第8話 お買い物


 結局、そこから瀬奈のセレクトが定まるまでには一時間を要した。


「長塚さん! おかげで良いものが買えました。ありがとうございます」

「お、おう。瀬奈が満足してくれたならよかったよ」


 「やりきりました」とホクホク顔の瀬奈。どうやらご満足いただけたらしい。

 まさか彼女がここまでインテリアに凝るとは……。朝の料理もちゃんと作ってたし、こだわりが強いタイプの人間なのかもしれない。


 購入した家具は家に直接送ってもらえるよう手続きしといた。かなりの金額になったが、クレカの支払いにはまだ余裕があるので大丈夫だ。



「そういえば私達、フライパンを買いに来たんでしたね。どこに売ってるでしょうか」

「調理器具なら一通り買っといたよ。フライパン以外にも色々」


 瀬奈が迷っている間に、ちょっと別のショップに行って買ってきたのだ。一応離れる前に声はかけたのだが、あまりにも選定に集中していて聞こえていなかったらしい。


「なら、もう用事はこれで終わりですか?」

「もう一つ行きたい店があるんだ。カルニィって分かる?」

「えっと、コーヒーとか売ってる店ですよね?」

「そう。おいしいコーヒーが試飲できるあの店だ」


 カルニィだ。間違ってもカ○ディではない。いいね?



 同じ建物内を移動すると、青地の看板に黄色の文字で

「KALNI COFFEE FARM」と書かれている店が見つかった。


 瀬奈を連れて中に入る。


「ここだよ」

「おぉ……すごいです……」


 照明の抑えられた薄暗い店内。木の商品棚が所狭しと立ち並び、まるでジャングルのように乱立している。

 どことなく不思議な雰囲気。秘密の隠れ家を見つけたかのような、雑多な闇市で掘り出し物を探そうとしているかのような、そういうワクワク感がある。

 ま、別にそんな怪しい商品は売ってないんだけど。


 ここがカルニィ。

 コーヒーと輸入食品を取り扱うショップである。


「長塚さんはよく来るんですか?」

「まあたまに。これ目的に来るっていうか、見かけるとつい入っちゃうんだよね……」


 俺は実家がメチャクチャ裕福だが、その金持ち性は「高い物を買う」ってよりも「平気な顔でムダ遣いする」って方向に発揮されがちなのだ。留年で学費をドブに捨てたのもその一環。

 普段は一応気をつけてるんだけど、この店にくるとそのムダ遣いグセが抑えられなくなる。目に入るものが全部珍しくて、気づいたら買い物カゴの中に変な商品が入ってることがしばしば。



 今日は気を引き締めてかからんとな。

 最初は定番のものから。


「ドライマンゴーどこだ……あった」


 黄色のパッケージを手に取る。

 カルニィといえばこれ、ってぐらい有名な商品だ。フィリピンだかどっかから直接輸入しているものらしく、めちゃうまい。ねちゃっとしてるのが本格感あって最高。


 あとはコーヒー豆。俺コーヒー買うの好きなんだよな。

 めんどいから自分では全然淹れないし銘柄も詳しくない。でも匂いが好きだからついつい買っちゃう。



「ん、なんだこれ」


 目に付いたアイテムを手に取ってみる。

 平べったいUFOみたいな形。パッケージを読む限りどうやら外国のチーズらしい。詳しくは不明。文章がフランス語で読めないからね。


「買うんですか?」

「どうしよっかな……。とんでもなくクサかったりしたら俺食べれないぞ……」


 チーズか。自分で買って食べるのはスライスチーズ、ピザ用チーズ、あとはおつまみのチーズぐらいだ。こういう本格的なチーズは、店で出てきた時しか口にする機会がない。

 子供の頃、ブルーチーズを食べた事があったのだが、その時の記憶は「マズい」だけだ。本当にそれしか覚えてない。どんな味だったっけ……。


 ……まあいっか。買っちゃお。



「瀬奈はなんか面白そうなの見てないの?」

「評価基準が『面白そう』でいいんですか……?」

「そういう店だし」


 もちろんどれも良い商品だけどね。

 ワクワクが一番大事だよね、うん。


「なら、これをお願いします」


 瀬奈の持ってきた商品を見る。

 なになに……「塩レモン鍋の素」?


「へ? 塩レモンの鍋?」

「サッパリしていいかと思いまして」

「ああうん、なるほどね……」


 し、塩レモン。

 塩レモンか……いや俺も塩レモンは好きだけど……鍋ってどうなんだ。

 どんな具材入れるんだ? 魚系は合わないだろうし、やっぱ肉か? 味の想像がつかない。


 まあいっか。買っちゃお。

 カゴに入れる。こういう時に悩みすぎるのはよくない。何事もチャレンジだ。



 他にはなんか良いのあるかな。


「なっ、長塚さん……! 見てくださいこれ! すっごくかわいいです!」


 瀬奈が目をキラキラと輝かせながら、こちらに本を差し出してきた。本?


 違う。本じゃなくて、本に似せた形状のケースだ。中にはコーヒーのパックと、お菓子のカヌレが入っているらしい。

 本の表紙にあたる部分には、ヨーロッパの絵本のようなデザインがプリントされていた。確かにかわいい。どうやら外装が何種類かあるようだったので、瀬奈にもう一つ選んでもらって二つ買うことにした。



 ふーむ。

 かわいいのもいいが、もっと変なのが欲しいな。カルニィでないと買えないようなものが。

 そう思ってキョロキョロしていると、いいのを見つけた。


「これは……」


 インスタントチャイだ。

 チャイはインドの飲み物で、香辛料を加えて甘く煮出したミルクティーのことだ。スタバのメニューにも載ってるアレである。


 面白いな。チャイってインスタントで作れるのか。

 でも飲むかな……俺、スパイスが強すぎる食べ物とか得意じゃないんだよな……。


 まあいっか。買っちゃお。



 その後も、生ハムやナッツ、トマト缶など様々なアイテムを購入して店を後にした。商業施設を出て、駅に向かって歩く。


「いや~、たくさん買っちゃったな」

「ですね」


 あれこれ買いすぎて荷物が重い……。だが面白い(あとかわいい)商品が色々買えたのでよしとしよう。


「インテリアも色々買ったし、これで俺の生活もちょっとは華やかになるよ。ありがとう、瀬奈」

「こちらこそありがとうございます。こんなワガママ聞いてもらえると思ってなかったので嬉しいです」

「おう。その代わりと言っちゃなんだけど、俺の世話はちゃんとしてくれよ。また留年しちゃうかもしれないからな」


 ハッハッハ。

 俺が冗談めかしてそう言うと――


「はい、任せてください。私がちゃんとお世話しますから!」

「……………………」


 これ以上なく真剣な顔で言い切られてしまった。

 やっぱり俺の扱いって「お世話」なのか……。

 仕方ないけどさ……うん……でもやっぱりお世話って……もう今年で22才なんだよな、俺……。


 瀬奈の俺への評価がどうなっているのか心配しつつ、二人で帰りの電車に乗った。


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