第12話 居場所(1)
まさかのハプニングから、明けて翌日。
ついに四月がやってきた。
泣く子も黙る4月1日。新年度の始まりの日だ。
小学生も中学生も、高校生も大学生も新社会人も、皆が新しいステージで一年のスタートを切る記念すべき日だ。
それは、俺のようなダメダメ留年生にとっても例外ではない。
玄関でスニーカーに足を入れる。
「それじゃ、行ってくるから」
声をかけると、とてとてと一人の少女が近寄ってきた。
「これ、お弁当です。用意しておきました」
「嬉しいよ、ありがとう」
と礼を言うと、彼女は
「そんな、ゆうべの残り物ですから……」
と恥ずかしそうに微笑んだ。
この子の名前は
先月、ひょんな事から我が家に転がり込んできた同居人である。
その外見はまさに『清楚な美少女』。
ほっそり華奢で、それでいて女性らしいボディライン。しっとりと美しい黒髪。シミ一つない透き通るような白い肌。完璧なバランスの目鼻立ち。見る者を一発でメロメロにしてしまうほどの美しさだ。
初対面の時は夜中で暗かったのと泣いてたのでよく分からなかったが、改めて見るとその美少女っぷりがよく分かる。一緒に暮らしているので最近は慣れてきたが、それでもたまに「うわっなんだこの美少女!?」ってビックリしちゃうぐらいだ。
パーフェクトなのは外見だけじゃない。内面も外側に違わずパーフェクトである。
まず、料理がうまい。
特に和食系のメニューはピカイチだ。
肉豆腐や焼き魚などのメインディッシュはもちろん、お吸い物や豚汁などの汁物、おひたしやきんぴらなどの小物も最高においしい。
健全な男である俺としては、もーちょっと肉が多くても(あと脂分)いいかなとは思うが……まあ贅沢な望みだろう。
他にも、美人なのに鼻にかけない控えめな性格や勉強熱心なところなど、褒め始めたらキリがないのだが……とりあえずこれぐらいにしておこう。
瀬奈はまさに『清純大和撫子コンペティション・地球代表』って感じの、最高の女の子なのだ。
閑話休題。
弁当をリュックにしまい、出発前の最終チェックをする。
「長塚さん、本当に大丈夫ですか?」
「どうして?」
「だって、その……久しぶりの大学なのですよね?」
瀬奈は心配そうな表情だ。
「全く通ってないとなると、やっぱり心理的に抵抗があるのではないかと思って。緊張はしていませんか? 本当に……大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。今日は瀬奈に起こされる前にちゃんと一人で早起きしたしね。寝坊さえしなけりゃ何てことないさ」
まあ起床時刻は10時ちょうどなんだけど。
「それに今日は授業じゃなくて、ただ履修と単位の状況を大学事務に確認しに行くだけだし。大丈夫だよ、マジで」
「そうですよね……。すいません。なんだか私の方が不安になってしまって」
気を取り直したのか、「ふふっ」と優しく微笑む瀬奈。
かわいいな。
「もし混んでたりしたら遅くなるかもしれないけど、気にしないでね。それじゃ行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
ペコリと頭を下げる瀬奈。その頭に見送られてアパートを出る。
……ふふん。誰かに送り出されるっていいもんだな。一人暮らししてた時は全然気づかなかった。気分は新婚ほやほやのサラリーマンだ。
駅まで歩いて、電車に乗る。
東京の中心部に向かう方面の電車は、昼前だというのにまだ混雑している。朝は通勤・通学の人で混むが、昼は昼で別の客層で混んでいるのだ。
さすがに満員電車ギュウギュウというわけではないが、余裕で座れるほどでもない。仕方なく吊り革を掴んで立つ。
ガタンゴトンと揺れながら、今回の外出の目的を考える。
さっき瀬奈にはちょっと話したが――ずばり、『今って俺どういう状態なの?』ってのを大学に聞きにいくのだ。
昨晩、書類とニラメッコしながら色々と調べたのだが、必修単位とかシラバスとか卒業要件とか、そういう事が何も分からなかった。
なんせ2年間まっっっったく大学に行ってないのだ。大切な書類はどっかいったし、どういう単位を履修してたのか覚えてないし、大学システムにログインするためのIDも忘れちゃった。もう右も左も分からない状況なのだ。
だから今年の授業が始まる前に、今後どういう風に履修していけば進級できるのか全部事務の人に教えてもらうつもりで、わざわざ電車に乗って2年ぶりに大学に向かっているのだ。
……あれ。
2年前――といえば。
俺は大学が嫌になって行かなくなり、生活習慣がメチャクチャだったのもあってニートになり、大学を留年したわけだけども。
そもそも、
どうして大学が嫌になったんだっけ――――
「次は~
「――おっと」
そうこうしているうちに、大学の最寄り駅に着いた。キャンパスまでは歩いて5分か10分といったところか。
電車から外に踏み出し、観光会社のポスターが貼られた改札を通り、いざ大学へ――
――と思ったところで。
「……ん?」
気づく。
何かがおかしい。
「
「東京って人たくさんいるねえ……」
「キャンパスって広いかな? どんなだと思う?」
「お手洗いはここで行っときな。大学は混んでるだろうし」
「腹減ったわ~。今日って学食使えんの?」
周囲の会話。この駅に来るのは実に2年ぶりだ。でも分かる。
明らかに、なんか、雰囲気が普段と違う。
違うのは――駅にいる人々の空気だ。
会話の内容は途切れ途切れにしか聞こえないけど、まず服装が違う。スーツとか、ジャケットとか、とにかくフォーマルな服装だ。まるで何かの式典に出席するみたいに――
――式典?
「あっ……」
マヌケな声が俺の口から漏れる。
式典。そうだ。
今日は4月1日。
南渡過大学の――入学式の日だ!!!!
すっかり忘れてた。高校までとは違って、大学の入学式は在校生にはほとんど関係ないから――
「バス乗り場どこ?」
「歩いてった方が早いよ。受験で来たでしょ」
「お母さんの方が緊張してきちゃった……」
「もー、なんでよ」
駅構内は入学式に出席する新入生たちや、その父母で満杯だ。
大学への道を進み始める人波。その流れに逆らえず、俺は波濤の一部となってゾロゾロと歩き始める。
「授業についてけるかな。心配……」
「サークルどこ入ろうかな~~っ!!」
「あんまり遊んじゃ駄目よ。しっかり勉強しないと」
……………………。
……うるさい。
ギュウギュウの人混み、四方八方から押し寄せる音。一つ一つは単なる会話だが、狭い歩道に密集して進んでいるため都会の喧噪と合わさって結構な騒音になっている。
普段なら聞き流せるはずなのに、なぜだか今日はやたら耳に触るし、居心地が悪い。
どうしてだろう……。
「ちょ、それエグすぎだって!」
「この集団ってみんなナン大の新入生? ヤバくね?」
「バイトしまくろっと。家庭教師ってどこで募集してんの?」
「見てろよ、俺ぜってえ彼女作るから!」
……そうだ、思い出した。
『これ』だった。
俺が大学に行かなくなった理由は、『これ』だ。
二留なんてするハメになった、その直接の原因。
どうして忘れていたんだろう。今やっと思い出した。
『これ』だったんだ。
『これ』が、2年前の――――
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