番外編2 ポタリー警察の日常。その2
ハトの朝は早い。夜目がきかないクセに、夜明け前から起きて活動する。まぁ、そんなハトはポップだけかも知れないが。
「モーガンさん、ほら起きてくださいよ」
いつもなら屋上の小屋にいるポップだが、昨日はモーガンに掴まれて身動きが取れず。宿直室で一夜を過ごしていた。
「モーガンさん、朝ですよー?」
がっしりとホールドされていたが、今は手が多少緩んでいる。抜け出すと、声がけしつつ顔を羽根でぺしぺししてみた。が、起きる気配がない。つついたら怒られそうなので、違う手段に訴えた。
「…………っはぁっ!?」
効果はてきめんだ!モーガンがカッと目を見開いて飛び起きた。
「殺す気か!?お前、鼻と口は一緒に塞ぐんじゃねぇ!!」
「あまりに起きないので、良いかなー?と」
口を足で封じ、鳩胸で鼻を塞いだら起きるーーポップは一つ学習した。
「『良いかなー?』で、やる事か!?ったく、恐ろしいな!!」
「イビキでこちらも死にかけましたよ?耳が」
そう言うと、ポップはやれやれと首をふった。「あぁ、悪かったな」と素直にモーガンは謝ると、昨日の事を振り返った。
「何だったんだ、あの男……絶対にアーデン・ドルトン、だよな?」
「と言われましても……その『アーデンさん』とは、昨日の美形さんですかね?」
小首を傾げてポップが回想する。美形は美形だが、「屋敷に泊まった」と聞いてからの豹変ぶりが恐ろしかった。
「『ローちゃん』って言ってたな、アイツ。ひょっとして、ロイ・ウッドの事か?」
「知り合いですかねぇ?」
「『ちゃん』付けしてたし、幼馴染か何かか?」
宿直室に沈黙が流れる。幼馴染が、双眼鏡持って屋敷を観察するか?ご丁寧に魔法で姿を隠して、だ。そうだ、アイツは魔法具を持っていた。しかも、かなりの数の。
「ポップ、アイツの魔法具ってどんなのだか解るか?」
「どんな、ですか……多分、グォドレイ様の工房の品でしょうなぁ。非常に珍しい品です!いやぁ、眼福眼福」
耳慣れない言葉に、モーガンの眉間に皺が刻まれた。「がんふく」の意味は分からないが、ポップは羽根をばたつかせて嬉しそうにしている。鼻穴まで拡がっている辺り、相当に興奮している。
「スゲェもんなのか?その、グォ……ゴ……なんて言った?」
「知らない!?グォドレイ様を!!本当に!?」
信じられない!何言ってんだこのジジイは!?そんな顔してポップは捲し立てた。魔法使いの間で知らぬ者のない大魔法使いで、魔法薬・魔法具の製造に長けている。「紫煙の魔導士」とも呼ばれ、今は弟子と共に暮らしている、そうだ。
(魔法使いと魔導士って何が違うんだ?)
聞いてみたかったが、グォドレイについて語るポップの様子から「えー?モーガンさんそんな事も知らないんですかぁ!?」と言われかねない。腹のたつ、「ドヤ顔」って言ったかーーなんか見下す様な嫌な感じの顔で。あとでこっそり調べるとして、黙って話を聞く事にした。
「髪も瞳も、それはそれは美しい紫をしていらして。美貌の持ち主なのですよ!」
「へぇ?会ったことあるのか」
「いえ、全然」
さも見てきたように話をしておいて、まさかの回答にモーガンは抗議した。
「なんだそれ、噂かよ!?当てになるのか?その情報」
「ですが!!実在するのですよ!!」
しかも「紫の髪」に、これまた「紫の瞳」だ?モーガンの頭の中は混乱していた。「赤い髪」と「金の瞳」はどーしたよ?と。まぁ、当然の疑問だった。
「『始まりの魔法使い』なのですよ。『七賢人』とも言われておりまして……この方達は、今の魔法使いさんと違って。髪色も瞳の色も様々ですねぇ、エェ」
とか言いつつ、グォドレイ以外にも会った事は当然ない。
「ふーん、色々あるんだな?魔法使いも」
「エェ。で、その中の一人のレイヴェラッド・ヴェリン様が魔法学校を設立されてーー」
なんか舌噛みそうな名前が出てきたぞ。話の途中だったが「あ!?レ……なんて!?」と思わず聞き返した。
「この方こそ、誰もお会いした事がないかも知れませんなぁ。学校創立以来、学長室から一度も出ていらした事がない、と」
「死んでんじゃねぇか?それ」
魔法学校、「アカデミー」の創立は確か、相当昔だった筈。それは魔法使いが現れ始め、謂れなき迫害を受けた「魔法使い狩り」が起きた頃ーーモーガンが歴史の授業で習う位には昔の事だ。その頃から学長室から出てこない、って……常識から考えたら、それしかない。が、ポップは羽毛を逆立てて抗議した。
「七賢人ともなれば、ご長寿なのです!!現にグォドレイ様も、見た目の割にご長寿なのですから!!」
「幾つなんだ?」
ポップはピタリと動きを止めると、辺りを見まわし羽根で器用に手招きをした。そんな聞かれたら困る話なのか?魔法使いの年齢って。訝りつつモーガンが顔を寄せると、耳元で囁いた。
「嘘だろ!?」
「本当ですとも!!」
驚きの余り仰け反るモーガンと、ドヤ顔のポップ。「エルフなのか!?」とモーガンが唸るほどに冗談みたいな年齢だった。
「話を戻しますよ?あの美形さんの持ち物は、とんでもない物で間違いないです。値段は考えない方がいいでしょうねぇ」
「っはー……じゃあもう、あの変態はアーデン・ドルトンで間違いねぇな。そんな金持ちで美形なんか他に聞いた事がねぇ」
「拘りますねぇ、あの美形さんに。好みだとか?」
「バカか!気になるだけだ、あの屋敷の住人とどういう関係か」
今まで聞いた事のない「ポフォー!」という笑声をあげると、ポップはモーガンの肩にとまった。
「そこら辺の捜査はモーガンさんのお仕事ですからね。ワタシはアカデミーに報告しに行きます」
そう言うと、ピクリとも動かなくなった。まるで気絶したかの様だ。
「おい、ポップ。どうした?」
微動だにしない。それどころかポップに向けた顔にもたれかかってきた。その身体は心なしか冷たく感じた。肩を掴む脚にも力がない。そういえば、ポップは気になる事を言っていた。「行き倒れた」と。昨日の今日で、これはまるでーー
「おい!お前、大丈夫か!?死ぬな!?」
肩からむんずと掴みとる。首はダラリと力なく……間違いない、ポップは……なんと突然だろう?さっきまであんなに元気で、ドヤ顔までしていたのに!!
「お前……定年退職したら、悠々自適に毎日たらふく豆食って暮らすって言ってたじゃないか!」
ほぼマスコットと化しているが、定年がある。ちなみにポップは、あと二年で定年だった。
「最近、フンのキレが悪いとか言ってたけど……お前、突然すぎるだろ?」
気にするだけあって、たまーにお尻が汚れていた時があった。単なる水分の摂りすぎかと思われたが、何かしらの重病のサインだったのか?見逃した自分の愚かさをモーガンは呪った。
「おい、ポップ!目を開けろ!!死ぬんじゃねぇ!!」
モーガンの悲鳴に近い声に、署員達が続々と集まってきた。そしてポップの状態を目の当たりにして、目に涙を浮かべる者、嘆く者。一気に宿直室は悲しみに包まれた。
「どうした?何があった?」
廊下から声がした。全員が声の方へ向き直ると、そこにはポタリー警察署の署長がいた。
「署長、ポップが……」
そう言って、モーガンはポップを両手で捧げ持って見せた。
「なんと言うことだ!!」
一番の茶飲み友達である署長も、ショックを隠しきれず。その場に頽れた。
(これは夢でしょうか?)
ポップは一面真っ白な所に、ポツンと立っていた。真っ白すぎて眩しく、見渡す限り果てしない場所だった。見上げると青い空が見えた。ここは雲の上だろうか?思ったよりも硬い雲の感触を、足踏みで堪能しているとーー
「お主、ポップと言ったな?」
どこからか凛とした声が響いた。キョロキョロとしていると、声はさらに続けた。
「現れたのだな?新たなる魔法使いが」
「あ、ハイ!とても優しい少年でして、行き倒れたワタシを介抱してくれまして。おまけに美味しい葉っぱに、ふかふかの寝床まで用意してーー」
「ほぅ、随分と人の良い。それよりも……なんじゃ?この丸いニワトリに、巨大なマンドラゴラは」
不思議なことに、声の主はまだ伝えていない情報を口にした。更に時折「ふふっ」と笑いながら、ポップが見聞きしたウッド家の情報までも。
「あぁ、成程。ポップよ、お勤めご苦労」
するとポップの足から感触が失われた。落ちるような、浮いているような、とても奇妙な感覚だった。
「その少年は、アカデミーに迎え入れるとしよう。引き続き、定年まで職務を果たすがよい」
その声を最後に、ポップは気を失った。
「あのー、誰か居ませんか?」
「もしもしー?返事がないならイタズラするよー?」
「まぁ、アル様ってば!」
警察署にはそぐわない少年少女達が、無人の受付で当惑していた。ロイが借りた囚人服を返しに来たのだが、署内も静かなものだった。
「おかしいですわね?」
「定休日かな?」
「お店じゃないんだから」
だが、無人なことは確かだ。署員達は一体どこへ消えたのか?バートは警察署の外観を思い出した。警察署は長大な壁で囲まれていたが、その割に建物が小さく土地が余る。
「建物の後ろに何かある、のかな?」
「なるほど!バート、さっすがー!!」
三人は警察署を出て、裏側に向かう事にした。
「まぁ!立派な運動場ですわ!!」
だだっ広い運動場が現れ、その敷地の隅に人だかりを見つけた。
「あ、誰かいる!おーーーい!!」
大きな石碑の前に集結していた署員たちは、陽気な声に一斉に振り向いた。一方、至近距離で聞いたバートとミランダは、アルの大声に耳をやられていた。両手で耳を抑え、立ち尽くす二人に気づかず、アルは借りた囚人服を携え駆けていった。
「なんだありゃ?」
訝しむモーガンに向かって、謎の人影がみるみる近づいてくる。金髪碧眼の少年のようだが、詳細を観察しようと目を細めているうちに対峙していた。息切れ一つせず運動場を縦断してみせたのは小柄な少年で「あ、例のマッパ男の!」と誰かが声をあげた。「マッパ男」、ロイ・ウッドの事だろう。家族が迎えに来たと言うが、この少年がアル・ウッドか。嫌な覚え方されたもんだな、とモーガンは顔を顰めたが、少年はニコニコとして気づいた風もない。
「あの、つまらないものですが!」
そう言って、囚人服を差し出した。
「ん?あぁ、どうも?」
事情が飲み込めずにいると、更に少女と赤い髪の少年が現れた。
「まぁ!これは慰霊碑ですわ……どなたか?」
「あぁ……俺の大事な相棒だ」
大きな瞳をわずかに潤ませた美少女は、石碑の意味を知っているらしい。モーガンの答えに両手で口元を覆った。こんな時になんだが、可愛いな?この子。
(どこかで会ったような?)
と記憶を辿ったが、どうにも思い出せない。それよりも、だ。
(この子がバート・ウッドか)
肩で息をする少年に目を移す。成程、見事な真紅の赤い髪だ。長い前髪の間から、チラリと金色の瞳が見えた。
「あのっ、借りていた……服を……」
こちらは今にも倒れそうな勢いだ。病弱とは聞いていたが、まさかここまでとは。
「あぁ、ありがとう。それよりも大丈夫か?」
モーガンは上着を脱ぐと、地面に敷いてバートを座らせると、傍にしゃがみ込んだ。
「あ、あのっ!」
「なぁに、安物だ。気にすんな」
ハンカチでもあれば良かったが、生憎そんな物は持ってなかった。倒れられても困るし、苦しそうだし。洗う手間はこの際忘れよう。あぁでも正直めんどくさい……
「なんか、すみません……突然乱入して」
「あぁ、構わんさ。昨日はポップが世話になったとか。最後にもう一度会えて、アイツも喜んでるさ……」
「え?もしかして、ハトの?」
バートと事態を察したアルと美少女も驚きに目を見開き、「えっ!?」と悲鳴をあげた。
「今朝……突然、な」
「そんな!」
「あんなに元気だったのに……」
「まぁ、なんと言う事でしょう……」
子供達が声を失ってしまった。たった一夜の出来事だというのに、なんと優しい子達だろうか?署員の目がバート達に注がれた。
「まさか……食べ過ぎ?」
「叔父さんの秘蔵酒のせいじゃない?」
「きりもみ降下のやり過ぎかもしれませんわ」
「あ゛?」
モーガンは変な声が出た。なにそれ?どういう事??気づけば「話、聞かせてくれないか?」と質問していた。
「昨日の夕方ーー」
洗濯物(囚人服)の取り込み忘れに気づいたバートが外に出ると、家の前の畑に蠢く影を見つけた。近づいてみると、そこにハトが一羽、羽根を広げて突っ伏していたという。
「行き倒れた、って言ってたもんな」
そこまでは聞いた。で、その次は?
「家に連れ帰って。そしたら、ムーさんとドラゴさんが手当てしてくれたんです」
「ほう?」
誰か知らんがありがとう。その次、次を。
「空腹だったみたいで、葉っぱあげたらすぐに元気になったんだよ!」
「美味しそうに食べてましたわね」
きっとガッついて食べたのだろう。大迫力の食事っぷりは、モーガンも未だに笑う。食べているのか、散らかしているのか、わからない有様だった。三人も思い出して微笑んでいる。
「その後、叔父さんが来て」
そこまで話すとバートは深い溜息をついた。
(例のロイ・ウッドか)
「あぁ、ベロベロに酔ってたんだよね……」
アルも負けないぐらいの深い溜息をついた。
「すっかりご機嫌なロイおじ様と一緒に、お酒を少々」
「え?」
飲んだの?アイツ鳩のくせに?何してんだアイツは!!
「すっかり意気投合されて、楽しそうでしたわ」
「そのうち『必殺技行きまーす!』って、シャンデリアから何回もきりもみ降下を……」
飲酒からの高速回転で急降下?バカだ、アイツバカだよ!
「その後も飲んで食べて……高イビキでーー」
「あ、もう結構です」
急死しても仕方ねぇわ、そりゃあしょーがねぇ。つーか、仕事中に何考えてんだ?心配して損したっ!
「自業自得じゃねえか、バカ野郎がっ!!」
柩の代わりにバスケットに横たえられたポップにツカツカと歩み寄ると、意外と長い足で蹴り飛ばした。その場にいた全員の目が注がれ、モーガンの暴挙に戦慄した。が、唯一バートは見ていた。蹴りがヒットした瞬間に飛び出す黒い影を。
「あ」
黒い影は昨日と同じように、きりもみ降下を披露するとーーバスケットの載っていた、慰霊碑の前の献花台に着地した。
「何するんですか、モーガンさんっ!酷いじゃないですか!!」
「生き返った!?」
その場の全員の声が揃った。
「生き返る?報告の時は仮死状態になるって、注意書きにあったでしょう?」
「あ?」
専属の世話係と化したモーガンに署員の視線が注がれる。そういえばなんか有った気がするけど、書いてた?そんな事?「一言断って仮死状態になれ!!」と怒鳴ってぼかした。
「元気そうで良かったね!」
妙な空気がアルの一言で消し飛んだ。そう!生きてたんだから良いじゃない!命大事。「あー良かった良かった」とゾロゾロ署内へ戻って行った。が、モーガンの怒りは収まらず。
「職務中に酒飲んだらしいな?署員としての自覚がたりねぇぞ!」
「ハトですもの!!」
「うるせぇ!この不良バト!」
小競り合いを続ける二人を放置して、目的を果たした三人もその場をこっそりと後にした。その後もしばらく言い合いをしていたが、モーガンあての請求書が届けられると静かになった。金額に慄き、気付くのが遅れたが請求者は「アーデン・ドルトン」とあった。
「やっぱりそうか!覚えてろよ!」
請求書の住所に速攻で支払いに行くと、真っ昼間から飲み始めた。こうしてポップから「不良ジジイ」というあだ名をつけられた。悪口じゃないかな?それって。
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