよ。顔洗うの苦戦しちゃった」


 そう言ってルーフェはごそごそと荷物をあさった。


(髪?)


 昨日は結われていた亜麻色の髪はおろされており、思いのほか長いんだなというのがレティスの感想だった。


「……いいですけど、いいんですか?」


 わずかに戸惑ったような声色で、ハシバはちらりとレティスをうかがう。


「それくらい時間あるでしょ。このままじゃ動きにくいしね」


 はい、とルーフェがハシバに手渡したのはブラシとヘアゴムだった。そのままハシバの前にちょこんと座る。

 一瞬のためらいの後、はぁ、とため息をついてハシバはブラシを握り直した。


「まぁ、いいならいいんですけど」


 そう呟いて、慣れた手付きでブラシでルーフェの髪を梳いていく。

 その様子をレティスは目をしばたいて見るしかなかった。


「私、髪結ぶの苦手でね。ハシバはそういうの得意だからお願いしてるの」

「そ、そうなんだ」


 なんだか見てはいけないものを見てしまっているような気がする。


 にこにことルーフェが他愛ない話を振り、ハシバが手短に返事をする。背になる形なのでルーフェからは見えないが、髪を結うハシバの眼差しがどこか穏やかなのがレティスからはよく見える。つい先程、他人行儀だと感じたところだったが、そんなことはなさそうだとレティスは内心で考えを撤回した。


 ハシバの手は迷いなく動く。レティスが呆気にとられている間に、ルーフェの髪は二つに編みこまれてしまった。


「できましたよ」

「ありがと」

「どうも」


 素っ気なく返し、ブラシをルーフェに手渡す際に何かに気付いたのか、ハシバは空いた手で左耳をとんとんと指し示した。


「あ、そうだった」


 忘れるところだったとルーフェは懐から昨夜外したイヤーカフを取り出し、左耳に装着する。


「よし、と。じゃ、片付けたらすぐ出発ね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る