第11話 まさかのハプニング
瀬奈と出会ってから数日が経った。
同棲生活は思ったよりもずっと順調だ。
2DKの物件なので個人のスペースを確保できた、というのは大きいだろう。
俺と瀬奈は良好な関係を築けているはず(だよね?)だが、それでもお互いにプライベートな時間は必要だ。瀬奈が勉強に集中したいタイミングはもちろん、俺にだって一人でゆっくりしたい時はある。
ほら、色々とね?
それに、二人とも「他人と生活のディテールを合わせる」ということにあまり抵抗が無かった。これも要因としてはデカい。
瀬奈には俺のダメダメな習慣を許せる度量があり、俺にはその習慣を直せるだけの柔軟さがあった。つまり妥協点のすり合わせが簡単だったのだ。
ていうか、ぶっちゃけ瀬奈は甘い。
先日、家具を買った帰りに、
「はい、任せてください。私がちゃんとお世話しますから!」
と宣言された時は、
(明日からはちゃんと生活しなきゃダメだろうな……さすがに迷惑かけられないし……)
と戦々恐々としていたのだが、意外にもそこまで厳しくなかった。
もちろん朝はしっかり起こされる。
起こされるのだが、11時までは寝かせてくれる。優しい……。
昔みたいに「朝7時に寝て昼の3時に起きる」ような生活はできなくなったが、別にやりたくてやってたわけじゃないので全然オーケーだ。
それに、どうしても起きれない時は、
「瀬奈……もう10分だけ……10分だけ寝かせて……」と頼めば
「もう、仕方ないですね」
と許してくれる。これで11時10分までは寝れるわけだ。
ちなみに検証した結果、15分追加で寝るのは許してくれなかった。2度目の延長もムリ。
許してくれるのはそれだけじゃない。
「瀬奈……俺、冬瓜だけじゃなくてナスも食べらんない……」
「えぇっ!? おいしいし、栄養もあるんですよ」
「ごめん……マジで口に入れらんない……言うの忘れてた……」
夕食にナスが出てどうしても食えなかったときも、
「もう、仕方ないですね。好き嫌いはダメなんですよ」
と言いながら許してくれた。優しい。
「おいしいんですけどね……ナス……」
ちょっと残念そうにしていたのを見て心が痛んだが。
あれは申し訳ないことをしたなあ……せっかく作ってくれたのに食べられないなんて……。
でもナスは本気でダメなんだよ。
我慢して食べて、ゲロを吐く方が申し訳ないからね……。
とにかく、瀬奈には甘やかされている。
顔を洗ったあと眠くてボーッとしてたら手ぬぐいで拭いてくれたし、スマホの見すぎで目が疲れてたらホットタオルを作ってくれたし、靴下裏返しのまま洗濯出しても許してくれた。
優しい。神すぎる。甘やかされまくりの同棲生活だ。
瀬奈の方もだんだんと俺との暮らしに慣れてきたらしい。
初日はこっちの部屋に入ってくる時も遠慮がちだったし、床に散らかっている俺のパンツを見ただけで顔を真っ赤にして
「こ、これ……」
「ん? どした?」
「なっ、長塚さん! 下着はちゃんとしまってください……!」
とアワアワしていた。なのに今朝になったらもう堂々とドアを開けてズカズカ入ってきて、
「起きてください、長塚さん」
「んんん……あと10分……」
「さっきもそれ言ってましたよ。もう、朝ご飯が冷めちゃいます」
と手慣れた様子だった。
ていうか順応早くない? まだ俺の家に来てちょっとしか経ってないよね?
とまあ、そんな感じで起こされたので、今はバッチリ目覚めて外出している。
アパートを出て、周囲の住宅街を歩く。
「ふわぁ……」
あくびが漏れた。
嘘である。バッチリ目覚めてなどいない。普通に眠い。
だって3年間もだらしない生活送ってたんだぞ? さすがに二日三日で改善されるようなもんじゃない。
でも11時に起きれたのは良い傾向だ。このまま瀬奈と一緒に直していきたい。
生活習慣は、一度崩れると一人じゃ直せない。徹夜してムリヤリ直そうとして、途中で寝落ちしてさらに悪化するなんてザラだ。外部の手を借りるのが手っ取り早いのだ。
ところで、現在歩いてどこに向かっているかというと――
スーパーだ。歩いて5分ちょいぐらいの場所にある。
早起きした(※11時すぎ)はいいものの特にやる事がなかったので、瀬奈の手伝いでもしようと買い出し役を引き受けたのだ。
部屋の掃除はもう粗方終わっている。あれだけ散らかってたダイニングもすっかり整頓された。インテリアショップから届いた家具の組み立てもやった。
俺一人で組み立てたのでかなり大変だったが、やはり机と椅子があるだけでそれなりにちゃんと「生活っぽさ」が出る。満足だ。いやまあ椅子すら置いてなかった今までが確実におかしいんだけど……。
というわけでタスクがなくヒマだったので、俺が買い出しに行くことになったのだ。
瀬奈は「そんな、私が行きますよ」と言ってくれたのだが、彼女には受験勉強があるのだ。俺も四月になったら大学で忙しくなるだろうし、余裕のあるときぐらい手伝ってあげたい。
……そういえば、四月から大学か。
瀬奈と一緒に夢を叶えるって言ってしまった以上、ちゃんと行かなきゃいけない。やる事ないとか思ってたけど、多分それの準備もしなきゃダメだろうな。単位とかどうなってんのか確認しないと……。
歩きながらそんな事を考える。
最近はもっぱら夜にしか出歩いてなかったけど、早朝(※11時すぎ)の散歩も悪くないね。空気が爽やかな感じがするし、太陽の光を浴びるのも心地良い。
もうすぐスーパーに到着だ。
さてさて、瀬奈に頼まれていた買い物は――
「あっ」
……いかん。財布を忘れた。
最近はコンビニでもなんでもスマホの電子決済ばっかなので失念していた。マズいな。あのスーパーってpaypay使えたっけ? クレカしか対応してなかった気がする……。
取りに帰るしかないか……面倒だが仕方ない。
早足で来た道を引き返し、家に戻る。
ドアの鍵を開け、靴を脱ぎ散らかしながらドタドタと上がり込んで――
――目に入ってきたのは、瑞々しい肌色だった。
「は?」
「えっ……?」
……解説しよう。
俺の家の間取りは2DK。個人用の部屋が二つあって、ダイニングに洗面所が直結している。
つまり、ダイニングから脱衣所が丸見えなのだ。
一人暮らしなら何の問題もないが、今は――
「せ、瀬奈?」
「長塚さん……どうして……?」
そこには瀬奈がいた。
風呂上がりらしき瀬奈が、全身に湯気と水滴を纏わせて、タオル一枚だけで身体を隠しながら足拭き用の珪藻土マットに立っていた。
その、つまり――生まれたままの姿で。
「あの……、俺、財布忘れて……それで……」
「――ひゃあああああっ!」
やっと状況を理解した瀬奈が、悲鳴を上げて座り込む。顔は茹で蛸みたいに真っ赤だ。
どわ~~~~っ! やっちまった! これはヤベえっっっ!!!
俺も混乱から再起動。
「ちょ、ごめん! 買い物、さいっ、財布、買い物いってくるから! マジでごめん!」
パニックになりながら部屋に駆け込み、ベッドの上に投げてあった財布を回収して突風のような勢いで家を出ていく。
もうちょっとしっかり謝罪するべきかとも思ったが、あの状態の瀬奈をまじまじと凝視するわけにもいかない。一刻も早く立ち去るのが彼女のためだと思った。
……しっかし。
なんか、すごかったな。うん。すごかった。
ほっそりとしたスレンダーな体型の子だと思ってたけど、案外女性らしい部分もあったというか、曲線が素晴らしかったというか。
とにかく柔らかそうだった。
透き通るような色白の肌が目に焼き付いて離れない。すごかったな……。
そんな事ばっかり考えていたせいか、買い物をしてる時も上の空だった。おかげでミスしまくって、ハッと我に返った時にはなぜかダイコンが4本もレジ袋に入っていた。
なんでだよ。なんでダイコン4本も買ってんだよ!
恐る恐る家に帰ったが、瀬奈は何もなかったかのように「おかえりなさい」と言ってくれた。同棲解消か、最悪セクハラで訴訟されることまで覚悟していたのでちょっとホッとした。
「さっきはごめんなさい……注意してなくて……ちゃんと一声かけるべきでした」
と、しっかり頭を下げて謝罪したが、
「こちらこそ見苦しいものをお見せしてしまって申し訳ないです」
「でも……」
「私は全然平気なので気にしないでください! 大丈夫ですから」
と逆に言われてしまった。
これ以上言及して思い出させるほうがダメだろうと判断し、話は終わりにしたのだが。
その後の夕食の時間。ダイコンの煮物を箸で摘まんでいると、
「今日のメニューはダイコン尽くしなんだね」
「はい。……あの、どうして4本もダイコン買ってきたんですか?」
「いやあ、俺もちょっとパニックだったから……」
「パニック?」
「ほら……その、アレだよ、昼間の」
ボンッ!
テーブルの向こう側に座る瀬奈の顔が、効果音が聞こえてきそうなぐらい一気に真っ赤になった。
ヤベえ、と思った時にはもう遅く――
「もっ、もうお嫁にいけません……」
と、瀬奈は恥ずかしそうに呟いた。
それを聞いて俺の罪悪感メーターはマックスになった。
本当に、誠に、申し訳ありませんでしたッ!!!
ちなみにそれからは、風呂場を使う時はLINEでお互いに連絡し、相手の入浴中はダイニングに出ない、着替えはなるべく個人の部屋でというルールが作られた。
なんでこんな当たり前のルールがなかったんだろう。俺も瀬奈も、家族以外と一緒に住むなんて初めてだから気づかなかった。
こういう線引き、もっとちゃんと探っとかなきゃいけないな……。
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