07 親切の理由

 北の村には噂は届いていないようだった。

 宿屋で部屋を借りる際に、雪が降り出したことから昨日の馬車は欠便になったことを耳にした。ここ最近は魔獣が出るようになったことも相まって、従来より往来自体も減っているそうだ。


 変わった組み合わせの客だと怪訝な顔をされるも部屋を取り、三人は食事を取りに食堂兼酒場へ向かう。

 荷物は部屋に置いてきたので体が軽い。ううんと伸びをしたルーフェはどことなく嬉しそうだ。


 店内に入るも、往来が減っているというだけあり、客足はまばらだった。異質なものを見るような視線をスルーして、端の方の席につく。ルーフェとレティスが隣り合い、ハシバがその向かいに座るという形になった。


 食事に関してはルーフェはなんでもいい、適当につまむからとハシバに注文はお任せだった。レティスも食べれそうな物をいくつか頼む。


「飲み物はいかがいたしますか? お酒もありますよ?」


 注文内容をメモに取り、重ねて店員が訪ねてきた。


「お酒、ですか」


 ハシバがちらりとルーフェの様子をうかがう。


「私はパス。もちろんレティスはまだダメ。ハシバは……まぁ、軽くならいいんじゃない?」

「では一杯ください」

「かしこまりましたー!」


 さほど時を空けることなく、運ばれてきた料理に三人は舌鼓を打つ。


 ハシバは背丈に比例するかのようによく食べていた。お酒もどうやら好きなようで、どことなく嬉しそうにしている。

 対してルーフェは言葉通りつまむくらいだ。少食なのだろうか。


「ルーフェ、あんまり食べてないみたいだけど」

「え? そう?」

「うん」

「あー……あんまり食欲なくて。あんなに動いて沢山食べれるの、ハシバくらいじゃない?」


 心外ですね、とハシバに目線で非難されるがルーフェは華麗にスルーした。


「いや、それでも食べないと。昨日もあんまり食べてなかったじゃないか」


 食い下がるレティスに、ルーフェはじゃあ、と苦笑した。


「もう少しもらおうかな。あ、これならシズも食べるかも」


 パンをレティスへ渡す。

 膝の上にいるシズの口元へそっと持っていくと、鼻で匂いをかいだ後、齧り出した。

 シズは一見ウサギのようだが、よく見ると魔獣だと分かる。あまり人目につくのはよくないというのでテーブルに隠れるような形だった。


「そういえば、二人っていくつなんですか?」


 特にどうという質問でもなかったが、ルーフェとハシバの動きが止まった。

 先にフリーズから解けたのはハシバで、ちらりとルーフェを横目で見やる。


「僕は二十二です。僕はいいとして、女性に年を聞くのはどうかと思いますけど」

「あっ、ごめん。えっと、その……ルーフェ、オレとそんなに年が変わらなさそうに見えるのに、お酒飲めるんだなと」


 この国の成人年齢は十八歳だが、酒が飲めるのは二十歳からだ。レティスが見る限り、ルーフェはせいぜい十七、八歳くらいにしか見えない。


「あぁ、そういうこと? 一応飲める年ではあるわ。っていうか、レティスこそいくつ?」

「オレ? 十五になったとこだよ」

「はー、若いのねぇ」

「? ルーフェも若いじゃないか」

「まぁそうなんだけど」


 何故か困ったようにルーフェは笑い、それはそれとして、と話題を変えた。


「体力戻ってないのに沢山歩かせちゃっただろうし、二、三日はゆっくりしよっか」


 レティスもハシバもそれに異論はない。

 いつ雪が降りだしてもおかしくない空模様に加え、色々準備する時間も欲しいところだ。


「その後なんだけど、大神殿があるロトスまでは更に北に行ってアルメアって街まで行かないといけないの。アルメアからロトスへは船旅ね」

「……それなんですけど。少し遠回りですが神殿があるピオーニに寄るのはいかがですか? 巫子に話を聞くのであればそれで充分なはずです。船に乗らずに済みますし」

「えー、私直接行きたい」


 寄り道はしたくないとハシバの提案をルーフェはばっさり切った。


「そう言われましても、船に乗るのは難しいでしょう」

「そうだ、オレ、身分証を無くしてしまってて……」


 先日、身元がはっきりしないと船には乗れないというのは聞いた。

 テレサリストでの身分証は名前と出生地が刻まれた小さな金属製のプレートだ。

 北諸島ノルテイスラへの船を乗る時までは持っていたのだが、北諸島ノルテイスラを巡るうちにいつの間にか紛失してしまっていた。

 再発行はできても、出生地まで問い合わせが必要となるのでなにせ時間がかかる。待っていたら大祭はとうに終わってしまうだろう。


「ううん、身分証ってほどはっきりしてなくてもいいの。というか、身分証があってもそれだけじゃ船には乗れないわ」

「え、なんで」

「ロトスには大神殿がありますから。不穏分子を容易に巫子姫に近づけないためにも、誰がどういう目的で行くのかが記録されます。身元の確認はそのついでです」


 酒のグラスを仰ぎつつ、ハシバが補足説明を挟む。

 昔であれば観光目的というのも少なからずあったが、その際でもそれなりの業者が神殿関係者に連絡を取り、問題ないか確認してもらってからでないとロトスへ行くことは出来なかったという。


「逆に言えば神殿関係者から身元を保証してもらえれば船に乗るのは問題ないってこと。かくいう私もハシバ経由で身元を保証してもらってるし。ってことで、ハシバ、何とかならない?」

「……いくら貴女からの頼みでも、それは難しいです。僕の一存ではどうにもできません」


 ルーフェのお願いにハシバは首を横に振って答える。


「そう言うと思った。ハシバの一存でだめなら連絡取って聞いてみてよ。多分いいって言うと思うから」

「…………本気で言ってます?」

「もちろん。ちゃんと伝えてよ?『シズが見つけた』ってこと」

「…………」


 自信満々なルーフェに対し、ハシバは訝しげな表情を隠せずにいた。


「……まぁ、いいです。聞いてだめならおとなしく諦めてくださいよ」

「そうこなくっちゃ。うん、よろしくね」


 これで一安心、とルーフェはレティスに笑いかけるも、レティスはぎこちない笑いを返すことしかできなかった。


(だ、大丈夫、なのかな……)


 自分の事ながら、闇雲にレティスを信じるルーフェより猜疑心あふれるハシバの方に同情してしまう。


 巫子に会いたい理由以前に、レティス自身のことをほとんど何も教えていないのに、何故そこまで親身になってくれるのだろうか。


「……なんで、そこまで親切にしてくれるんだ?」


 ルーフェの親切心はありがたくも、少し怖い。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。


 不思議でしようがないとともに、何も明かさないくせに世話になるつもりな自分自身が恥ずかしくなり、問うた声は限りなく小さかった。


「なんで、って……言ったでしょ。レティスに興味がある、って」

「それは、聞いたけど……分からないんだ。だってオレ、何も伝えてないのに」


 外見から出身がスーティラであることは一目瞭然だが、それ以外、ほとんど何も話していない。言ったことといえば名前に年齢、あとは魔法が使えること、その程度の話だ。


「うーん……なんて言ったらいいかな。私もね、人を探してるの」

「――ちょっと、いきなり何を」


 ルーフェの話を遮るようにハシバが口を挟んだ。


「大丈夫。色々言いたいだろうけどハシバは黙ってて。悪いようにはしないから」

「……頼みますよ」

「任せといて。でね、身も蓋もなく言っちゃうとレティスがその人かもしれないの」

「え……?」


 寝耳に水な話にレティスは言葉を詰まらせた。

 予想の範疇の反応だったのか、ルーフェはにこりと微笑む。


「ちょっと今はこれ以上言えないけど、これが私がレティスに親切にする理由。下心こみで言うなら、見極めるためにもレティスのこと色々教えてもらえると嬉しいかな」

「…………」


 こうもはっきり下心があると言われるとは思わなかった。

 どう返事していいものかレティスは困惑の色を隠せない。


「あ、もちろん嫌ならいいから。もし探していた人と違ったとしても、手助けはするし。あまり重く考えないで」


 ね、と安心させるようにルーフェはふわりと笑った。

 なんだか直視できなくてレティスは視線だけちらりと横に向けるとハシバの姿が視界に入った。その表情は平静そのものだったが醸し出す雰囲気はどこか刺々しい。


 まるで対称的な二人の様子に面食らうも、不思議と冷静になった自分もいる。


 おそらく、ハシバの反応が大多数の人間から見たレティスへの評価なのだろう。ずっと黙っていたままでは信用に足る人物にはなりえないと現実を突きつけられた気分だった。


「……あの、オレ、南のスーティラ出身で……」


 ぎゅっと膝の上で手を握りしめ、レティスはぽつりと口を開いた。

 かけてもらった恩の分くらいは、自分を明かしてもいいのではないだろうか。


「父さんが、魔法使いなんだ。火の魔導師様の補佐をするくらいの人だったって」


 どこまで話していいのか。

 ルーフェとハシバの反応をうかがいながら、ひとつひとつ、レティスは言葉を探る。


「けど、母さんはそうでなくて……身分が違うってことで、故郷ではつまはじきにされてたんだ」

「そう、なのね」


 わずかにルーフェの瞳に同情の色が混じる。

 違う。同情して欲しいわけではなくて、とレティスは頭を振った。


「や、ちゃんと生活はできてたよ。衣食住に困ることはなかったし。それに、母さんがいた頃はまだ良かったんだ。いなくなってから……その、父さんのオレへの風当たりが強くなって。みかねた従姉達が村を出た方がいいって助言をくれたんだ」

「それでノルテイスラに?」

「うん」


 頷いたレティスの膝の上に置かれた手にそっと何かが乗ってきた。視線を下ろすとシズが腕にすり寄ってきている。白い体毛が腕に触れてくすぐったさに口元が緩んだ。

 ひとまずノルテイスラに来るまでの経緯を簡単ながら話すことができ、レティスは少し肩の荷がおりた気がした。


「どうしてノルテイスラだったの? ……っていうのは聞いていい?」

「それ、は……母さん、水の巫子だったから……わっ」


 どん、と何か固いものが机に置かれる音がした。

 音がした方へ視線を向けると、ハシバが無言で空になったグラスを見つめている。


「……失礼、手が滑りました」

「あ、大丈夫ですー、お騒がせしてごめんなさい」


 ハシバに代わり、なんだなんだと顔を向けてくる周囲の客にルーフェが詫びをいれた。


「ちょっとハシバ、びっくりさせないでよ」

「すみません。……久しぶりなので酔いがまわったのかもしれません」

「そう? とりあえず水でも飲んで」


 すみません水くださいと店員に声をかける。


「で、なんだっけ。あぁそうだ、レティスのお母さんが巫子だったと。……まぁ、ない話ではないわね」


 うんうんと腕組みをしつつルーフェは納得する。


「魔法使いと巫子なら、共に行動するうちに……ってのはままあることだし。他地方の巫子と、っていうのはまた珍しい話だけど」

「母さんが一目惚れしたらしい」

「あら素敵。いいじゃない、望まない相手と結ばれたわけじゃなくて」

「そう、なのかな……」


 レティスの記憶の中の母は常に笑みをたたえていた。けれどふとした瞬間にどこか遠くを見つめ、声をかけても反応がなくなる時があった。


 あの時、母は何を見て何を考えていたのか。

 母は、幸せだったのだろうか。


 今となってはもう知る由はない。

 口をつぐんでしまったレティスを見て、ルーフェは話題を変えた。


「にしても、水の巫子……ね。まぁ、あってもおかしくないか。レティスが十五なら……十六年前頃っていうと大量に巫子が辞めた時期だし」

「そうなんだ?」

「らしいわよ? 先代の水の魔導師がいなくなってから、巫子の数を減らしたって。聞いた話だけどね」


 まるで実際に見てきたかのような口振りでルーフェが言ったところで、店員が水をグラスに入れて持ってきた。

 礼を言って受け取り、ハシバへ渡す。


「はい、水」

「どうも」


 憮然とした顔をしていたハシバだったが、ルーフェからグラスを受け取った刹那、眉をひそめた。


「……冷たい、ですね」

「まぁ、水だし……」

「…………」


 妙な沈黙が落ちた。

 曖昧に笑うルーフェを見て、ハシバはため息をつく。


「食べ終わったなら、出ましょうか。宿でゆっくりしましょう」


 支払っておきますから、と伝票を持ってハシバは席を立った。

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