10 投獄されました
「ううう……。酷いめにあいました……。わたくしをあやかしさんと勘違いされるだなんて、皇太子宮に上がって以来の大事件でした」
(
慌ただしくひっ捕らえられ、寒々しい狭小な地下牢に閉じ込められた苺苺は、敷物も敷かれていない冷たい石畳の床にぺとりと座り込んでため息をついた。
「にゃー」
「そうですわよね。あやかしにさんしては牙も爪も貧相、その通りです」
「にゃーお」
「ええ、あなたのおっしゃる通りですわ。妖術は使えませんので、ここから逃げるのは難しいかと。
同じ牢に入れられた三尾の猫魈が、「ごろごろ」と得意げに喉を鳴らす。
あの騒ぎの最中。苺苺の血で正気を取り戻した猫魈は、逃げ出そうと変化の妖術で小さくなったのだが、そのせいで逆に女官が持っていた鳥籠に押し込められていた。
(投獄されるおそれはあると予想はしていましたが……それにしてもまさか、人間用ではなくあやかしさん用の牢に投獄されるとは。しかも、猫魈様と一緒に)
大きなあやかしでもあらかじめ封印を施してから投獄するためか、牢の床から天井までの高さは苺苺の背丈ほどしかない。
(太陽や月光が差し込む窓すらありません。逃走防止のためか地下牢らしさを醸し出す鉄格子もないですし……。まるで穴蔵のようです)
苺苺が座ったら、あとは三毛猫が一匹、ぬい様を噛みながらゴロンとお腹を見せて寝転がれる程度の広さしかなかった。
壁に視線を向けると、四方八方いたるところに、名のある道士や巫覡の書いた符が貼り付けてある。それが幾重にも重なり、天井まで覆っていた。
(紙質から見て、とても古い時代のものみたいですね)
同じような符が鳥籠にも貼り付けてあったし、あれも後宮に古くからあるあやかし捕り物用なのかもしれない。
申し訳程度に灯された蝋燭にも、お経らしき文字が細かく彫られている。
なんらかの血液を使っているのか、その文字は赤銅に色づいていた。
(きっと、高僧と呼ばれる方の作品なのでしょう。異能のせいか、揺れる炎からお経の文字が煙のように浮かんでは消えていくのが視えます。不思議です……)
苺苺は一通り観察を終えると、刺繍を施した
消毒薬はないので、せめて菌が入らないようにと、傷口に手巾を器用に巻きつけた。
続いて簡易裁縫箱から針と糸を取り出す。
「猫魈様、少しだけぬい様を貸していただきますね。このままでは、お口を傷つけてしまいかねませんから」
苺苺はズタボロになったぬい様をささっと繕い直して、猫魈に与える。
ぬい様がお気に入りになったのか、猫魈は桃色の肉球をこちらへ伸ばす。そうして『はなさないぞ』とばかりに前脚で抱きしめた。
木蘭を襲おうとしていた時は凶暴な獅子の風体をしていたけれども、今こうして苺苺の座る足元でググッと伸びをしながら綿が飛び出したズタボロのぬい様にじゃれついている様子は、普通の三毛猫にしか見えない。
どうやらこれが、この猫魈の本来の気性らしかった。
(ふふっ。あやかしさんの持つ恐ろしさはどこに行ってしまったのでしょうか。もふもふの三毛猫のようで、かわゆいです)
それからひとりと一匹は、何刻もの間、他愛のないお喋りをして過ごした。
あやかしと会話したのは初体験だったが、『白蛇の娘』の異能には謎多き部分が多くある。
そもそも悪意を視ることができる時点で不思議体質なのだ。あやかしと会話ができるくらいの能力で、今さら驚いたりはしない。
猫魈自身もそうだ。人間と会話で思考や感情を伝達し合うのは生まれて初めてだった。
だが、そんなことよりも。種族を超えた友人たり得る存在と、こんな場所で出会うことになった星の巡り合わせに、ふたりは互いに驚いていた。
「にゃう。にゃう、にゃあん」
「それは大変でしたね。道術で! この後宮には、そんな恐ろしい方がいらっしゃるのですね」
話はどんどん盛り上がる。
今の話題は互いの出身地の話から、どうしてここへ来たかに移っていた。
ひとりと一匹が意気投合するのに、時間はかからなかったというわけである。
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