5 今日も見事にズタボロですっ!!


「ふんふんふ〜ん。ふんふ〜ん。ふふっふー」


 今日も今日とて悠々自適にのんびりと過ごしながら、少し調子の外れた能天気な歌を口ずさむ。

 苺苺は手元の布に通していた特殊な縫い針を引っ張り、糸をきゅっと玉止めすると、丁寧に糸を鋏で切った。


「じゃじゃーん、できましたわ! 苺苺特製、木蘭様ぬいぐるみ!」


 苺苺はぴかぴかの笑顔で、できあがったばかりの布偶ぬいぐるみを両手で頭上に掲げた。


「お茶会のお呼ばれもありませんし、最近は雨ばかりでしたので木蘭様をお見かけする機会がなかなかありませんでしたが、意外にも推し活は捗りました。ぬいぐるみ製作、憧れだったのです……」


 後宮へ向かう途中に、王都の露天で売られていた演劇一座の応援商品を初めて見た時は、馬車から身を乗り出す勢いで衝撃を受けた。


『わぁ! こんな意匠デザインのぬいぐるみがあるだなんて! わたくしも製作してみたいです……!』


 全体的に丸みを帯びた形は幼な子向けにも見えるのに、買っていくのは神に陶酔したような顔をしている、情熱的な若い娘や大人ばかり。

 その異様で幸福そうな光景に、これが王都の推し活かと目を輝かせたものだ。


 あれからふた月。

 合間を縫って製作し、とうとう完成したというわけである。


「納得がいくまで布地を選び尽くし、何度も型紙を修正したので随分と時間が掛かってしまいました。けれども、ふふふっ、渾身の出来栄えですっ……!」


 意匠には最近流行している布偶のものを取り入れ三頭身に簡略化し、さらに苺苺なりの創意工夫を加えて、お茶菓子のような色彩と可愛らしさを意識。


 お顔の表情は、二週間前にあった清明節の宴席で目撃した『おねむな木蘭様』にした。


 衣裳にも抜かりはない。襞飾りフリルをふんだんに使った中紅色の大袖の上衣に、きっちり胸元まで覆う桃色のスカートも三頭身に合わせて再現している。

 仕上げに、朱家の象徴である真朱を使った羽衣のような披帛ひはくを掛けたら完璧だ。


「柔らかな布地を使ったので触り心地も抜群です。今日からよろしくお願いいたしますね、ぬいぐるみの木蘭様! ……そうだ、ぬいぐるみの木蘭様ですから〝ぬい様〟とお呼びしますね。ふふっ、今にも寝息が聞こえてきそうです」


 木蘭様の特徴をよく捉えたぬい様は、どこか抜けている様子があって、見ているだけでも癒される。


 苺苺の故郷である白州は絹織物と養蚕業で発展した。

 燐華国三大刺繍の中でも、最も格式高いとされる『白州刺繍』が生まれた場所でもある。


 そんな白州白家の姫ゆえに、裁縫の名手と呼んでいいほどの腕前を持つ苺苺の手で作られたぬい様は、王都で布偶製作を生業としている職人以上の出来栄えだった。


「木蘭様の髪の毛を一本いただけたら、ぬい様も全力を出せるのでしょうが……。髪の毛は流石に『ください』と言ってもらえるものではないので、しょうがないですわね」


 苺苺は「このままの状態でどれほどの効力を発揮してくれるのかわからないところが心配ですけれど」と、毛氈生地で作った小さな頭を撫でた。


 ぬい様は、ただのぬいぐるみではない。

 苺苺の異能である悪意を祓う力を込めた、形代だ。

 形代は紙でも作ることができるが、精巧に作られた人形になると紙以上に身代わりとして優秀になる。


 さらに人形の中に守護対象者の毛髪を入れると、悪意が形を持った状態である呪靄だけでなく、その呪靄が変化し意思を持った〝呪妖じゅよう〟も吸収してくれて――。


「あっ! 〝白蛇ちゃん〟が……っ! 今日も見事にズタボロです!!」


 異様な気配を感じハッと視線を上げた先で、寝台に置いていた白蛇のぬいぐるみがブッチィィィッと音を立てて引き裂かれる。

 困り顔にしていた首はもげ、お腹からはふわふわの綿が飛び出した。

 まるで蛇殺しの現場だ。


「うぅぅ。白蛇ちゃん、どうか安らかに……」


 苺苺はぬい様を円卓に置いて、ズタボロにされた白蛇ちゃんに頬ずりする。


 きっと、今日も後宮内の誰かが、すさまじい悪意を苺苺に向けていたのだろう。形代に集められ封じられた悪意の総量が許容範囲を超えると、先ほどのようにズタボロに壊れてしまうのである。


 向けられた悪意が自分を害するほどの呪詛へと変化する前に、苺苺はこうして自動的に悪意が祓われるようにしている。

 そうでもしなければ、後宮の嫌われ白蛇妃なんて、命がいくつあっても足りない。

 明確な殺意を持って狙われていなくても、悪意の塵が積もって山となったら命など儚く散ってしまうのだ。



 ――とまあ、このように髪の毛入りのぬいぐるみは身代わりとして、それはすさまじい効果を発揮してくれるのだが、最下級妃の自分が最上級妃の木蘭に『髪の毛を一本ください』なんて言い出せるわけがない。


 誰の目から見ても立派な呪詛案件だ。


「それに……わらわのことは忘れてくれ、と言われていますしね」


 苺苺はがっくりと肩を落とす。


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