番外編1 ポタリー警察の日常。その1
事件らしい事件のない、実に平和な街ポタリー。せいぜい酔っ払いの喧嘩と、窃盗くらいで、殺人だのといった凶悪な事件は今まで一切起きていない。そんなポタリーの警察署だが、今日はちょっとした騒ぎがあった。「全裸の変態が現れた」という事件があったが、騒ぎの原因はそれではなくーー
「おい、見たかアレ!!」
「あぁ、見事だったな……」
「あんなの見た事ねぇよ」
署員達は驚嘆するばかりだった。勤続四十年のベテラン、モーガンが見回りから帰ると、署内はそんな有様だったので「何があった?」と近くにいた署員に問いかけた。
「赤い髪の少年が現れたんですよ。それで『あの子は魔法使いかな?』って」
答えてくれた女性署員はその様を思い出したのだろう、ほうっと溜息をついた。その様子から、よほど綺麗な子だったのだろうなとモーガンは思ったが……ちょっと待て、今「赤い髪」と「魔法使い」と言ったか?聞き逃すには少々物騒な単語に、モーガンは食いついた。
「その子は?目の色、瞳の色はどうだった?」
矢継ぎ早に捲し立てたので、女性署員はビックリしたのだろう。言葉を継げずにいると、気づいた周りの署員達がモーガンに言った。
「前髪が長くて見えなかったです」
「あの髪、ただ染めてるだけかも知れませんよ」
「魔法使いか?って話してたんですけど。まぁ、違うんじゃないですか?」
ふむ、と顎に手をやるとモーガンは黙った。ヒゲを撫でるその仕草は、モーガンが何か考え事をしている時に出る癖だ。
昔ほどでは無いにしろ、今も魔法使いは恐れられる存在だ。田舎に行けば行くほど、だ。ましてポタリーはジノリ公国でもトップクラスの田舎。わざわざ忌み嫌われる魔法使いの髪色を真似るバカがいるだろうか?モーガンならまずしない。髪、か。そういえば「ちょっと最近薄くなってきましたねー」って床屋が……いや、毛量の事はいいんだよ。
「念の為に聞かせてくれ、その子の名前と住所を」
「わかりました」
と、一人の警官がサラサラっと紙に書きつけて、モーガンに手渡した。その字の汚さに「うっ!?」っと短く悲鳴をあげたが、どうにか解読すると今度は普通に悲鳴をあげた。
「ウッド!?ウッド家だぁ!?あの、あの屋敷か!!」
しばらくメモを凝視したかと思うと、モーガンは屋上へと走り去った。
「どうしたんだ?モーガン警部」
「さぁ?」
訝しむ署員達だったが、しばらくすると皆業務に戻っていった。
「おい、ポップ!出番だぞ!!」
興奮気味のせいか上手く鍵を開けられず、小屋の前でガチャガチャと音を立てるモーガン。その様子を中から見つめる黒い瞳ーー「ポップ」と呼ばれた一羽のハトがいた。
「おや、モーガンさんじゃありませんか!はて、朝の散歩の時間ですかな?」
「おいおい、大丈夫か?今は夕方だぞ」
本当にボケたのか冗談なのかわからない事を言うと、ポップは「ポポー」と笑った。普通に喋るくせに、こういう所だけはハトっぽい。
「この小屋、いい加減やめませんかね?署員の皆様に迷惑はかけませんので、できれば署内に」
「あぁ、そうだな。オレも階段登るの辛いしな」
ようやく鍵を開けると、小さな出入り口からポップが「よっこらしょ」と出てきた。モーガンの肩に留まると、羽をバタつかせたり首を回したりした。羽で軽く顔面を叩かれながら、モーガンは事情を説明した。
「ーーという訳だ」
「成程成程。ソレは早速調査して、報告しなくては!」
「その子の、バート・ウッドの家はこの屋敷だ」
ポップは魔法学校から預かっている、魔法生物だ。各地の警察署に預けられていて、赤い髪と金色の瞳の人物が現れた時は調査報告する任務を負っている。が、件の条件を備えた人物がホイホイ現れる訳もなくーー本来の使命は忘れられ、各署のマスコット扱いされている場合が多い。ポップも例外ではなく、朝夕の散歩をし、小屋に戻る途中で署内に顔を出して署員とお茶をする、そんな毎日だった。
「久しぶりの大仕事ですからねぇ!」
自然とポップの鼻息も荒くなる。ヘマをしないかとモーガンは念を押した。地図を指し示す指に力が入る。
「いいか?ここだからな?間違うなよ、絶対だぞ?」
「お任せ下さい、モーガンさん!このポップ、必ずやこの任務を成し遂げて見せますとも!!」
頼もしいセリフを言うと、敬礼してみせた。モーガンも敬礼して返すと、ポップは羽ばたいていった。その姿をしばらく眺めていたモーガンだったが、何だろう?何か変だ。
(なんだ?この感じ……)
ポップが飛んで行った方角を、改めて見てみよう。街の明かりがちらほら灯り、山の稜線の向こうに沈む夕陽が綺麗ーーじゃねぇ!とモーガンは首を振った。今は夕方だった。鳥は夜目が効かず、ポップは歳のせいもあって更にだった。そのポップがこの時間に出て行った、という事はーー
「しまった、あいつ迷子になるぞ!?」
モーガンは顔面蒼白になりながら階段を駆け下りると、受付へと一目散に向かった。
「あら、モーガンさん。どうしました?青い顔して……」
「あー、ホラ!アレだアレ!!アレ貸してくれ!!」
受付係が「アレ」だらけのモーガンに戸惑っているうちに、目的の物を見つけた。モーガンはオブジェと化した古ぼけたメガネを手にすると、疾風の様に駆けていった。
それが昨日の話で、現在モーガンはと言えばーー
「っつー訳でなぁ……なぁ、アンタ。ちょっとオレの代わりに見に行ってくんねぇかな?あの屋敷に」
「ご自分で行かれてはいかがです?大切な相棒なのでしょう?その、ポップと言うハトは」
「タダのハトじゃねぇ!アカデミーから預かった大事なハトだ!!」
「ほぅ?大事な存在の様ですね……でしたら、益々貴方が行くべきですよ?初対面の私に、従うと思えませんけどね。そのポップさんは」
謎の美男子にド正論を返されて、言葉を失っていた。場所はウッド家を一望出来る草むらの中で、だ。モーガンはポップを探しにメガネを携えて警察署を後にした。メガネでポップの魔力の痕跡を辿り、ウッド家に辿り着いた。が「夜も遅いし」とウッド家の門前で回れ右した。
改めて今朝、この場所に身を潜めウッド家を観察していたのだ。が、どうだろう。メガネに
ポップ以外の魔力の痕跡が見えた。ポップの場合は空中に細い光跡のように見えるが、それは草むらに屈み込んだ人型の光に見えた。先客がいるようだ。
「誰か居るのか?」
尋ねてみても反応がない。そこで蹴りを放つと「あいたっ!!」と悲鳴があがり、双眼鏡を携えた美男子が忽然と現れたのだった。ヒットしたのは尻らしく、暫くさすっていた。
「いきなり人を蹴るのは感心しませんし、その様な目に遭って協力するとでも?」
「配慮だ?聞いただろ『誰か居るか?』って。不審者が何言ってんだ」
「私はしがない愛鳥家です。野鳥の観察に来たまでです」
(しがない愛鳥家の持ち物か?それが)
謎の美男子の手に握られた双眼鏡を凝視した。高倍率で軽く、像の歪みも少ないと評判の代物だ。お値段は可愛げのかけらもなく、モーガンの月給ではとても買えない。他にも指には金やら宝石が輝く指輪が数個、そして耳にもキラキラが。
(魔力の出所はこれか)
メガネ越しに見るこの男の宝飾品は、裸眼で見る以上に輝いていた。宿る魔力が尋常では無いのだろう、堪らずモーガンはメガネを外した。魔力を宿した道具、「魔法具」と呼ばれるものが存在する。モーガンのメガネは「魔力が視える」魔法具だ。恐らくこの男の宝飾品は魔法具で、さっきの人型の光は身を隠す魔法だったのだろう。ちなみに魔法具は、とてもとてもお高い。モーガンの足跡が付いているが、着ている服は生地も上等で仕立てが良い。靴も……間違いない、どっからどー見ても立派な金持ちだった。それも、かなりえげつない。
(にしても、コイツ。どっかで見たような……)
端正な顔立ち、長身でスラッとした体型に特徴的な銀髪。一度見たら忘れそうにないが、歳のせいだろうか?モーガンが脳をフル回転させていると、謎の美男子が声をあげた。
「あ!あれじゃないですか!?」
指差した方向に顔を向けると、小さな影が見えた。羽ばたくそれは、相棒のポップだった。
「お!!アレだ!間違いねぇ!!おーい、ポップ!こっちだこっちーーー!!」
立ち上がり、大声で叫びながら手を振ると、スパーンという乾いた音と共にモーガンの頭部に衝撃が走った。
「のぞきのする事ですか!?向こうにバレるでしょう!!」
(のぞきだったのか、コイツ)
そして衝撃のお陰で思い出した。この美男子は、巷で噂の青年実業家ーーアーデン・ドルトンだった。
「あっ!アンタ、アーデン・ドルトンか!!何してんだ、こんな所で?」
モーガンの問いを鼻で笑うと、やれやれと首を振った。
「ご冗談を。私がアーデン・ドルトン、だと?」
「あぁ、そうさ。ジノリで一・二を争う金持ちが、こんな所でのぞきとはなぁ……どういう了見だ?」
「ですから、私はタダの愛鳥家です」
「鳥なんか、ポップしかいねぇじゃねぇか!いいか?この辺りはな、有名なおなんとか屋敷で人も寄りつかねぇんだ。愛鳥家だぁ?あんまり笑かすなよ、腹がねじ切れる」
アーデン・ドルトン?は失笑した。同時にこの男がどうして「代わりに見に行け」と言ったのか合点がいった。
「成程ーー怖いのですね?『お化け』が」
「やめろ!!口にするんじゃねぇよ!ここに来るだろ!?おなんとかが!!」
さっきまでの態度は何処へやら。あからさまに狼狽えるモーガンの姿に、声をあげて笑った。
「あぁ、そっくりだ!間違いない、貴方は『お化け』が嫌いだ!まさかこんな所で『おなんとか』を聞こうとは!!」
何が愉快なのか、美男子は大声で笑っていた。アーデンと思しき男の正気を疑いつつ、お化け除けの呪文を小声でモーガンは唱えていた。すると、再び頭部に衝撃が走った。今度はこう、サクッと頭皮に突き刺さる感覚がーー毛根大丈夫かな?
「これはこれは、モーガンさん!こんな所で一体何を?」
ポップがモーガンを見つけ、頭部に着地したのだった。モーガンは声にならない悲鳴をあげるのが精一杯だった。
「貴方を探しにいらしたのですよ、モーガンさんは」
代わりにアーデン?が質問に答えると「ポポー!!」と笑声をあげた。
「心配性ですね、モーガンさんは!ただちょっと、昨日はお屋敷で休ませて貰っただけで!」
「降りろ!毛根が、毛根が死ぬっ!!」
モーガンの切実な訴えにポップは地面へと舞い降り、それに合わせてアーデン?も跪いた。
「貴方がポップさん、ですか。魔法学校の使者でバート・ウッドについて調査に来た、ですね?」
「えぇ!よくご存知で!!そういえば、どちら様でしょう?」
「ポタリーの愛鳥家です」
その言葉を信じたのだろう、ポップは目を輝かせて「ポポーーー!」と羽を広げた。
「で?『お屋敷で休ませて貰った』というのは一体どういうことかな?」
「はい?」
ガシッと両手で掴まれたポップに、男の端正な顔が迫る。気のせいか、目が怖い。さっきまで笑ってたはずなのに、今は氷のように冷たい。
「ローちゃんに遭ったのかな?君は」
「ローちゃん?」
声も低くなっている。なんだ?「ローちゃん」って。ポップとモーガンは同時に声をあげた。
「私を差し置いて、こんな……こんなハトが、ローちゃんにっ!?」
さっきまでの穏やかさとは打って変わって、殺気立っている。小さな声で「ポォー……」とポップが呻いた。豹変ぶりに怯えきっている。
(コイツ、なんかヤベェ奴だ!!)
逃げないと危ないーーそう直感した。刑事の勘、というやつか?
「あーーー!ローちゃんだぁーーー!!」
どうやらコイツの狙いは「ローちゃん」らしい。ポップが怯えているだけなので、殴る訳にもいかない。ガラ空きのボディに一撃喰らわせたかったが、諦めてダメ元で叫んでみた。
「えっ!?」
ポップを掴む手が解かれ、屋敷の方を向きキョロキョロし出した。見事なまでに動揺している。今だ!
「あばよ!!」
悪役の様な捨て台詞を吐くと、モーガンはポップを抱え、疾風を超えて音速と化した。
「モーガンにポップ、か。その名前、覚えておこう」
しょーもない手に引っかかったくせに、キザなセリフを呟いた。モーガンの走り去った方角を眺めると、もの凄い砂埃が舞っている。本当に人間か?あの俊足。
「今日はこの辺で退散しよう」
アーデン?も草むらを後にした。優雅に、豊かな銀髪を揺らしながら。
「大丈夫ですか!?モーガンさん!!」
どうにか署まで辿り着いたが、人類の限界を超えたモーガンは燃え尽きていた。宿直室の床に突っ伏したきり動かないモーガンを、ぺしぺしと羽根で叩いてみるが返事がない。これはーー
「惜しい人を……」
「勝手に殺すなっ!!」
さっきまでのぐったりが嘘のように復活した。叫ぶと、仰向けになった。顔色はなんかもー、土の色に近かったが。
「なんだアイツ……絶対に……アーデン・ドルトン、だろ」
「お知り合いで?」
傍に置かれたコップに気づくと、モーガンは手に取り一気に飲み干した。「あー、生き返るー」と呟くと、みるみる顔色が良くなった。水だよな?中身。
「知り合いじゃねぇが、調べる必要はあるな。そういやぁ、あの子はどうだった?本物か?」
「えぇ、本物ですとも!!しかも、行き倒れていた所を介抱してくれまして。優しい子ですなぁー」
「行き倒れて」って、そっちこそ大丈夫かよ。なんでも、署に戻ろうと羽ばたいたものの、スタミナ切れで畑に不時着。畑に満ち溢れていた魔力を吸収しようと、羽を広げて土に突っ伏していた所を発見されたという。
「同類と思しきニワトリも居ましたよ?」
「同類?それよりも、本物の魔法使いか。まさか、また会えるとはなぁ」
懐かしそうに笑うと、モーガンはゆっくりと目を閉じた。
「モーガンさん?」
ポップが声をかけても返事がない。ぺしぺししても、クチバシでつついても反応がない。
「惜しい人を……」
「何回も殺すなっ!!」
その後、モーガンとポップは泥の様に眠った。爆音のイビキを署内に轟かせながら。
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