第7話 叔父さんと、お茶会。

 ウッド家の中庭には、テーブル一脚と椅子が三脚設えてあった。が、椅子に座っているのはロイ一人。あとはと言えばーー

「ちょっとアンタ、アタシの酢漬け返しなさいよ!」

「ムームーー!!」

 テーブルの上でニワトリと根菜が争っていた。ロイは盛大にため息をつくと「静かにしろよ!!」と一喝した。

「俺の分も残せよ、食い意地張ってんなー!!」

 結局こいつも食い意地が張っていた。こうして三人は晴天の下、仲良く茶を啜りながらマンドラゴラの酢漬けを貪っていた。サンドイッチ?パンがなかったので中止だそうだ。

「で、バートにも関係のある話ってなんだ?話せよ」

「せっかちな男はモテないわよ?」

 ボリボリと音を立てて、酢漬けを咀嚼するドラゴに言われて反論したかったが、モテた試しがないので鼻息荒く茶を啜るしかできなかった。

「ムー、ムムー」

 相変わらずなんと言っているのか謎だが、多分慰めているのだろう。基本ロイの味方なのがジョサイアだ。くるっとドラゴの方へ顔を向けると「ム」と低い声で一言唸った。

「わかったわよ、怖い顔して。どこから話そうかしら?アタシの生まれから話す??」

「長そうなら手短に頼むぜ」

 ふんっ、と鼻を鳴らすと、ドラゴは喋り始めた。……鼻?

「そうね、あれはアタシがまだ普通のマンドラゴラだった頃……」

(長そうだな、こりゃ)

 生い立ちからいく気だ。こんな奇妙奇天烈な生物が、最初は普通のマンドラゴラだったとは。

「アンタのご先祖さまでね、名前はえーっと……」

「ムーム?」

「あぁ、それ。ニール、ニール・ウッドよ。魔法使いだったの!長い、赤い髪の毛で……カッコよかったわー!!」

「へー……って。俺の身内に魔法使いが居たのか!」

 バートの赤髪はそのせいか、と納得した。隔世遺伝というやつだ。ニール……そうか、ニールじいちゃん!!ロイは幼い頃の記憶が蘇った。蘇ったけど……

(つるっぱげ、だったよな……)

 赤い髪という特徴に思い当たる節がないのも無理はなかった。立派なヒゲと長い眉毛は真っ白で、頭髪は綺麗さっぱりしたもんだった。見事すぎるヒゲを見て「頭にいけばいいのにな」とすら思った位だ。その想いが伝わったのだろうか?ニールは幼いロイの髪に髭を乗せ「カツラ」とか「ロン毛」とか言って遊んでくれた。

(『ろんげ』ってなんだろな?)

 記憶と共に謎も蘇った。ま、そりゃともかく。

「じーちゃん、そんなカッコよかったのか?」

「そうよー?おまけに頭も良くてね、錬金術でアタシが産まれたってわけ」

 端折ったのか、あっという間にドラゴが誕生した。じーちゃんの錬金術のせいらしいが、

こんなもん誕生させてどうする気だったのか問いただしたい気持ちでいっぱいだった。

「で、ニールと一緒にマンドラゴラの大量生産を成し遂げたのよ。で、大儲けしたんだけど」

「ちょ、ちょっと待て。色々といいか?」

「どうぞ?」

 その一、なんでお前を作ったのか。なんの意味があるというのか、喋るマンドラゴラに。

「栽培をしたかったんだけど、凄く難しいのよ。マンドラゴラって」

「へぇ?うちの畑は無限に生えてきてる感じだけどな」

「ニールに感謝しなさいよ?この土地を探し当てるのに苦労したんだから」

 なんでも、マンドラゴラの成長には魔力が必要らしく。ウッド家の有る土地は魔力の溜まり場であるらしい。敷地の中で最も強力な場所に畑を作り、立派なマンドラゴラ農家になったという。

「で、なんでお前が必要なんだよ?」

「こう考えたのよ、『育て方が分からないなら、直接聞けばいい』って」

「は?」

 突飛な答えに、ロイから発した事のない声が出た。直接聞く?そっちの方が大変じゃないか?

「ニールはねホムンクルス、っていうの?擬似、違うわね、模擬生命ってところかしら?錬金術と魔術の粋を集めて、新しい生命体を作ったのよ」

 ポカンと口を開けて見つめるよりない。え?どういうこと?ジョサイアもクチバシが開いている。

「模擬生命を生み出す技術を、マンドラゴラに応用して。なんていうのかしら、こう……擬人化、っていうのかしら?野菜だったアタシを、アンタ達みたいな生物に改造したっていうの?で、知性と運動能力を手に入れたのがアタシ、ドラゴ様ってわけ」

「栽培方法聞くために?その為に???」

「そうよ?頭良いわよねー」

(そうか!?)

 突飛すぎる答えにロイとジョサイアは呆然とするしかなかった。

 じーちゃんの奇行はさておき。その二、錬金術ってなんだ。

「それね、アタシもよく分からないんだけど。その辺の石ころがあるでしょ?それを金に変えたかったんですって。石は石でしょ、バッカみたいよねー!」

「えぇー……」

 その辺の石ころ全て金にできたら、確かにボロ儲けできる。が、それが可能になれば必然的に金の価値が下がるので、そんな良い話でもねぇな、とロイはそんな皮算用をしていた。

「あとは賢者の石だっけ?ま、ニールはマンドラゴラの栽培がしたかっただけだから」

「おぉ、それなんだけどよ」

 その三、なんでそんなマンドラゴラにこだわるのか。

「それがね」

 神妙な空気を醸し出したので、思わず二人も固唾を飲んでドラゴを見つめる。

「好物だったのよ、ニールの」

 ロイは椅子に突っ張っていた手が滑って、顎をテーブルに強かに打ちつけた。あまりの痛みに暫く悶絶していたが、落ち着くと腹の底から叫んだ。

「なんだよそれ!?好物!?」

「そうよ?身体にいいし、高く売れるってのもあったけど。好物をたらふく食べたい、当たり前の話よねぇー」

 今までの話を総合して、じーちゃんが本当に頭のいい人物だったかどうかが怪しくなってきた。心なしかジョサイアの顔も呆れているように見える。

「俺が言うのもなんだけど、多分バカなんじゃないか?紙一重で」

「ニールは天才よ!」

 しょうもない争いはさておき。その四、大儲けしたって。

「アタシからの質問なんだけど」

「おぉ、いいぜ。なんでも聞いてくれ」

(答えられるかは別だが)

 椅子に座り直すと、キリッとした顔でドラゴと対峙した。

「アンタ、ニールの子孫で良いのよね?あのアルとバートってエンジェル達も」

「おう、子孫だ。俺は孫で、あいつらはひ孫だな。エンなんとかは知らん」

 偶にドラゴは変な言葉を使う。耳慣れない言葉だが、野菜の言葉だろうか?

「なんでこの家、こんな落ちぶれてんの?お手伝いさん、いっぱい居たじゃない?」

 ロイと、ジョサイアは互いに顔を見合わせた。

「なんで、って……なぁ?」

「ムーーー」

「儲けたはずよ?魔法石なんか山ほど買えたのに。それがパンも無いとか、どういう事よ?」

 怒り心頭といった体で腰に手を当て仁王立ちしている。……腰??

「別に、俺が子供の時もそんな潤ってた覚えはねーんだがなぁ……」

 確かにジノリ各地に別荘を持っていたりしたが、そんなに裕福であっただろうか?今は確実に貧乏だとは思うが。

「ジェシーが言うには『クリス様の代はそれはそれは華やかでした』って。誰よ、クリスって」

「あぁ、俺の兄貴だ。アル達の父親さ」

 じいちゃんの代で大儲けし、ロイの親の代は辛抱したのだろう。で、兄はパーっと使ったらしい。アルとバートはお金持ちの通う名門校へ通っていたし、精算時の財産目録にロイの知らない別荘が増えていた。挙句、借金まであったのだから間違いない。足し算引き算が出来なかったようだ。

「なるほどね、そう言う事。でも売ってんでしょ?マンドラゴラ」

 その五、今更だけども。

「今更だけどよ、良いか?」

「なぁに?」

 一口茶を啜ると、ロイが本当に今更な事を言った。

「マンドラゴラって、何?」

「あ?」

 今度はドラゴが変な声を発した。

「アンタね、まさかと思うけど……」

「ニンジンの一種だろ?他にもあるじゃねぇか、『うさぎまっしぐら』とか。品種名だよな?」

「ムー…………」

 ジョサイアとドラコがその場で崩れ落ちた。「何?どうしたお前ら」とおろおろしていると、ドラゴが一喝した。

「この痴れ者がっ!!」

「うるせーな、お前まで痴れ者とか言うな!泣くぞ!?」

 昨日の今日なので、本当にロイは泣きかけた。根菜に凄まれたところで、知らんもんは知らんのだ。

「いい?マンドラゴラはね、それはそれはアメイジングなマジックアイテムなのよ!?」

「あめ……まじ……?」

 ジョサイアの鳴き声以上に解らない。耳に手を当て「なんて?」と身振りで聞き返した。

「これはね、魔法の野菜なの!魔力の塊なの!おまけに様々な魔法薬の基になる、それはそれは貴重な物なのよ!?」

「へー?」

 だいぶ噛み砕いてくれたが、やっぱり解らない。魔法薬、ねぇ?お腹が痛い時に飲む薬と何が違うのか、ロイにはさっぱりだった。

「延命長寿の効果もあるのよ。ジェシーを見なさいよ、毎日食べてたから無駄に長生きしてるでしょ?」

「おぉ、確かに。毛艶もいいし、若いよな!」

 その前にフォルムが普通のニワトリではないが。

「で、さっきも言った通り。天然で生えてる事は稀で、栽培ともなれば奇跡に近いのよ」

「そういや、じーちゃんはどこから手に入れたんだ?」

「お師匠様から貰ったんですって。でも、お腹が減って食べたら美味しかったとか」

 話を聞けば聞くほど、やっぱりダメなじーちゃんじゃなかろうか。

「痩せてるけど、いつも売りに行ってるじゃない?儲けてるでしょ、一本三十万ノーブル?いくらで売ってんのよ」

 値段を聞いてロイは吹き出した。三十万?あの不気味な細くてちっちゃいニンジンが?毎日カゴいっぱいに売っているが、ドラゴの言う通りなら今頃兄を凌ぐ豪遊っぷりを見せられるかもしれない。

「オイオイ、バカ言ってんじゃねぇよ!そんな値段じゃ誰も買わねぇよ。一本て、五本で百ノーブルだぜ?」

 ちなみに、ロイが若い頃に一ヶ月間働いて得られた給料が八万ノーブル。借りていた部屋の家賃が三万ノーブル。その頃を思い出して、さらにロイは笑った。肉体労働で得られる以上のお金が、あれ一本で得られる?んなアホな。

「ないない、そんな価値ねぇって!お前、金庫に閉じ込められておかしくなったんじゃねーか?」

「何だと小僧!?愚弄する気か!!」

「ムームーーー!!」

 語気が荒くなったドラゴを宥めようと、ジョサイアが間に入った。

「ムームームムーー!」

「えぇい、黙れジェシー!」

「あ、このヤロー!ジョサイアに乱暴したらタダじゃおかねぇぞ、ホラ吹きドラゴが!」

「むきぃいいいいい!!」

 混沌として来たところで、回復したバートが現れた。やはり、手には酢漬けが山と盛られたボウルを持って。

「何してんの?喧嘩なら警察呼ぶよ?」

「警察はもう結構です……」

 昨日の事なのでハッキリと思い出して、小さく震えていた。数時間とはいえ、よっぽどこたえたらしい。

「バート様、お身体の調子はよろしいのですか?」

「うん、もういいよ」

「あら、来たわね?エンジェルその一」

「えん……?」

 何を言ってるんだという顔でロイを見つめたが、ロイもさっぱりだったので肩をすくめて両手を上げるしかなかった。

 その六、バートに関わりがある話ってのはなんだ。

「と、いう訳なんだよ」

「へぇ、ひいじいちゃんって魔法使いだったんだ」

 椅子に座ると膝の上にジョサイアを抱え、ぽりぽりと酢漬けを食べ出した。

「そーなの。ニールって言うんだけど、そっくりねぇー!素質あるわよ、アンタ」

 しげしげとバートを見つめると「見事な赤よねぇ〜」と感慨深げに呟いた。素質と髪の色の濃さが関係あるのだろうか?

「で、『関係のある話』ってのはじーちゃんの事か?遺伝とかそういう?」

 ロイは疑問をぶつけてみた。すると「うふふふふ」と薄気味悪い声で笑い出し、バートにビシッと指を刺した。行儀悪いぞ。

「アンタ、毎日アタシのダシ飲みなさいよ。そしたらあっという間に身体が良くなるから」

「だし?」

 二人の声がシンクロした。嫌な予感しかしない。だし?ダシ、出汁。聞くのも怖いが、バートの身体の為となれば仕方ない。

「一応聞くけどよ、ダシって……あの出汁か?」

 すると、より一層甲高い声で「をほほほほっ」と笑った。

「出汁、ったらアレしか無いじゃない!要はアタシの煮汁よ!!残り湯よ!!」

(やっぱりか!!)

 ロイとバートはこれ以上にない苦い顔をした。これの出汁、いや煮汁。残り湯……ドラゴにとって「出汁を取る」とは入浴という認識らしい。「出汁」と「残り湯」では雲泥の差、そこは嘘でも「出汁」って言っておけよ。

「何よ、栄養あるんだから!!アタシの価値を知って腰抜かすんじゃないわよ!」

「腹壊して終わるわ!不健康の素じゃ!!」

 必死に抗議するロイを他所に、バートは真剣に悩んでいた。いや葛藤していた。

(アレの出汁、アレの煮汁、アレの……残り湯……?)

 飲めば健康な身体が手に入る。毎日、いつまで飲むのか……でも健康な身体は欲しい。そして魔法使いとしての素養があるなら、例の学校へ行くのも夢じゃない。資金以外は。となれば、答えは一つ。

「オレ……飲むよ。ドラゴさんの、のこ出汁!!」

 インパクトがありすぎてうっかり「残り湯」と言いそうになったのをどうにか堪えた。おそらく出汁と言い聞かせている最中だろう。バートはぶつぶつと呟いていた。片やロイは甥っ子の決意に愕然としていた。「悪魔に魂を売る気か!!」とすら言い出す始末だ。が、ドラゴは嘲笑するとーー

「よかろう!明日から欠かさず飲むがいい!!そして小僧、貴様には農業指導だ!!」

 ビシッとロイを指した。

「なんだよそれ!?何で俺まで!?」

「いずれ向こうーー魔法学校から接触があるだろう。となれば即入学、そして金がかかるのでな!良いマンドラゴラを作り、売るのだ!さすれば道は開かれん!!」

 芝居がかった調子で叫ぶと、両手を広げ天を仰いだ。バートは「魔法学校」という単語に驚き、ロイは、あんぐりと口を開けて見守っていたがーー

「わかったよ、可愛い甥っ子の為だ。やったろうじゃねぇか!!魔法学校……は、なんかよくわかんねーが!!金になるなら!」

「オレも耐えるから!一緒に頑張ろう?叔父さん!!」

「ちょっと!『耐える』とは何よ、『耐える』とは!!」

 そうこうしていると「あ、こんな所にいたー」と間延びした声が聞こえた。学校から帰ってきたアルが中庭へとやってきた。

「なんだ、もうそんな時間かよ。晩飯の準備だ、ほら撤収!」

 気づけば日が沈みかけている。肌寒いので、一同はロイの命令一下、銘々にボウルやらカップを手に家へと入った。


「ほほう、あれはまた見事な赤髪ですなぁ!」

 敷地内の一際大きな木の枝に佇む、丸っこいシルエットはそう呟くと「ポポー」と一声鳴いた。嬉しさの余りヘッドバンギングまでしてしまった。この地に来てから四十年、初めて目にした赤髪の人間。仲間内ですら「生きてる間に会えればいいけどねぇー」ぐらいに言われている魔法使い候補の登場だ。喜びを爆発させない奴はいない。現に今、ハトのポップは興奮している。

(急ぎ魔法使い候補の存在について報告しなくては!)

 ポップは鼻息荒く羽根をひろげ、警察署へと飛びたっていった。

 

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