透明人間できました

桐山りっぷ

第1話

ここは、イギリス。

とあるウエストサイドの研究室にて。

「とうとう、薬が完成した!」

僕は、歓喜して身体をぶるりと震わせた。

かれこれ5年間、寝食を惜しんで研究してきたことが、ついに実を結んだのだ。

改めて、自分の手や足、それに胴体を隅々まで眺め回す。

どの部位も、細かくチェックしたが、見事に消えていた。

「いや、待てよ。後ろはどうなんだ?」

喜ぶのはまだ早い。今まで、何度、喜んでは数秒後には、意気消沈してきたことか!

姿鏡の前へやってくる。

やはり、背中の後ろ側もきれいに消えていた。

「す、素晴らしい!!」

思わず咆哮してしまう。

僕は、個人的に透明になる薬の研究をしていた。

今回、作成したNo.75の薬。

無性に誰かに、このことを話したくなった。

ついにやったぞ、と。

これまで散々、この研究を馬鹿にしてきた連中の顔が次々に浮かんでは消えていく。

でも、誰に伝えるかは、はじめから決まっていた。

そう、僕のことを五年間、ずっと応援し続けてくれた、恋人のハンナ。

彼女をおいて他にはない。

振り返れば、彼女には、我慢のさせっぱなしだった。

王立公園のお花見も、感謝祭も、クリスマスも。ハンナの誕生日だってちゃんとお祝いしたことが無い。

全ては、この研究のためにことごとく先延ばしにしてきた。

だが、賢いハンナは心得たもので、はじめこそ文句を言っていたが、今は理解をしてくれていた。

本当に、できた女性なのだ。

ハンナに一番に報告したい!

いても立ってもいられず、僕は、彼女が住む邸宅へと急いで向かった。


辻馬車を走らせ、ハンナの邸宅にたどり着く。

彼女を驚かす為、わざと裏庭へと回り込む。

自分は今、透明人間なのだから、こんな風にこそこそ隠れなくても、正面の玄関から堂々と入ればいい。

でも、サプライズがしたかった。

今まで、恋人を放置していた償いみたいなものだ。

この研究が世間にしれ渡れば、間違いなく、僕は有名人になる。

そうすれば、ハンナは有名人の恋人だ。いや、結婚すれば伴侶になるかもしれない。

ハンナの喜ぶ顔が目にちらつく。

二人の明るい未来に、自然と胸が高鳴った。

外の窓からは、ちょうど応接間が見えた。

今流行りのシノワズリの壁紙、お洒落な調度品が並んでいる。

そこに、ハンナが誰かと抱き合っていた。

一瞬、見間違いかと思った。

挨拶でもするように自然だったから。しかし、明らかにお互いを求めあう抱擁だった。

目の前が、真っ白になった。

いま目にしていることは、全部嘘なのだと、誰かに言ってほしかった。

「相手の男は誰なんだ!?」

怒りに熱くなる身体をなんとか押さえつけ、ハンナと抱き合う男の顔をのぞき見る。

あ、あいつは……!?

僕の助手の、ジェームズ!!

愕然とする。

どうして、ハンナとジェームズが??

信じられない!!!

頭が火山が噴火するみたいに、今にも爆発しそうだった。

拳をギュッと握りしめる。

ハンナもジェームズも、僕に内緒でずっとこうして会っていたんだ。

彼らは僕を裏切ったんだ!

その時、僕にあるアイディアが閃いた。


――1時間後。

ジェームズが、ハンナの邸宅から出てきた。

その白い横顔に向かって、僕はおもいっきり拳を叩きつけた。

「ぎゃっ」

短い悲鳴をあげて、ジェームズはふっ飛んだ。

地面に倒れこむと、キョロキョロと自分を殴った相手を探す。

ジェームズと僕との距離は、たった1メートル。でも、僕は透明だから彼には見えない。

「ど、どうなってるんだ??」

鼻血を大量に垂れ流しながら、ジェームズはつぶやいた。

自分を殴った相手が見あたらず困惑しているようだ。

鼻の骨が折れてるかもしれない。

ふん、いいきみだ!

僕は、少しだけ気分がスカッとした。

「ジェームズ、どうしたの!?」

玄関から、ハンナが心配して出てきた。

彼が頬をはらして血を流しているのを見ると、青い顔をして駆け寄った。

「大丈夫!? 誰にされたの?」

「そ、それが、玄関を出た途端殴られて、わからないんだ」

ジェームズがそう答えると、ハンナも辺りを見回した。

彼女の目にも僕の姿は見えないみたいだ。

薬の完成度に、僕は大満足する。

「も、もしかして……」

ハンナはハッとした顔をする。

「……リチャードなの!?」

さすが、どんくさい助手より、ハンナは何倍も感が鋭い。

「…………」

「こんなことやめて! 彼は、さみしい思いをしている私を心配してくれただけよ!!」

僕はハンナの右隣に立っているが、ハンナは真逆の左隣を向いて喋っている。

「いいや、私は憐れみでハンナと付き合ってる訳じゃない。本気なんだ! 一緒になろう!!」

ジェームズが急いでハンナに言った。

「ジェームズ……」

ハンナとジェームズがまた、熱く見つめ合う。

どうやら、二人は両想いのようだ。

急に、自分がバカらしくなった。

なにもかもが滑稽に思えた。

「裏切り者」

低く唸るようにハンナの耳元に囁くと、彼女がビクリッとするのが分かった。

こんな女、もうどうでもいい。

僕には、この透明人間になれる薬がある。

これがあれば、もう何も恐くはない。

富も名声も、女だって、いくらでも選びたい放題だ。

僕は、口元を歪にひきつらせ、ハンナとジェームズに背を向けた。


***

いくあてもなく、ふらふらと街を歩いた。

景色はガラリと変わり、美しさとは無縁となる。

いつの間にか、イーストエンドの貧民街まで来てしまったようだ。

目の前には、人々でごったがえする、汚ならしい市場がある。

ドブから漂う糞尿の臭い、ネズミだろうか、何かが腐った臭いも混ざっている。

「あぶないっ!」

後ろから服を強く引っ張られた。

僕の鼻先で、辻馬車が猛然と走り抜けていく。

あのまま道を渡っていたら、僕は引かれて死んでいたかもしれない。

そう思うと、ゾッとした。

「お兄さん、死にたいの!?」

軽やかな声に、ハッと我に返る。

そばに女の子、といっても、僕より少し年下かな? と思える子が立っていた。

「あ、助けてくれて、ありがとう」

僕はお礼を言った。

「どういたしまして」

女の子は、痩せていて、薄汚い年代物のドレスを着ていた。

ドレスはあちこち破れていて、貧民街の子だとすぐにわかった。

それよりも、気になることは……。

「あのさ、僕のことが見えるのかい?」

「ええ、見える」

「もう薬の効果が、切れたのか?」

僕は、慌てて自分の身体を見回した。

身体は、きれいさっぱり消えている。

通りすがりの人の前に出る。だが、危うくぶつかりかけた。どの人とも目が合わない。

「これは、どういうことだ??」

訳がわからなかった。

「私ね、この前の戦争で視力を失ったの。でもね、他の人が見えないものが、耳を通してなんとなく見えるの。あなたの呼吸音とか、足音とかで」

「そうか……。戦争のせいで目が見えないのか」

「可哀想って思った? でも、この貧民街では、そういう子は珍しくもないわ」

気丈に振る舞う彼女の顔は、傷だらけだった。

それに両目はこちらを見ているのに、目が合わない。視力がないのは、本当のことのようだ。

「何か理由がありそうね。私の家はすぐそばなの。良かったらお茶でもご馳走するわ」

「いいのかい?」

「ええ」と女の子は、快く頷いた。

「私は、マリア。あなたは?」

「リチャード」

これが、僕とマリアとの出会いだった。


案内された家は、納屋かと思うほど小さくて、ボロボロの木造だった。

「ただいま!」

女の子が元気に扉を開くと、中には、6~10才ぐらいの男の子や女の子がいた。

「お帰りなさい! お姉ちゃん!!」

みんな痩せてボロボロの服を着た子供が、全部で4人。どうやら、マリアが一番年上のようだ。

それにしても、こんなボロ屋に人が住めるのかと、驚いてしまう。

「お邪魔します」

「誰? 誰かいるの??」

小さな子がキョロキョロする。他の子達も同じく辺りを見回している。

この子達は僕のことが見えないようだ。

「実はね、市場で男の人が辻馬車に跳ねられそうになっててね、お姉ちゃんが助けたんだ」

「すごーい!」

きゃっきゃと子供達は騒ぐ。

「じゃあ、私はお茶の準備をするね。座ってて」と、マリア。

イスに座ると、男の子が膝の上にのってきた。

「空中に浮いてるみたい!」

子供達は怖がりもせず、透明人間の僕を受け入れてくれたみたいだ。

「それにしても、子供ばかりの家族でよく暮らしていけるな」

頭に浮かんだままポツリと呟くと、女の子がキラキラした目で教えてくれた。

「怪盗シルバーが、貧しい人達を助けてくれるの」

「怪盗、シルバー?」

「うん、私達が困っていると、食料品とか薬とかくれるの」

「この世の中に、そんな親切な奴がいるのか」

僕は素直に感心した。


そうして、ここで1ヶ月を過ごしたある日、とつぜん薬の効きめが切れた。

***

「今まで、ありがとう。お世話になったね」

「ううん、これぐらい気にしないで。リチャードさんには、野菜の収穫を手伝って貰えたし」

「また、遊びに来てもいいかい?」

マリアと別れるのが名残惜しくて、僕はついそう言っていた。

「もちろんよ。と、言いたいところだけど、もうここへは来ないと思うわ」

キッパリとマリアは言ったので、僕は「えっ」となった。

「あなたの研究は素晴らしいものなのでしょう? これから、みんながあなたの元へ殺到して、忙しくなるはずだから」

「そんな……」

そんなことはないよ、なんて軽々しく言えなかった。

透明人間になれる薬を発明し、透明でいられる期間も自分の身体で実験すみ。

今のところ副作用もない。

この薬は、人類にとって画期的な代物なのは明白で、世間に発表する絶好の時期がきていた。

「さようなら」

後ろ髪をひかれる気分で別れを告げた。

「……さようなら」

僕の姿がイーストエンドから消えるまで、マリアは、ずっと僕を見守ってくれていた。


『透明人間になる薬、リチャード・レイソン博士が、ついに発明!!』

彼女が言った通り、薬を発表した僕は瞬く間に、世間の注目の的となった。

ひっきりなしに来る取材や、どこかの研究機関から「大金を出すから、うちにこないか?」といったお誘いの話。

静かだった生活は、180度変わった。

今や僕は、一人で外も歩けないほど有名人となった。

「リチャード博士、すみません」

研究室の扉を叩く音に、僕は目を覚ました。

慌てて扉を開くと、深緑の軍服を着た強面の男が立っていた。

「初めまして、私は軍部からきました。モリス大佐と申します」

「軍部の方が、何かご用ですか?」

モリスは、僕に構わず、ずかずかと部屋に入ってくる。

「実は、博士が最近、人間を透明にする薬を発明されたとお聞きしましてね。その技術を、ぜひ軍部で活用させて貰いたいと思って、伺いました」

軍部……。つまり、この薬を戦争で使いたいと言っているのか。

急に、マリアの顔が頭に浮かんだ。

マリアは、前の戦争で両親を亡くし、視力まで失った。

「軍部には、協力しません」

「そこを、なんとか……」

食い下がろうとするモリス。

「何度言われても、僕の答えは同じです!」

戦争でこの薬を使われてたまるか!

僕は、モリスを部屋の外へ追い返した。


***

夜。

トイレから戻ると、研究室に人影があった。

その人影は、僕がさっきまでテーブルに広げたままにしていた資料を、次々に鞄に入れていく。

「ジェームズ、ここで何をしてる!?」

呆れたことに、その人影は、元助手のジェームズだった。

ぐきっとして、ジェームズは手を止めてこちらを向いた。

「やあ、リチャード」

彼の目が迷子の子供のように彷徨っている。

それで、僕は納得した。

「君とはハンナと共に1ヶ月前に決別したはずだが、今さら何をしに来たんだ?」

冷ややかに相手の目を見据える。

ジェームズは、それを受けてどっと汗をかいたようだ。懐からハンカチを取り出すと、拭い始めた。

「いや、その……。ハンナとはとっくに別れたんだ。だから、もう一度、リチャードと仕事がしたくて……」

仕事がしたい? 僕と!?

どっと、腹の底から震えが伝わってくる。

「アハハハハ!! なんて、君は滑稽なんだ! それも、あんなにハンナと一緒になると言っておいて、別れただと??」

クッ、クッ、と口から声が漏れる。可笑しくて床の上を転がり回りそうだ。

「まるで、君は風見鶏のようだな。ハンナに愛想をつかされて、こっちに来たのか? それとも、金に目が眩んでハンナを捨てたのか?」

ジェームズは顔を真っ赤にした。

「そ、それ以上、私を馬鹿にするなっ!」

「??」

彼は、テーブルの上の瓶を取る。

僕は、透明になる薬を置きっぱなしにしていたことを思い出した。

「薬をどうするつもりだ?」

「これを軍に売ったら、大金が手に入る!」

「軍だって?」

僕は、目をみひらいた。

昼間に訪ねてきたあの軍服の男。

どうやら彼が、ジェームズを唆したようだ。

優柔不断で気弱な彼は、まんまとあの男の思い通りに動いたというわけか。

「ジェームズ、薬をテーブルに置いてくれ」

じりじりと彼の方へ近付いていく。

「こっちに来るな!!」

ジェームズは、興奮しているのか、鞄をぞんざいに振り回した。

――ガシャンッ!

テーブルの上のランプが鞄と接触し倒れた。

「し、しまった!」

ランプの火が、テーブルの紙について、次々に広がっていく。火はあっという間に、ソファーやカーテンまで赤々と燃やしていく。

「あつい!!」

ジェームズの気がそれている内に、僕は彼に体当たりをした。

ドン、と身体がぶつかる鈍い音がして、体当たりを受けた彼は、床に頭をぶつけてのびてしまった。

その手から、瓶がコロコロとこばれ落ちた。


外へ出ると、ゴウゴウと研究室が燃えていた。

それに、野次馬が集まってきていた。

僕は、薬の瓶と資料の入った鞄を胸に抱くと、街の中を走り出した。


***

イーストエンドの貧民街。最も貧しいエリア。

――コン、コン……。

扉をノックすると、家の中から「はい」と女の子の声が聞こえた。

しばらくして、扉が少し開かれる。

色の白い、やつれた顔がこちらを覗いた。

「マリア、僕だ」

「……リチャード? 生きてたの!?」

マリアは、ビックリした顔をする。

「知っていたのか?」

目が見えない彼女は、新聞も読めないから、私の死を知っているのが意外だった。

「ええ。街で皆が話してたから。リチャードの研究室が火事で燃えて、死体が見つかったって……。でも、生きていて、本当に良かった」

今まで泣いていたのか、彼女の目元がほのかに赤い。

「ああ」

僕は、彼女をギュッと抱きしめたい衝動にかられた。でも、今は身体が非常に重く、それどころじゃなかった。

「リチャード、もしいく所がないのなら、うちにいて。弟たちも喜ぶし」

ありがたい申し出だった。

「いいのかい? 僕は追われてる身だ。かくまうと、後で困ることになるかもしれない」

「軍には、私も恨みがあるから。これぐらい、構わない」

いつになく、彼女の口調は強かった。

マリアは両親を戦争で亡くしたから、軍に負の感情を持っているようだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ」

優しい言葉で迎えられて、どこかホッとする。

家に入り、ダイニングの椅子にどさりと腰かける。

はぁ……。どっと疲れがきた気がする。

「そういえば、弟や妹は?」

僕は、部屋の中を見回した。

いつもなら、ガヤガヤと騒がしくしている兄弟たちが見あたらない。

「近所の親切なおばさんに預けているの。先週、私がひどい風邪をひいて、みんなにうつると大変だから……。でも、もうだいぶ良くなったから、大丈夫」

弱々しく笑顔をつくる彼女。

「そうだったのか。僕がお邪魔してしまって、悪いね」

「そんなことはないわ。私、あなたの役にたちたいし」

この子は、自分のことで一杯なはずなのに、僕のことまで心配をしてくれる。

健気で、優しい彼女にホロリとする。

「悪いけど、ひとまずどこかで眠らせて貰ってもいいかな?」

「もちろんよ。さあ、入って。奥の部屋のベッドを使っていいよ」

「えっ、でも……」

「いいから! 私は床に寝るから。こんなに疲れきった人を、床には寝かせられません」

「あ、ありがとう」

キッパリとした言葉に促され、僕は言われるがまま、奥の部屋へいき、ベッドに横になった。

それから、僕は疲れもあって、泥のようにズブズブと眠りの沼へと落ちていった。


――翌日。

窓から差し込む明るい光を見て、朝がきたことを知った。

僕は、ベッドから起き上がると、喉の乾きを覚え、ダイニングへ向かった。

「マリア?」

昨日、床で寝ると話していたマリアの姿がない。

「マリア! どこだっ!!?」

何度も、何度も、彼女の名前を呼んだ。

狭い家だ。探すのにそんなに時間はかからない。

もしかしたら、兄妹を迎えに出かけたのかもしれない。

僕は、彼女を待つことにした。

夜になった。

彼女は結局、戻っては来なかった。

それで、ハッとした。

昨日の彼女との会話を思い出したのだ。

昨日の夜、僕は、こう言った。

「いいのかい? 僕は追われてる身だ。かくまうと、後で困ることになるかもしれない」

すると、昨日の彼女はこう答えた。

「軍には、私も恨みがあるから。これぐらい、構わないわ」

どうして、僕が追われている相手が、軍だと分かったのだろう?

僕は、一言も話していないのに。

それとも、街で偶然耳にしたのだろうか??

いや、彼女ははじめから知っていたのだ。

僕が、軍に追われてここへ来ることが!

「ま、まさか……! そんな……」

青天の霹靂とは、このことだ。

急いで鞄の中の資料と、薬の瓶を探す。

ない……! どこにもない!!

僕は、立っていられなくなり、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。


***

白亜のお城。

その頃、綺麗なドレス姿のマリアは、優雅に紅茶を飲んでいた。

そこへ、威厳のある年配の女性が現れた。

頭上のクラウンには、目を見張るほどの輝く宝石がついている。

すかさずマリアは、立ち上がり、深く完璧なお辞儀をした。

「構いません、お座りなさい」

ゆったりとした口調。

でも人を畏縮させるには十分な声音。

「失礼いたします」

改めてマリアは、椅子に腰かける。

そして、さっそく鞄から資料と薬の瓶を取り出した。

「こちらが、ご依頼の品です」

テーブルの上に紙の束と、親指ほどの小さな瓶を置く。

「まぁ! さすが、怪盗シルバー」

高貴な女性は、驚いた顔をする。

だが、すぐに顔が扇子に隠れてしまった。

「お褒めにあずかり、光栄です」

満足そうにニッコリとマリアは微笑んでみせた。

マリアは、ちまたで話題の怪盗シルバーだった。

もちろん、戦争で両親は死んでいないし、弟も妹もいない。目だって、しっかりと見えている。

ただ、イーストエンドの貧民街で、困った人々に食料品や、薬を配っているのは事実だった。

リチャード博士は、まんまと騙されたのだった。

大胆不敵で頭のよい女の子、怪盗シルバーに。





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透明人間できました 桐山りっぷ @Gyu-niko

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