第7話 家具を揃えよう
そうして、俺達は家具その他を買いに家を出た。
昼飯は俺のチョイスで、とあるハンバーガーショップにした。
「どれでもいいよ。何にする?」
「色々ありますね……迷っちゃいます」
シックで洒落た雰囲気の店内。店員に案内された席に座り、瀬奈と二人でメニューを見る。
普段はあまりこういう店にこないらしく、瀬奈は物珍しそうにキョロキョロとページを眺めている。
「どのハンバーガーも美味しそう……だけどすっごく高いですね……セットだと3000円ぐらいになっちゃうし……」
「東京のど真ん中だからこんなもんだろ。確かにちょっと値段は張るけど、その分マジでうまいぞ。俺が保証する」
ここはお気に入りの店なので、瀬奈を連れてこられてよかった。
1回目の二年生をやってたころ、よく大学の授業をサボって「俺なにやってんだろ……」って思いながら食べてた、俺にとって思い出のハンバーガーだ。
懐かしいなあ……。
……いかんいかん。そんなこと考えながら食べたらせっかくのハンバーガーがマズくなる。
「好きに選んでいいぞ。マジで遠慮はいらん。なんせ――」
「――親の金だから、ですよね」
ジト目でこちらを見てくる瀬奈。
「なんだか、だんだん長塚さんの事が分かってきたような気がします」
「そ、そう? そりゃよかった。アハハハ……」
彼女の呆れたような視線が突き刺さる。なぜだろう、胸が痛い。
「それじゃあ、俺はトリプルチーズバーガーとコーラで」
「ベジタブルバーガー、ドリンクはこのホットコーヒーでお願いします」
注文を終えてしばらくすると、さっそくハンバーガーが二つ運ばれてきた。
いくつもの具材が縦に積み重なったシルエット。チェーン店で売られているようなものとは段違いのサイズだ。
「お、大きいですね……」
「だろ? 最高だよな」
これだよ、これこれ。この圧巻のビジュアル。
うーん、うまそう……。食欲をダイレクトで刺激してくる。
「いただきまーす」
さっそく大口を開けてかぶりつく。歯がパンの生地を食い破った途端、ソースの香ばしい風味が口内に広がる。
俺がハンバーガーに求めるポイントは二つ。
まずバンズ、パティ、そして野菜の味がバラバラにならず調和していること。
そしてその中でもちゃんと肉の味が伝わってくること。
その点この店は最高だ。
ただでさえ濃厚な牛肉の旨みがソースによって引き立てられ、そこにチーズのコクが加わることで暴力的なまでに強烈なコンビネーションを発揮している。だが使っている食材がどれも高級なので下品にはならず、ほどよいジャンキーさを楽しむことができるのだ。
「マジで最高。瀬奈、うまいだろこれ! ……瀬奈?」
あまりのうまさに思わずグルメマンガの審査員みたいなコメントを脳内で発信していると、
「ぁう……えっと……」
瀬奈がベジタブルバーガーを両手に持ったまま困惑しているのに気づいた。
どうしたんだろう?
「あの……長塚さん、これどうやって食べればいいんでしょう。口に入らなくて……」
「へ?」
ここのバーガーはただでさえサイズがデカい上、山盛りの野菜が四方八方に飛びだしているので食べにくくて困ってるらしい。俺だったらバカみたいに口開けて下品にガブッと食らいついちゃうけど、そういうわけにもいかないんだろう。
ハンバーガーをクルクル回しながら、どうにかして食べるとっかかりを見つけようとしている瀬奈。小動物みたいでかわいいな。
「無理すんな。店員さんにナイフとフォークもらおうか」
「すいません……」
結局、瀬奈はピザみたいに縦に切り分けて食べた。ハンバーガーらしくはないが、まあ味は同じだからOKだ。
あと、セットで付いてくるポテトは「もう食べられないです」との事だったので彼女の分まで俺が食べた。もうお腹いっぱい……。
腹ごしらえを終えて、ハンバーガーショップを後にする。
次にやってきたのは駅前の商業施設の中にあるインテリアショップだ。
「家具選び、本当に私が決めていいんですか?」
「いいのよいいのよ。どうせ俺センスないんだから」
瀬奈の背を押して選びにいかせる。彼女は遠慮がちで控えめな性格なので、こんぐらいはっきり言ってあげないと自由にチョイスできないだろう。
まだ出会ったばかりだが、ずっと一緒にいるだけあって少しずつ瀬奈のことが分かってきた。
「じゃ、じゃあ見てきますね!」
「おう」
瀬奈を見送る。
店の奥に消えていく彼女の背中はちょっとウキウキしているように見えた。今にもスキップしそう……と言ったら流石に大袈裟か。でも楽しそうだ。
瀬奈、こういうの好きなのかな。部屋のインテリアとかめっちゃ凝る人っているよね。
インスタで、お洒落でシンプルな家具&オーガニックな料理で構成された「丁寧な暮らし」的な写真がたまに流れてくるけど、ああいうのを続けられる人って凄いと思う。
俺だったら三日で散らかして、五日目ぐらいから毎日カップラーメンと冷凍の牛丼になる。丁寧な暮らしっていうか「底辺の暮らし」だ。
……ヒマだな。
スマホを取り出す。瀬奈が悩んでいる間はこれで時間を潰そう。
そういやソシャゲ、昨日の分のログインしてねえ……。いつもは夕飯を食べながら片手間にデイリーを消化するのだが、ドタバタしてて忘れていた。
なんせとびっきりの美少女が家に転がり込んできたのだ。
しかもただの美少女じゃないぞ。二浪だぞ、二浪。
瀬奈に出会うまで、二浪した人間に出会ったことはない。いや厳密に言えば現役時代通っていた塾にはいたのかもしれないが、顔を合わせてはっきりと認識したのは彼女が初めてだ。
大学に落ちた時、どんな気持ちで、二浪を決めたのだろうか。
瀬奈に説得……というか攻略されて、俺は彼女との同棲を決めた。その判断に後悔はない。当然だろう。瀬奈は良い子だし、条件的にもこの上ない提案だった。
だが本当に、俺との生活があの子のためになるんだろうか。
二浪だから、瀬奈の年齢は19か20。もう成人しているとはいえ親御さんはきっと心配しているだろう。
彼女は「実家に連れ戻されちゃう」と言っていたが、だからって俺の家に居候するのが正しい選択なのだろうか。
分かんないな……。
それ以上に、瀬奈がこの生活に耐えきれるか心配だ。
俺ってガチで救いようのないダメ人間だからな。今はお金のために我慢できても、いつか限界が来て爆発するかもしれない。
瀬奈に愛想を尽かされたらどうしよう。あんな良い子に失望されたら……想像するだけで鬱になる。死のう。
「長塚さん……いくらなんでも酷すぎます。靴下は裏返しのまま洗濯機に入れるし、いつまで経っても昼の二時に起きるし。もう我慢できません。出て行きます」
――あぁっ! 待ってくれ瀬奈! 分かった、頑張って十二時前には起きるようにするから許してくれ! お願いしますぅぅぅぅぅ!!!
悪夢のようなイメージに悶えながら操作していたソシャゲのホーム画面。SSRキャラのネコミミ美少女に親指が触れて、
「きゃっ! 何してんのよ、このヘンタイっ!」というセリフが表示された。
…………。
何してんだろうね、本当に。
「――長塚さん」
「おわっ!」
ボーッとしていたら、後ろからいきなり声をかけられた。
一瞬驚いたが、
「なんだ、瀬奈か。どうかした?」
「アパートのダイニングの床ってどんな素材でしたっけ? 模様とかついてましたか?」
「ゆ、床?」
真剣な顔で質問してくる瀬奈。
ヤバい。そんなん普段は意識してないぞ。ぼやーっとしか覚えてない……。
「えーっと、確か普通にフローリングの、木目調の床板だったと思うけど……」
「そうですか、ありがとうございます。となるとまずは傷つかないようにカーペットを……どういう雰囲気にしましょうか……洋風のアンティークで揃える?」
「せ、瀬奈さん? おーい?」
何事かブツブツ呟きながら、再び店の奥へと戻っていく瀬奈。
あまりの迫力に思わずさん付けになってしまった。刃の出来映えを見る刀鍛冶のように真剣な目つきでインテリアグッズを選定している。
「いや全体的なデザインはシンプルな感じで統一したい……北欧カラーのラグを一枚……でも飾る場所があるかどうか……壁の色調を考えて……」
真剣すぎてちょっと怖い。てかだいぶ怖い。
どうしよう……瀬奈さん怖くなっちゃった……。
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