同棲開始
第6話 同棲の始まり
というわけで、俺と瀬奈の同棲生活が始まった。
同棲って表現していいのか?
もっと正確な言い方がある気がする。住み込みの家事手伝いと家主みたいな? 労働者と雇用者?
……もっと嫌な表現になったわ。やめよう。同棲でいいや。
とにかく同棲が始まった。
で、そのためにやらなければならない事がたくさんあった。まずは掃除だ。
俺の物件は2DK。ダイニングの他にある二つの部屋のうち片方を瀬奈のものにするのだが、現在その部屋は俺が物置として使ってしまっている。中の荷物をどかさなければ使えない。
瀬奈は「私も手伝います」と言ってくれたのだが、彼女には服を買いに行ってもらった。
服は大事だ。他にも必要なものは色々あるが、服がないと着替えられない。
俺は終わってる二留大学生だから毎日同じ服でも最悪耐えれんことはないが、女の子に何日も不愉快な思いをさせる訳にはいかない。多分何かしらの罪に問われる。迷惑防止条例違反とか。
こうなってくると、元の家に置いてある服を取りに戻れないってのは面倒だな。
その新しい服を買うお金に関しては、俺の財布から出すことにした。というか瀬奈の生活にかかる費用は全額こちらで負担する。
これについては一悶着あったが、俺がゴリ押した。
「長塚さん、悪いですよ、そんな……」
あらためて、瀬奈を我が家に受け入れる事が決まった後。
俺は彼女と今後の家計をどうしていくか話し合っていた。
「私としては、家賃負担がなくて食費を出してもらえるだけで嬉しいですから。ですから」
「ですからって言ってもなあ。服もそうだし、交通費、参考書代、筆記用具代、スマホの通信費、他にも色々あるでしょ。俺が出すって」
「貯金もいくらかありますし、そこからどうにか捻出します」
「塾は? 予備校の授業料はどうすんのさ」
「それは……家で勉強すれば……」
「やめときなって。今まで通り塾に行きなよ。そのために東京出てきたんでしょ」
やっぱり塾は通った方がいいと思う。
俺自身がそれで受験成功したという事もあるが、それ以前に家に籠もりきりだと息が詰まらないかが心配なのだ。
「でも……やっぱりお金が……」
なおも遠慮する瀬奈。
いくら家事という対価ありきとはいえ他人の金をバカスカ使い込むのに気が引けるのだろう。優しい子だなあ。
申し訳なさそうな顔の彼女に向けて、俺は堂々とグーサインを出した。
「大丈夫、遠慮すんな瀬奈! どうせ俺のじゃなくて親の金だから!」
「色々と台無しですよ……長塚さん……」
とまあ、こんな感じの経緯があったのだ。
「うぉ……きったな……」
俺は瀬奈のための部屋を掃除する。
掃除というか、まずは荷物をどかしてスペースを作らなければならない。
何がいる物で何が捨てて良い物かを判別している時間がない。取りあえず片っ端から俺の部屋に移動させて、その後で細かく選別しよう。
「うぇっホォ! ゴホッ、ゴホオッ!」
咳が止まらない。マジで埃がヤバすぎる! 掃除機もかけるのサボってたからな……。
こりゃ相当しっかり換気しないとダメだぞ……。
カーテンと窓を全開にして空気を通す。夜までにはちょっとマシになってくれるといいんだが。
寝具やカーペット、勉強机などの最低限の家具はAmazonで頼んでおいた。夜までには届くはずだ。
ちなみに瀬奈はベッドより敷き布団派らしい。「寝る場所が高いと落ちちゃいそうで怖いです……」と言っていた。あの子、なんとなく和風な雰囲気があるし布団派なのは納得だ。
和風といえば……お吸い物を作ってくれたのにもビックリした。
ポトフでも、コーンポタージュでも、コンソメスープでもなく、お吸い物。なかなか思いつかないチョイスだ。あれって家で作れるもんなんだな。
どこで料理を勉強したんだろう。
一人暮らしの時に? それとも親から教わったとか?
瀬奈の親については詳しく聞いてない。
さっき「実家に連れ戻される」とかなんとか言ってたけど、厳しいご家庭なんだろうか。放任すぎて何ヶ月も連絡とってないウチの親とは大違いだ。
あの子の所作からは隠しきれない育ちの良さを感じる。娘を東京にやって一人暮らししながら浪人までさせる金があるんだから、それなりに裕福な家なんだろうとは思う。
まあ、どうでもいい話だ。
どんな家だろうと瀬奈は瀬奈だろう。メチャクチャ良い家に生まれておきながら超クズに育ってしまった俺が言うんだから間違いない。
閑話休題。
「あぁ……やぁーっと終わったぁ……」
最後の段ボール箱を運び終えて、俺は汗を拭う。
もう三月も終わりだ。まだまだ空気は寒いが、それでもちょっと動くと身体中が熱くなる。
……っていうか今の段ボール箱、一年生の時にこの部屋に入居してから一度も開けてないやつだな。何が入ってるんだ?
マジで確認したくねえ。まさかとは思うが食べ物とか入ってたらどうしよう。こんなん実質パンドラの箱だろ。もう丸ごと捨てようかな。
そんな事を考えていると、玄関の方でガチャリと音がした。
「長塚さん、お邪魔します」
瀬奈が帰ってきたのだ。
「『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』だろ?」
「あっ……そうですね。ただいまです、長塚さん」
ちょっと恥ずかしそうに微笑む瀬奈。その手にはアパレルショップの紙袋がいくつも握られている。ちゃんと新しい服を買ってきたらしい。
「待っててくださいね。すぐにお昼ご飯を作りますから」
時計を見る。もう一時か。
そういえばお腹が空いたな……。忙しく動き回っていたので気づいてなかった。
何を作ってくれるのかな。昼飯っつったらやっぱりパスタとか? いや瀬奈ならやっぱり和食系だろうか。
どちらにせよ、瀬奈の作ってくれるものなら何でも嬉しい。
「……待て。そういえばフライパンないぞ」
「あっ」
固まる俺と瀬奈。
忘れてた。そういえばこの家にはフライパンがない。カビが生えて捨てたからね。
「ほ、他の調理器具は?」
「お吸い物を作るのに使った鍋以外あったかなあ。怪しいなあ」
「服と一緒に買ってくるべきでした……失念してました」
瀬奈が謝る必要はない。どう考えても悪いのは俺だ。
ただ、どうするか。
「しゃーない、外に食べ行くか。戻ってきたばっかりなのに悪いな瀬奈」
「大丈夫ですよ。ならそのついでに他の用事も済ませませんか?」
「他の用事?」
「はい」
コクンと頷く瀬奈。
「家具ですよ。この部屋、家具が少なすぎます。収納も全然足りないし……ちゃんとインテリア揃えたら、掃除もしやすくなると思いますよ」
「え? でも瀬奈の布団とかはネットで買ったぞ。他に必要なものなんて――」
瀬奈は、ダイニングの中心をビシッと指差した。
「食事のためのテーブルがありません。このままだとまた朝みたいに床で食べることになります」
……そういえば、そうだった。
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