第8話 叔父さんと、謎の男。

 ポタリーの端っこに位置する、地元で有名な元おばけ屋敷ことウッド家。いつものように朝食を、と言いたかったが。ちょっとした異変があった。食事中だと言うのに、ロイとバートは窓の外を見つめていた。

「なぁ、あの辺でキラキラするもんねぇか?」

「ホントだ。叔父さん、見に行ってみようよ」

 最近、森の中からキラキラと謎の光が見えるという怪現象が起きていた。しばらく見つめると、キラキラは消えるのだが……気味が悪い事この上なかった。ロイとバートが椅子から立ちあがろうとすると「待たんか、小童ら!!」とドラゴに怒鳴られた。「ちっ」とロイが舌打ちすると、恨めしそうな目で声の主ーーテーブルの上で仁王立ちするドラゴを見た。

「まだ飲んでないじゃない!アタシの『ハイパー煮汁』飲むまで許さないわよ!?」

「煮汁って言うな!なんかもうちょっと言い方ないのか!?」

「何よ、『出汁』も『残り湯』もダメ、『煮汁』もダメって、なんて言えばいいのよ?逆に何がいいのよ!!」

 仁王様の指差したカップの中で湯気をたてる、絵の具全部混ぜみたいな色した液体を見つめるロイ達。味は甘くて、悔しい事に美味しい。だがーービジュアルが前述の通りで、製法が「ドラゴを煮る」為に生理的に受け付けない。今更どんな名前だろうが、「飲みたくない」一択。どうにか逃れたくて、謎のキラキラ調査にかこつけて逃げたかったが無理だった。逃げたら殺されそうな剣幕だ、この仁王に。ちなみにロイも飲む事になったのは、完全なるとばっちりだ。

「あぁ?『この世の終わり汁』だろ、こんなの!なぁ?」

「えーっと、強いて言うなら『泥湯』?」

「黙れ小童ら!!」

 しょーもない小競り合いを続ける三人を生暖かい目で見つめるアルとジョサイアだったが、この家に存在しないはずの可憐な笑声があがった。

「まぁ、こんなに賑やかなのは久しぶりですわ」

「ごめんねー、元気が有り余ってて」

 数日前に越して来たミランダが微笑み、アルが素っ頓狂な返しをしていた。どんな手を使っても回避したいロイは、助けを求めた。

「聞いてくれよ、あのバケモンがさ!これ飲めって言うんだよ!!」

 バケモン呼ばわりに猛抗議するドラゴを尻目に、ロイはカップを持ってミランダに駆け寄った。無駄に広い食堂のテーブルの端と端なので、移動の途中でちょっとこぼした。

「まぁ!ココアの様ですわね。香りも甘いし」

「こ、こ……あ?」

 意外な反応と、聞いた事のない単語にきょとんとするとロイ。二人のやりとりに興味が湧いたキャスが、こっそりカップを覗き込んだがーー

(飲む拷問)

 そんな名前しか浮かばなかった。ココアに謝ったほうがいい、とも。どうもミランダは良いように考え過ぎるのかもしれない。そのお陰か、懇々とココアがなんであるか説明するうちに、ロイといつの間にかやって来たバートもすっかり感化された。

「なんか、スッゲェ良いもんに思えてきた。ありがとよ、ミランダちゃん」

「救われた気がする」

 急に魅力的に思えて来たのか、二人は一気に飲み干した。単純な奴等め。

「やるじゃない、小娘」

「お役に立てて光栄ですわ」

 ドラゴの賛辞にニッコリと微笑んだ。アルから事情を聞いていたので、バートの為にも飲んでもらいたい気持ちがあったとはいえーー

(流石にココアは言いすぎだったかしら?)

 でもまぁ、それっぽい色だし、匂いも近いし?嘘も方便っていうし??結果、バートに気持ちよく飲んで貰えれば誰も損をしない。それにしても、だ。ミランダは改めてドラゴを見つめた。

「不思議な方ですのね、ドラゴさん」

「アラ?そうかしら?」

「えぇ、相当に。お野菜、なのですよね?」

「そうね、正確に言うならアメイジングかつモードな?」

「バケモンだろ、ただの」

 ロイの表現が的確だったが、皆黙っておいた。言わんこっちゃない、ロイは引っ叩かれ、猛抗議をされた。

「魔法生物に近い、そんな存在なのです。ドラゴ殿は」

「まぁ!魔法生物!!という事は、警察関係のお仕事を?」

 一同は(どうしてそこで警察が?)と不思議に思ったが、ミランダとドラゴの会話は続く。

「アタシは自由なの。人間に仕えたり、間諜だのゴメンだわ」

「浣腸!?お前そんな事もやったのか!!」

「下品な事言うな、この痴れ者っ!!」

 だって「カンチョウ」って言ったよ?あの尻好きが。違う「カンチョウ」なんか浮かぶはずもないロイは、キャスに怒鳴られて黙りこんだ。

「このバカの祖父にあたる、ニール・ウッドの手によって生まれたのよ」

 「バカ」の部分を強調されてロイはムッとしたが、キャスがまだ睨んでいるので黙っておいた。

「まぁ!では、ひ孫にあたるバートさんに遺伝なさったのかしら?」

「あらヤダ!そういえばアタシってば、まだ瞳を見てなかったわ!!」

 「瞳」という単語にバートがあからさまに反応した。どう考えても邪魔くさい前髪から察して、バートには触れて欲しくない話題なのだろう。察したロイが口を挟んだ。

「なぁ、ミランダちゃん。なんでそんな詳しいんだ?俺だって、最近になってじーちゃんの事思い出したってのに」

「それは叔父さんの老化の所為じゃない?」

 アルの会心の一撃!ロイは虫の息だ!!

「家族になるかもしれませんもの、失礼ですが多少調べさせていただきました」

 この答えには納得だ。そう、この美少女が。アルのお嫁さんになるかもしれないのだ。

「ご無礼をお許しください、ロイおじ様」

 ミランダの会心の一撃!ロイはとどめを刺された!!最高にニヤけながら「ぐっはぁ!!」と叫ぶと、床にうつ伏せに倒れて動かなくなった。美少女から繰り出される上目遣いからの「おじ様」呼ばわり。非モテ中年には刺激が強すぎたのだろう。ジョサイアが駆け寄って安否確認をすると「へへっ」という不気味な笑い声が返ってきた。「ムー」と一声鳴いて、羽で大きくバツを作った。ロイは再起不能だ。

「まぁ!ロイおじ様、しっかり!!」

「放っておいてよろしいかと、ミランダ様」

 キャスが介抱しようとするミランダを制した。これ以上、あんな変態に近寄らせてなるものか。

「大丈夫、叔父さん身体は頑丈だから!」

「多分、大丈夫です」

 身内が言うのだ、きっと大丈夫だろう。ミランダは従う事にした。

「それはそうと、皆様。そろそろ学校の時間では?」

 ジョサイアが柱時計を指して言った。「しまった!」と学生三人は食堂を後にした。キャスもミランダに続いて出て行った。

「ねぇ?ジェシー。アンタ、あの子どう思う?」

 ロイの頭を椅子にして、足組みしながらドラゴが問うた。「降りろ、ゴルァ!!」と言いたかったが、ジョサイアはグッと堪えた。一応、恩人だから。

「どう、とおっしゃいますと?」

「なんか企んでんじゃないか、って事よ」

(企み、ねぇ?)

 金目当てなら、往時ならまだしも、今のウッド家には何もない。マンドラゴラ狙い、と言う事もなさそうだ。なぜか生えてこないマンドラゴラを気にした風でもないので、間違いないーージョサイアはそう思った。となると、ドラゴの「何か企んでる説」は成り立たない。

「気のせいでは?」

「なら良いんだけど」

 ピョンと床に飛び降りると、思いっきりロイの尻に浣腸した。

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 クリティカルヒット!!食堂に悲鳴が木霊した。



 さて、話はミランダ達が引っ越してくる前に遡る。

 

 カーライル家には一人の客が訪れていた。豊かな長い銀髪を緩く三つ編みにし、仕立てのいい服に身を包んだ紳士だ。ソファへと深く腰掛け、ミランダと対峙していた。

「首尾は如何です?ミランダさん」

「まぁ!首尾だなんて!!」

 眉根を寄せるとミランダは抗議した。

「アル様への想いは私の意思です。利害の一致はあるのでしょうけど、あなたの目論見を是とした訳ではありません」

「失礼、言葉を間違えましたね」

 そう言って紳士は頭を下げた。その様子をミランダの後ろに侍っていたキャスは意外な思いで見つめていた。ミランダが、本当にアルの事を気に入っている事が。

「ですが、ウッド家へ……引越しなされるのは本当でしょう?」

「えぇ、あと数日の後に」

 不服そうな顔のキャスが会話に割って入った。

「よろしいのですか?ミランダ様。本当にあの様な……あの様な者たちの所へ?」

 今度は紳士が眉根を寄せた。何が気に障ったのだろうか?いや、そもそもだ。この男、アーデン・ドルトンの目的をキャスは訝しんでいた。

「貴方の申し出は願ってもない事です、アーデン様。ですが、なぜウッド家なのです?」

 アーデン・ドルトンはロイと同い歳で、麗しい容姿に社会的地位、お金まである。成金と揶揄されるが、今やジノリ一の豪商だ。それが、ふらりと訪れ「ウッド家の誰でもいいので、婚約者となり婚約破棄してくれ」と言い出した。見返りはミランダの生家である屋敷と生活の面倒を見る、というミランダ達にとっては望外のものだった。

「なぜその様な事を?」

「貴女にはわからなくて良い話です。ましてやミランダ様にも。私は、先日お話しした結果が得られれば良いのです」

「ですが、これはまるでーーー」

「まるで結婚詐欺、ですわね」

 にっこりと微笑んで、ミランダが言ってのけた。「でも、得るものはありませんわね」と続けて屈託なく笑った。

(それなー!!)

 カーライル家もウッド家も、お互いに巻き上げる資産がないのだ。ウッド家には屋敷と畑があるが、果たしてこの男になんの価値があるのだろうかーーキャスが思案しているとミランダが、一つ手を叩いた。

「マンドラゴラ、だったかしら?」

「え?」

 キャスとアーデンが同時に声をあげた。お互い顔を見合わせたのち、アーデンが口を開いた。

「マンドラゴラ、ですか?」

「えぇ!お昼にアル様から頂いたのです。美味しいお漬物でしたわ」

 ほぅ、っと溜息をついて、惚けた顔で遠くを見つめた。

(成程、社交界の華とはよく言ったものだ)

 アーデンはその美貌に感心したが、聞き捨てならない単語が出てきた。

「畑もろともアル様たちを手中に収め、一生マンドラゴラ栽培をさせて商売をなさるおつもりね?」

「は?」

「あんなに美味しいのですもの、きっと市場に出したら売れますわよ?その利権の為に、来る日も来る日も苦役をさせて……なんて恐ろしい!!」

 きっとアーデンがアル達を奴隷の様にこき使い、ボロ雑巾のように捨てるとでも考えたのだろう。両手で口を押さえ、慄いている。まるで恐ろしいものを見るような、怯えた目で。

「いや、あの……ミランダさん?」

「なんて恐ろしい方でしょう!お金のためにそんな!!」

「ミランダさん??」

 キャスは深い溜息をつくとミランダを宥め、奥の部屋へと下がらせた。戻ってくると、唖然とするアーデンに頭を下げ「今日はもうお帰り願えますか?」と言った。アーデンは同意するとソファから立ち上がり、玄関へと向かった。帰り際、見送りについてきたキャスへと振り返り質問した。

「マンドラゴラ、とおっしゃいましたね?それは一体……」

「ウッド家の当主、ロイ様が市場で売っている野菜です。ニンジンのような……」

 キャスが説明するとアーデンはカッと目を見開いた。

「ピンク色の、葉っぱが五本の!?」

「さぁ?私もそこまでは把握しておりませんので」

 アーデンの顔色がみるみると青ざめていく。一体なんだと言うのだ、マンドラゴラとは。喋って動くドラゴという存在といい。キャスは俄然興味が湧いてきた。

「今宵はこれで。後日、今日のお詫びも兼ねてまたお邪魔します」

「でしたら早めの方がよろしいかと。なにせ抵当に取られますので」

 キャスの返答に「あぁ……」と小さく呻くと、「では明日また」とアーデンは足早に馬車へと向かい、乗り込むと同時に猛スピードでカーライル家を後にした。

「一体……」

 しばらく馬車の走り去った方角を見つめていたが、夜気に身震いし我にかえった。そして、更にウッド家を調査しようと決意をした。

(アーデン・ドルトン、何が狙いだ)

 そして、主の誤解と妄想をどうにかしようとミランダの自室へと急いだ。


「お帰りになりまして?」

 ミランダはカーテンの隙間から外を眺めていた。その視線の先は、アーデンの馬車が走り去った方角だ。脅威のスピードで走り去ったので、影も形もなかったが。

「えぇ。明日またいらっしゃるそうです」

「まぁ、そうですの。それにしても、変わったお方ですわね」

 ミランダも大概だと思うが、そこは黙って相槌をうっておいた。

「あの、ミランダ様。ドルトン様ですが……」

 クスリと笑うと、ミランダはキャスの言葉を遮った。

「えぇ、あの方の狙いはロイ様ですわ」

「え!?」

 意外な言葉にキャスは驚いた。アーデンの狙いがロイ?どういう事だろう。

「本当に変わった方ですわ」

 キャスは混乱していた。あのぽやーっとした、うだつの上がらなそうな、現状で尻しか良い所がないロイが?訝しむキャスの脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。

(ひょっとしてーーそっち?)

「え?えぇ!?」

 まさか、そんな!!あの美男子が、あのマッパーを?おいおい、待てよ!そんな、巷で流行りの文学じゃあるまいし。金持ちと貧乏人、よくある話だけどそんな!そんな!!ーー顔が赤くなるのを感じたキャスは両手で顔を覆った。

「まさか、そんな!!」

「キャス?」

 いつものクールな様子はどこへやら。めっきり挙動不審なキャスが心配になってきた。顔は真っ赤だわ、なんか譫言みたいにブツブツ言うし。

「まぁ……過労かしら?キャス、今日はもう休みましょう。ね?」

 宥めに来たはずが、すっかり立場が逆転してしまった。その夜、ミランダに付き添われ自室へと戻ったキャスだがーーしばらく妄想が捗り、中々寝付けなかったという。




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