16 宵世の作り笑顔


 不安でドキドキと心臓の鼓動が増す。


(どどどどうやって切り抜けたらよいでしょうかっ)


「にゃぁお?」


 ご飯たくさん? と目を輝かせた猫魈ねこしょうが、鳥籠の中でおすわりをしながら首を傾げる。


「しーっです、猫魈様」


 苺苺メイメイは慌てふためきながら鳥籠を胸に抱き込んで、小声で猫魈に注意した。


「白蛇妃様、どうかなさいましたか?」

「い、いえ、お気遣いありがとうございます。ですがその、夕餉ならば水星宮でいただきますので、そちらに運んでいただければ、けけけ結構です」


(とにかくお断りを入れて水星宮に帰らなくては、わたくしだけでなく猫魈様も酷い目に合わせられ――)


 まるで思考を読んでいたかのように、妃の歩幅など考えずにスタスタと先を急いでいた宵世ショウセが、ぴたりと立ち止まる。

 彼は静かに苺苺へ向き直ると、ニコリと作り笑いを浮かべた。


「白蛇妃様。白蛇の冠をいただく貴女様が、皇太子殿下のお慈悲を無下になさるおつもりで?」

「え!? いいえ、そんなまさかっ」


 まさか最下級妃が、皇太子殿下の命令逆らうつもりか?

 そう言外に聞かれているのだと察し、苺苺は慌てふためく。


 宵世はニコリと作り笑いのまま頷くと、何事もなかったかのように歩き出した。


貴姫きき様のお命を助けられたのです。本日ばかりは〝千年の冷宮〟で過ごされずとも、天罰は与えられぬでしょう」


 丁寧な対応ではあるが、宵世の物言いはどことなく不満そうで、刺々しく感じられる。

 千年の冷宮とは、最初の『白蛇の娘』が入宮した時に皇帝が読んだ詩の一節を抜き取った呼び名だ。


【在往後的千年、皇太子將再也不會有造訪白蛇娘子所居住之水星宮的時候了吧。】


『これより千年が経とうとも、白蛇の娘が住まう水星宮を皇太子が訪れることはないだろう』

というその詩の一節から転じて、

『あやかしと交わった末に生まれた異能の娘として、冷宮で天罰を受けている』

と揶揄する時に使われる。


 宵世もそう告げたいのだろう。

 彼の墨色の瞳は、明らかに苺苺を嫌悪している色を含んでいた。


 そんな宵世の様子に、苺苺はぴーんとひらめいてしまった。


(東宮補佐官様はこんなにもわたくしを嫌っておられるので、白蛇の刑の嘘がバレていたらもっと嬉しそうに報告なさるはずです。これほどご不満そうだということは……皇太子殿下がわたくしに夕餉を振る舞えと命じられたことに納得が言っていないから。つまり、なにもバレていないということですわ!)


 導き出した答えは、それはもう大正解に思えた。

 苺苺は『それならよかったです』と、ドキドキしていた胸をこっそりなでおろす。


(けれど、水星宮で夕餉を取るのは無理そうですわね……。それならどうにかお人払いをして、猫魈様と食事をするしかありませんわ)


「にゃーん?」

「大丈夫です、お任せください」


 苺苺は鳥籠の中の猫魈と視線を合わせ、静かに囁いた。




 宵世に案内されたのは広大な御花園の、東八宮側にある四阿あずまやだった。

 その中でも最も格式ある〝銀花亭ぎんかてい〟に誘うかのごとく、廻廊の灯篭とうろうに煌々と炎が灯されているのを見た苺苺は、「ほわっ」と奇妙な悲鳴を上げてから声を失った。


「なんて荘厳美麗な景色なのでしょうか」


 揺らめく炎の灯篭に照らされた白い花々の輪郭が淡く輝いている。

 花々にあらかじめ水滴が吹き付けられているからだろうか、光の雫がつるりつるりと滑る様子は仙界にでも迷い込んだみたいだ。


「……これも、皇太子殿下がご用意を?」

「にゃあぁ」


 鳥籠の中の猫魈は、ぬい様を前脚で捕まえながら小さく鳴く。

 あやかしである猫魈でさえも、この幻想的な廻廊には驚いたらしい。


(木蘭様をお助けしたお礼として、短時間でここまで準備をされるとは……。これぞ、皇太子殿下が心から木蘭様を大切になさっている証拠。ああ、木蘭様こそ至高……。わたくしも同じ気持ちです……!)


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