04 魔法使い

 まるで追い立てられるように宿屋を出て、一行はひとまず食堂へ向かうことになった。

 レティスは朝昼兼用とばかりに一足早く食事は済ませたが、残る二人はまだ食べていないためだ。


 街を歩く時には極力目立たぬよう、ルーフェはベージュのポンチョ風コートのフードを目深に被り、髪を中にしまっていた。

 目立つかと思ったレティスだが、帽子の中に銀髪をしまってしまえば見えるのは濃いグレーっぽい瞳と褐色の肌。肌の色は日焼けしていることにしてしまえば、意外と他地方の民感は薄れてしまった。


 シズはというと、常ならハシバのコートの中に引っこんでいるそうだが、今日はレティスの肩の上だ。


 荷物はハシバがレティスの分も持ってくれた。レティスは自分の分は自分で持つと言ったが、まだ本調子ではないんだし無理するのは良くないとルーフェが押しつけた形だ。ハシバに礼を言うと、別にいいです、と素っ気なく返された。


 昨日から降り始めた雪は今日も朝から降っている。

 一晩で積もることはなかったが、溶けかけた雪と降ってくる雪が混ざり合って足元は悪い。凍っているところもあるようだ。

 慣れないうちは気をつけてねとルーフェから声をかけられて早々、レティスは転びそうになった。あわやというところでハシバに腕を掴まれ、事なきをえる。


「あ、ありがとう」

「礼はいいです。……なるべく小さな歩幅で、踵から足を下ろすように。足の裏全体で体を支えるようにしてください。急がず、ゆっくりでいいです」


 声音は冷たいながらも、歩き方のコツを教えてくれた。

 改めてハシバに礼を言い、おぼつかない足取りで食堂へ向かった。


 食堂は昼飯時とあって客足も多く、人の出入りも激しい。

 フードを取ったルーフェの姿ににわかに場がざわつくが、皆忙しいのか一瞥してそれきりだ。

 そっとルーフェの様子をうかがえば苦笑いが返ってくる。室内で帽子を取らないようにね、とあらかじめ言われていた意味をレティスは身をもって理解した。


 荷物があるので入り口近くのテーブルを選ぶ。

 まさに腰を下ろそうとした時、見慣れぬ男に声をかけられた。


「――お嬢ちゃん、魔法使いだったんだな」


 気安い口調ながらルーフェを見下ろす視線は鋭い。

 男の後ろには店員らしき若い女性がいて「ちょ、店長……」と焦ったような声をあげていた。

 対するルーフェは否定も肯定もせず、店長と呼ばれた男の様子をうかがっている。


「昨日、時計台のとこで、怪しげな魔法を使うよそ者の女がいたって噂になってんだ。それ、あんただろ?」

「そうだって言ったらどうなるの?」

「……いや、あんた達は悪い奴には見えねえ。が……」


 悪びれることなくルーフェは答えたが、店長の言葉の歯切れは悪い。

 ちらりと横にいるレティスを見やる店長の顔はどこか苦しげだ。

 ただ単によそ者だからと忌避している風でもないのが不思議だったが、口を挟める雰囲気でもないのでレティスは沈黙を守った。


「悪いな。ここでは飯は出せねえ。出てってくれ」


 店長は頭を掻きむしりながら、苦々しげにそう告げる。

 抗ったところで分が悪いのはレティスにも分かる。ルーフェの様子をちらりと横目で見れば、ふうと息を吐いてにこりと笑った。


「そっか。お邪魔しました」


 そのまま店を出ることになる。

 食堂から出て、角を曲がり、通りを北へ。


 しばらく進んだところで、ルーフェが感心したような口調で呟いた。


「昨日の今日なのに、噂って早くまわるのねえ」

「そうですね。まさか食事まで断られるとは」


 対するハシバは困惑しているような声色だった。


「仕方ないですし、僕が適当に調達してきますよ」

「頼むわハシバ、よろしくね」

「――なんか、ごめん」


 二人の会話に割りこみ、謝ったのはレティスだ。

 ルーフェは特に気にすることないと慰める。


「やだ、別にレティスが謝ることなんてないのよ。私が昨日、ちょっと派手にやらかしちゃったから」

「昨日……? そういやさっきの人、ルーフェのことを魔法使いだって」

「あー、うん。まぁ、そうね。レティスを探すのに、ちょっとね?」

「やっぱりオレのせいじゃないか」


 申し訳なさにうなだれたところで「ねえちょっと」と声をかけられた。


「そこの、大きいお兄さん!」


 顔を上げて振り向けば、先程店長の後ろで慌てていた店員のお姉さんがいた。

 両手に何か袋を抱えて駆け寄ってくる。


「何か?」


 ルーフェとレティスの前に立ち塞がるよう、ハシバが迎える。


「えっとこれ、店長から。確かに渡したから。じゃあね!」


 店員のお姉さんは両手に抱えた袋をどうぞ、とハシバに押し付けると足早に去っていった。

 一体何をと袋を開けると、ふわ、と香ばしい匂いが広がる。


「これって……」


 袋の中にはまだ暖かいパンの他、軽食が詰められていた。

 メモ書きも添えられている。


『今までのチップ分だ』


 ほぼ殴り書きだったが、ルーフェの頬が緩んだ。


「気前のいい店だったの。ただ悪い噂ってのは広まるのも早いから……って、レティスが悪いわけじゃなくてね」

「うん、分かってる」


 良くない方向で噂になっていることはレティスも理解している。

 レティスを助けたことで、そこにルーフェを巻き込んでしまったのだろう。


「分かってない。ほんとに、レティスのせいじゃないからね?」


 心を見透かしたかのようにルーフェから念押しされる。

 まごついてしまったレティスにルーフェは鷹揚に微笑んでみせた。


「よそ者だからって安易に判断せず、ちゃんと見てくれる人はいるから」

「……それは、ルーフェがそうってこと?」

「もちろん。そう思ってくれたら嬉しい……って、私自身もここじゃよそ者だけどね」


 おどけたように言って、ルーフェはおもむろに店の方へと振り返る。

 横顔から伝わってくるのは感謝とわずかな名残惜しさ、といったところだろうか。

 不当な扱いを受けたというのに責める雰囲気は欠片もなかった。


「ともあれ当面の食料は手に入ったわけだし、行きましょうか」


 その後公園の東屋でランチを食べるというピクニックみたいなことをして、一行は進路を北へ取った。

 目指すは北の村ナーシス。

 馬車であれば夕方頃に出て夜通し走り、翌朝にも着くだろうが、あいにくの天気のため時間がかかりそうだ。

 いや、それ以前に三人を乗せてくれる馬車があるかも怪しい。


「となると、まぁ当然、歩きよね。……まぁ、それもありか。ゆっくり話もできるしね」


 人通りがほとんどない街道をのんびり歩きながら、ルーフェが一人ごちた。


「ゆっくりもいいですが、野宿できそうなところまでは行きますよ」


 先を行くハシバは冷静だ。

 足元の道を確かめながら確実に進んでいき、「分かってるって」とルーフェはその後をついていく。


 街にいる当初はレティスの肩の上に乗っていたシズは、何度か転びそうになった拍子に転がり落ちたのが気に入らなかったのか、普段の定位置であるというハシバのコートの中で落ち着いていた。


 時折、まだ雪道に不慣れなレティスを待ちつつも、日も暮れる頃には野宿できる場所までたどり着く。

 街道から少し外れた、森の一角。比較的開けた場所は、暖かい頃であればバーベキューをするのにちょうど良さそうだ。

 近くに川もあるらしく、水音も聞こえてくる。

 ハシバが背負っていた荷物からテントやら寝袋やらを取り出し、手際良く設置していく。

 ルーフェはレティスと二人で火をおこすための薪となりそうな枝を集めることにした。あいにくの雪で落ちている枝はどれも湿気を帯びており、そのままだと火をつけるのは骨がおれそうだ。


「とりあえず、乾かしちゃえばいいのよね」


 集めた薪を何やら分別しているハシバにルーフェが声をかけた。


「そうです。このあたりが燃えやすいので、ここから。こっちは長持ちするので後から入れます」

「オッケー。さて、と」


 よしやるかと意気込んだルーフェに、レティスが待ったの声をかけた。


「ルーフェ、オレがやるよ」

「え?」

「薪に火をつけたらいいんだろ?」


 地面に向けてかざしたレティスの手がほのかに赤い光を宿すとじわじわと雪が溶け、乾き、元の地面が姿を現した。

 そこへ拾ってきた枝を置く。


「――炎よ」


 レティスの言葉に小さな火種があがり、やがてパチパチと枝が燃え出した。

 迷いのないその様子に、ルーフェは目を丸くした。


「魔法……そっか、レティスも魔法使いなのね」

「うん、まぁ。といってもそこまで難しいのは使えないし、剣の方が得意なくらいだよ」

「そう、なの? ……魔法使って、疲れたりしない?」

「いや? 簡単なのしか使ってないし、そこまでは」


 火をつけることは火の魔法の中では初歩中の初歩だ。

 頭の中で願い、相応の魔力を精霊に渡すだけで出来ること。あえて口に出したのは薪へ働きかけるためで、そう大したことでもなかった。

 ルーフェも魔法使いであるならそれくらいは分かっていそうなものなのに、とレティスは不思議に思った。

 レティスが起こした焚き火を見つめるルーフェは何か考えこんでいるようにも見える。


「そう、なんだ。……うん。ほんと助かるわ、ありがと」


 レティスの視線に気づいて、ルーフェは笑顔でそう言った。

 助けられてばかりでは申し訳なさすぎて、レティスは少しでも役に立てたのなら嬉しかった。


 夕食はもらったパンの残りと用意していたという保存食で簡単に済ませる。あまり食欲がないからとルーフェは小鳥の餌くらいしか食べなかったのが心配ではあったが、無理に食べるのもよくないだろう。よかったら食べてと勧められるままにルーフェの分を二等分し、ハシバとレティスで分け合った。

 ノルテイスラに来てからというもの腹一杯ご飯を食べることは稀で、それだけで身体中が満たされていく。歩き疲れたこともあり食後早々にレティスは船を漕ぎだしてしまった。


「ちょっと早いけどもう寝よっか」


 左耳のイヤーカフを外しながら、ルーフェはうつらうつらとしているレティスに声をかける。

 寝袋は二つしかなく、念のため見張りをするとかってでたハシバを残し、二人はテントの中で横になった。


「明日は今日より歩くから、ゆっくり休んでね」


 寝心地は今ひとつだろうけど、とルーフェは苦笑する。

 すぐそばで丸くなるシズの暖かい体温、外から聞こえてくるぱちぱちと焚き火の爆ぜる音が耳に心地よく、溜まった疲れからかレティスは間もなく眠りに落ちていった。


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