4 好待遇で極楽ごくらく


 燐華建国時代から続く由緒正しき九華家のひとつに数えられる白家の娘が、なぜこんな簡素な宮に追いやられているかというと、その特異な容姿――正しく歳を重ねた人間の白髪とは明らかに違う、真珠のごとき純白の長髪と、真っ赤な血を彷彿とさせる紅珊瑚の双眸のせいでもあるが……。


 最大の原因は、その出自のせいだろう。

 古代から語り継がれるかの有名な白家白蛇伝を、この国で知らぬ者はいない。


 その伝説とも史実とも取れる話が、白家が人々から『呪われ白家』と呼ばれ始めるに至る由縁である。

 蛇神(へびがみ)とも大蛇(おろち)とも称される白蛇との異類婚姻によって生まれた白蛇の娘は、白家の領地である白州では『神の愛し子』と言い伝えられ、敬愛されている。


 けれども、白州を一歩出ると途端に世界は変わった。


 白蛇の娘はいつの世でも迫害され、虐げられ、死の淵に立たされる。


 異能はすなわち、禁忌の異類婚姻で受け継がれたあやかしの妖術。

 悪鬼のように封じられ、罰せられるべき、禁忌の術であると思われているせいだ。

 それに加えて、白家白蛇伝を読んだ誰もが思うのだ。


『〝悪意をあやつる異能〟だなんて、白蛇が人間に復讐するために与えたに違いない』

『〝白蛇の娘〟は復讐のために生まれてくるのだ』


 ――と。


 そんな特異すぎる出自を恐れてか、直接的に手を下されることは少ない。


 だが古くから続く宮廷では特に言い伝えが強く信じられており、こうして後宮の離れには白蛇の娘を幽閉する場所が作られている。

 本来なら皇太子妃の住まいは選妃姫シェンフェイジェンで得た地位によって決まるはずだが、白蛇の娘にとって選妃姫とは無いに等しい制度だった。


 それは現皇太子、紫淵シエン殿下の世でも変わっていない。


 後宮に八華家――朱家、碧(へき)家、姚(よう)家、琥(こ)家、圤(ほく)家、榮(えい)家、錫(し)家、白家から八姫が招集された日。

 皇太子不在の中で行われた選妃姫で、審査員として出席していた皇后や四夫人たちは、苺苺を存在しないかのように無視した。


 選妃姫では皇太子殿下が気に入った妃のひとりに、百(ひゃっ)花(か)瓏(ろう)玉(ぎょく)と呼ばれる最高級の宝飾品を褒賞として下賜する。

 妃たちは賜った百花瓏玉で着飾って最終試験に臨み、その数や希少性で皇太子殿下からの寵愛を競うのである。


 第一回目の選妃姫では、百花瓏玉の代わりに全妃嬪たちには官名と、宝石の名を冠した宮が与えられる手はずになっている。


 彼女たちを妃嬪と呼ぶのは、皇太子宮の妃たちの序列は選妃姫が終わるまで一様に〝妃〟となるからだ。皇太子が皇帝として即位すると、その序列はたちまち妃と嬪に分けられる。そのため皇太子宮の八妃に対して妃嬪という言葉が用いられるのは、至極当然で、まったくおかしいことではなかった。


 そんな選妃姫がつつがなく進行される中、けれども苺苺だけは入室早々、退出を促された。


 そうして明らかに不平等な試験の末、八華妃――貴姫、淑姫、徳姫、賢姫、令(れい)儀(ぎ)、芙(ふ)容(よう)、彩媛(さいえん)、白蛇の中で最下級を表す〝白蛇はくじゃ〟の冠を与えられ、他の妃たちの住まいとは遠く離れた水星宮に押し込められたのだ。


 最下級妃の名が白蛇なのだから、まあつまりは、はなから判じるつもりなどないというわけである。


 だが苺苺は、皇太子宮での虐めに屈しなかった。

 たとえ水星宮付きの女官が皆、初日で逃げ出そうともだ。


「ああ、わたくしだけ離れだなんてなんと好待遇なのでしょうか! ここなら誰の視線も気にせずに、全力で推し活ができますわ!

食事に携わる尚食の女官は来てくださるので、生命維持には問題ないです! 水星宮のお掃除とお風呂の管理、それからお洗濯や身支度なんかは、自分ですれば良いですし」


 入宮して一週間は勝手がわからずあたふたしたものの、あらかじめ白家の邸で侍女の後ろをひっついて予習と練習をしてきていたので、いざ水星宮にぽつねんとひとりきりというの状況に直面しても、なんとかこなすことができた。

 今では床の雑巾がけも良い運動だ。


 そう。すべてひとりでこなすことを考えたら、寝台、衣裳部屋、応接間兼食事の間、それから厨房や湯殿がぎゅぎゅっとひとつに詰め込まれた水星宮は、苺苺にとって理想の間取りと言っても過言ではなかったのだ。


「はーっ。ここならついうっかり他のお妃様と鉢合わせして、めくるめく後宮の愛憎劇に巻き込まれる心配もありません。極楽ごくらく」


 というわけで苺々はむしろ、これ幸いと後宮での自由を謳歌していた。


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