17 白蛇の刑を執行します
二階建ての
「それでは
「はい。ありがとうございました」
どうやらこの先はおひとりでどうぞ、ということらしい。
(東宮補佐官様がいらっしゃらないだけで幾分か気が楽になりましたが、これから配膳や見張り番の女官の方がいらっしゃるのかもしれません。ううう、どう言ってお人払いをしましょうか)
考えながら階段を登って、銀花亭に足を踏み入れる。
銀花亭の名前は、この
金銀花は立夏の頃から咲き始め、薄紅色の蕾は開花すると白くなり、受粉すると黄色の花に移り変わる。
まさに後宮に上がったばかりの妃嬪が皇帝に見初められ、国を背負う皇子の母となるさまのようで縁起が良いとして、
夜になると、金銀花のさらに甘い蜜を含んだ香りが四阿内に漂う。
それがことさらに甘美で情緒たっぷりだとかで、ここで夜の逢瀬をするのが妃嬪たちの夢らしい。
だが苺苺にとって、甘美な情緒なんてどうでも良かった。
(う〜〜〜っ。どうか、配膳の女官の他には誰もここへ来ませんように! 皆様すぐに帰ってくださいますように!)
他の妃嬪が恋い焦がれるような皇太子殿下との逢瀬など、これっぽっちも脳裏に過ぎりはしない苺苺は、黒い漆塗りの円卓を囲んでいる椅子を引いて腰掛ける。
続いて、猫魈が女官の目に晒されぬよう配慮しながら、隣の椅子に鳥籠を置いた。
「にゃあ」
「はい。白木蓮のいい香りがします」
穀雨の今、金銀花が咲くまでは
銀花亭内には白い玉蘭の花の、やわらかく優美な香りが漂ってきていた。
(ここの玉蘭は、皇太子殿下が寵愛する
「……と、いうことはここは聖地……?」
苺苺は木蘭がかわゆくお茶をしている姿を想像して、赤く染まった頬を両手で抑える。
「ど、ど、ど、どうしましょう! 聖地を訪れるのには入念な心の準備が必要ですのにっ」
「にゃーん?」
「ええ、にゃーんでございます!!」
鳥籠の中の
そうこうしているうちに、宮廷料理の膳を持った女官たちが、ぞろぞろと
円卓には、見たこともないほど豪華な夕餉が次々に並べられていく。
前菜には
伝統的な蓋つきの器に盛られている
主菜は
「すごいです、
苺苺は円卓を埋め尽くす至極の料理の数々に、ほっぺたを緩ませる。
お茶菓子に目が無い苺苺は、甘い湯物も大好物だった。
(女官の方は八人。むむ、多いですね。どうにかしてお人払いをしなければ……。どんな言い訳が良いのでしょうか)
そろりと猫魈と視線を合わせた苺苺は、考え事をしながら女官達をおずおずと見やる。
料理を並べ終わった彼女たちは、白蛇妃への給仕のために欄干のそばに控えて、なにやらヒソヒソ声で話し込んでいた。
「皇太子殿下に久しぶりにお会いできるかと思ったのに、白蛇の相手だなんて」
「迷惑よねぇ。私達だって忙しいのに」
「ここに立っているだけでも十分でしょう?」
「敬うべき相手ではないのだから給仕する必要もないわね」
「あら、給仕するふりをしてお皿を割ってやりましょうよ」
「ふふふ、いいわね。熱い湯で火傷でもしたらいいわ」
「これまで何百年も苦しめられてきた妃嬪たちの
「時間はたっぷりあるものね。給仕のしがいがありそう」
その一人と、バチリと目が合う。
「……白蛇妃様、なにか御用でしょうか?」
「いえっ、ええっと」
(どうしましょう、どうしましょう、まだ言い訳を考えている途中でしたのに発言の順番が回ってきちゃいましたっ! 考えごとに没頭しすぎて会話の内容が全然聞き取れませんでしたが、皆様すごくイライラしたご様子で、こちらを睨まれていらっしゃいます……! なにか、この状況を切り抜けられる効果抜群な言葉はないでしょうか!? そう、先ほどの宦官の皆様方のように――ハッ)
苺苺は閃いた。
あの言葉しかない。なにがなんだかわからないが、あの言葉の出番だ。
「皆様聞いてください」
「なんでしょうか」
「い、今からあやかしさんに……『
苺苺が告げた瞬間、女官たちの耳にはピシャァァァァン!と雷鳴が轟いたかのように聞こえた。
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