18 紫淵と苺苺
「し、しろっ、
「そんな、し、しし白蛇の刑ですって……!?」
「なんて恐ろしいことを考えるの!」
女官たちは身を寄せ合い、やはりそれぞれの想像を巡らせて震え上がった。
「こちらのお人払いをしていただかなければ……」
ドキドキと緊張感で胸がいっぱいの
「な、なに?」
「なんなの!?」
「――間違って、巻き込んでしまうやもしれませんんんんん!」
「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃいっ!!」
「ごごご御前を失礼いたします〜〜〜っ!!!!」
「わっ私どもはこれにてぇぇぇぇぇぇええ!!!!」
「朝方片付けに参りますので、心ゆくまでお使いくださいぃぃぃぃぃぃ」
女官たちは一斉に顔を真っ青にして飛び上がった。そして転げ落ちるように
ここへ来た時の優雅さはかなぐり捨て、我先にと、とにかく苺苺から離れることに必死だった。
苺苺はあまりの様子にポカンと唇を開いたまま固まる。
「皆様の考える『白蛇の刑』とは、一体なんなのでしょうか……?」
「にゃー?」
「わわっ、もうあんなところに。皆様とってもお元気ですね」
苺苺は『白蛇の刑』という謎の言葉の威力を再び思い知るとともに、一難乗り越えたことにほっと胸をなでおろす。
(心臓がいまだにドキドキしています)
けれど「ひぎゃぁぁっ」という悲鳴が遠くの方に消えていくにつれて、だんだんとその鼓動も治まっていくのがわかった。
「……ふう、一件落着です。さてさて、それでは気を取り直しまして」
苺苺は額を手の甲でぬぐう。
それからパッと明るい表情に切り替えると、両手を合わせてパチンと一拍して空気を整えてから、隣の椅子に置いていた鳥籠の扉を開いた。
封印が解かれたあやかし捕り物用の鳥籠から、
ちょっと見たところでは三毛猫にしか見えないが、その尾は猫のあやかしらしく付け根から三つに分かれている。
ふわふわの三本の尻尾がふりふりと上機嫌そうに振れるのを見て、苺苺はほっこり頬を綻ばせる。
「わたくしの考える『白蛇の刑』、その一は美味しいお食事です」
「にゃぁん?」
「ええ。まずは食事をたくさんとって、住処に元気にお戻りくださいね。ではでは、木蘭様と木蘭様推しの皇太子殿下に感謝を捧げていただきましょう!」
「にゃー!」
円卓に並んだ豪華な料理を取り分け、「いただきます」と食前の挨拶をする。
「うぅぅ、美味しいです……! もちもち濃厚な翡翠豆腐が、身体に染み渡ります……!」
「なぁぁぁん」
「猫魈様、
「にゃう、にゃう」
「そうですか、良かったです。遠慮なさらずどんどん食べてくださいっ」
「にゃんっ」
一人と一匹は大いに盛り上がりながら、美味しい宮廷料理に舌鼓を打った。
しかし、それから四半刻も経たないうちに、一足先にお腹がいっぱいになった苺苺は、「ごちそうさまでした」と食後の挨拶で締めてから、もぐもぐと小さな牙のある口を動かす猫魈を眺める。
「ふふっ、もりもり食べててかわゆいです。……そうですわ、せっかく聖地に来たのですから、この貴重な光景と
先に食事を終えた苺苺は自分の周囲を整え、袂からサッと簡易裁縫箱と円扇を取り出す。
「にゃむ?」
「ええ。これぞ、木蘭様の聖地に巡礼した者だけが得られる、極上の時間です」
「にゃーん」
「にゃーんですっ」
銀糸を通した刺繍針を手に持った苺苺は、銀花亭でかわゆく微笑む木蘭様を思い描きながら、絹地に刺した木蓮の花に光を纏わせていく。
銀花亭には、猫魈がむしゃむしゃと夕餉を頬張る音と、苺苺の刺繍糸が絹地を滑る音だけが響いている。
――かのように思えていたが。
「くくっ……。君はなにをしているんだ。もしかして、夕餉が口に合わなかったのか?」
いつの間にやら、仮面で顔を隠した青年が銀花亭の柱にもたれるようにして立っていた。
見えている部分は少ないが、すっと通った鼻梁や口元の骨格から彼の美貌は十分にうかがい知れる。
武官のような出で立ちのその美青年は、『面白いものに出会った』とでも言いたげな笑みを艶やかな唇に浮かべると、
「にゃーん、とは?」
と心地よい玲瓏な声を響かせた。
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