11 一生の不覚です
神ではなく、怪異に近いあやかしは食事を必要とするものも多い。
猫魈も、ただの猫だった時と同じく食事が必要で、鼠や兎などの肉や、川魚を食べて生活していたらしい。
ひとつ昔と違う点があるとすれば、あやかしになってからは人間用の食事も食べられるようになったことだろうか。
しかし、後宮の中で見知らぬ女官により自由を奪われた猫魈は、極限まで食事を抜かれ、そのうえ『
(城壁や城門には、古の時代よりあやかし避けが施されているはず。百歩譲って丑の刻ならまだしも、いくら道術を掛けられていたからとはいえ、真昼間からあやかしさんが一匹で侵入するなんて考えられません。その女官の方がなんらかの手引きしたのは確実でしょうね)
「にゃーお。にゃお、にゃおん」
あの時、この人形は木蘭にしか見えなかった。木蘭を咬まなくて良かった、と猫魈は三又の尾を揺らした。
どうやらぬい様は形代として、身代わりの役割をきっちり果たせたみたいだ。
(白蛇の娘に代々伝わる書物にあった、異能の血を用いる対処法をとっさに応用してみましたが、結果が出てよかったです)
猫魈が「ごろごろ」と喉を鳴らす。
そしてふと苺苺を見上げると、訴えかけるようにつぶらな瞳を潤ませた。
「にゃー……」
「今日は水すらも口にしていないだなんて、それは大変です!」
猫だった時とは違い飢餓で死ぬことはないが、本来の自我を失いながら少しずつ怪異に堕ちていくのは確実である。
今は異能の血を含んだぬい様のおかげで道術も解けて、正気も取り戻しているが、まずは食事をもりもり食べなくては始まらない。
「わたくしが保存の効くお茶菓子などを、袂に忍ばせていたら良かったのですが……。ううっ、すみません。後宮ではわたくしもお茶菓子を口にしたことがないのです」
(本来ならお茶の時刻になると茶菓子や点心、季節の
皇帝陛下の後宮である『西八宮』を含んだ広大な敷地内で、過去に宮女をしていた経験がある実家の侍女から聞いていた、お茶を飲みながら
苺苺の食事は決められた時刻に、下級妃用に決められた材料で作られた料理が、後宮の厨房を預かる尚食局から運ばれてくるだけだ。
(せめて夕餉の端にでも水果があれば、お庭で天日干しして保存食を作っていたのですが……)
後宮での生活も二ヶ月を過ぎた今はもう諦めている。
(うむむ。いざという時のために野苺の苗をいただいていましたが、気候的な問題には抗えませんでした。お腹を空かせた友人に
苺苺は両手を頬に手を当てて、きゅっと目を瞑りながら悔しがる。
実のところ苺苺のおやつは毎日、宦官たちの腹の中に収まっている。時には朝餉や夕餉もつまみ食いされていて、他の下級妃より一品少ない。
だが、そんな理不尽極まりない状況にあることを、王都から遠く離れた白州で純粋培養された彼女は、想像すらしていなかった。
なので苺苺は、水星宮の庭でやっと実り始めた小ぶりの果実を想う。
◇◇◇
それは後宮に上がってすぐの、よく晴れた日だった。
その日の苺苺は、選妃姫以来なかなか見かけることができずにいた木蘭を探して、皇帝陛下や妃嬪たちを楽しませるために後宮内に造られた壮大な庭園――〝御花園〟を訪れていた。
ここでは庭師たちによって開花時期を計算され尽くされた百花が、季節ごとに咲き乱れている。
(まあ、あんなところに輝くばかりの
妃嬪は通常女官を伴って散策するものだが、苺苺はひとりきり。
そのためコソコソと陰口を叩いてはクスクス笑ったり、必要以上に恐ろしがる女官たちも多い。
けれども『花の精の木蘭様』を探すのに忙しい苺苺は、紫
だからその日も、木蘭しか目に入らない苺苺の表情を曇らせる出来事などないかと思われた。
が、しかし。
とある宮女たちの仕打ちを目撃した途端、苺苺は顔を驚愕に染める。
『なんてご無体な仕打ちを……!』
なんと、苺苺が一等大好きな水果である野苺が、目の前で無残にも〝雑草〟として処理されていたのだ。
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