第6話 バート。

「やだなぁ、これ干すの」

「仕方ありませんぞ、ロイ様。さ、干しましょう」

 洗濯物を手に、心底嫌そうに見つめるロイ。その手にあるのは、白と黒のシマシマ囚人服だ。迎えに来たはいいが、アル達は服を持っていなかった。警察には替えの服がある筈もなく、全裸で帰す訳にもいかず「よかったら」と貸してくれたものだ。お陰で家までの道のりを、囚人服で歩くという、無罪にしては重い罰をくらったのだった。街ゆく人の視線が痛いのなんのーーそんな訳で、ロイとしてはさっさと突っ返したかったが、年少組に窘められ洗濯して返す事になった。

「明日返しに行くか、めんどくせぇー……」

「学校に行く時に持って行こうか?」

「あぁ?いいよ、どーせ明日市場に行くし。お前こそ熱はもう良いのか?」

「大丈夫そうだよ」

「そうか、そりゃ良かった」

 昨日の夜、疲労が出たのか。バートが熱を出してしまった。学校を休んで、今は落ち着いたのか、ロイの手伝いをしている。

「でも市場に行ける?ホラ、あれ」

「あー……どういう事だ、こりゃ」

 二人の視線の先には、真っ茶色の畑が広がっている。いつもならマンドラゴラの葉が生い茂っているというのに。見事に畑の土が剥き出しになっている。植えたつもりも無いのに勝手に生える、鬱陶しいあの根菜が。収穫してもやっぱり生えてくる、脅威の生命力のあのマンドラゴラが。

「一昨日のアレのせいじゃない?」

「あんな事ができるとは、驚きましたなぁ。そういえば、何処に行ったんでしょうな?窓に貼り付いたマンドラゴラは」

「確かに、どこ行ったんだろうな?」

 ジョサイア曰く。あの夜、ドラゴが部屋を出たのを追うように、外のマンドラゴラが移動したという。そして翌朝、外を見れば綺麗さっぱり消えていた。

「食ったんじゃねぇか?あのバケモン」

 太々しくテーブルの上でスライスを齧る姿を思い出して、一同が笑ったーーその時だった。

「……そうかもしれないよ」

「あん?」

 バートが神妙な顔で、口の前で人差し指を立ててみせた。静かにしろ、という事らしい。耳を澄ますと、何かが聞こえる。微かだが家の方から、だ。一同は顔を見合わせると、手早く洗濯物を干して玄関へと走った。ここまで来ると、聞き取れるぐらいの音量になった。これはーー

「歌、か?」

「歌、でしょうなぁ?」

「封印したんでしょ?」

 うんざりした表情で扉を見つめる一同の周囲に漂う歌声。聞き覚えのある、この美声。ロイによって再び地下金庫へ封印されたハズの、アイツの声だ。揃って溜息をつくと、その場にへたり込んだ。その間も歌声は響く。

「囚われのアタシ〜、可哀想なアタシ〜〜〜、暗く冷たいぃ〜金庫の中ぁああ〜〜〜」

 最後の方は見事なビブラートを効かせている。歌唱力も無駄にあるらしく、ふざけた歌詞が惜しかった。

「絶対食ったな、ありゃ。地下室の金庫の中からだぞ?どーなってんだよ、この声量は!!」

「止めなくていいの?近所から苦情こない?」

 バートの疑問にハンっ、と鼻で笑うと「こねぇよ」と横になった。

「お化け屋敷だからなー。変な歌が聞こえるぐらいフツー、フツー」

 尻を掻き、あくびをし「あーもー、やんなっちゃうなー」と大の字になった。玄関の前で。

「でも、放置はできませんでしょう?」

「うるさいし」

「だよなぁーあーかったりぃーーーけどやるかーーー」

 なんの抑揚もなく、だるそうに言い放つと、むくりと起き上がった。暫く遠くを見つめて、ぽそりと「いっそ家ごと焼くか?」と呟いた。放火も罪だ、と伝えると溜息をついて立ち上がった。バート達も続く。歌声はまだ続いている。

「なんの罪が〜〜〜あぁ〜美尻が〜美尻が罪ぃ〜〜〜」

「ひでぇ歌だな、おい!!苦情よりも俺らの評判に関わるわっ!」

「とにかく地下へ参りましょう、ロイ様。気になる事がございまして……」

 難しい顔をして、腕組みをしている。今、一番頼りになるのはジョサイアだ。大人しく指示に従う事にしよう。心底行きたく無いけど。

「じゃ、開けるぞ」

 勢いよく扉を開けると、更に歌がよく聞こえた。というか煩くてかなわない。「閉めろ閉めろ!!」と叫んだが、戸口のバートには聞こえないらしい。会話は諦めて、バートを押し除けてバタンと扉を閉めた。皆揃って耳をおさえる程度にはうるさかった。

「うるせぇぞ!!今行くから黙れ!!」

「いやぁあああああ〜〜〜白馬の騎士様ぁ〜〜〜、やっと迎えに〜〜〜」

「やかましわっ!!!」

 そこでピタリと歌は止んだ。


 そして地下室までやってきた。一昨日はドラゴの捕獲の為に点けなかったが、地下室には灯りがあった。壁にスイッチがあったが、指を鳴らすとあかりが灯る、という代物だったらしい。ジョサイアから聞いて、暫く指を鳴らしてつけたり消したりして遊んでいた。「おー!すげぇ!!」とはしゃいでいると、金庫から声がした。

「なに?なんなのよ、早く出しなさいよ!!いつまで閉じ込めておく気?マイハニー!」

「一生だ、ばーか。なんだその『まいにー』ってのは」

 小競り合いをはじめたロイ達は放っておいて、バートはジョサイアに尋ねた。

「で、気になる事って?」

 ジョサイアは金庫の周りを何周もし、しつこいくらいに仔細を観察した。目が悪いと言っていたのは本当らしく、近づいたり離れたりして、絶妙な距離を見つけては「ほほう」と唸っていた。

(老眼、かな?)

 アルの手により、居間に年代物のメガネが飾られていたのを思い出した。後で改造してムーさん用眼鏡を作ってあげよう、ツルを半分に切ればどうにか、と思案していた時だった。

「やはり!!ロイ様、ロイ様っ!!」

 ジョサイアが叫んだ。

「ん、どした?」

「あ!ジェシーね!!アンタ余計なこと言うんじゃ無いわよ!?冷凍魔法装置が正常にうごかなくて、精々閉じ込めるしか出来ないって!」

「……でございます。あとはーー」

「魔法石を新しくすれば冷凍魔法が復活して、アタシが冬眠するから早速石を買いに行きましょう、とか言ったら許さないからねっ!?」

「……行きましょう、ロイ様」

 ほぼ全部、金庫の秘密をドラゴが喋った。「ぁーーー!!」と中から甲高い悲鳴が聞こえたが、もう遅い。ロイは勝利を確信し、高笑いをした。魔法石があれば!この化け物を黙らせる事が!!こいつぁ早速買いに行かないと!

「でも、さ。すっごく高いんじゃないの?魔法石って」

「あー?こんなもんに使われてんだ、普及してんだろ。安いもんなんじゃねーのか?」

「見たことある?ここ以外で。さっきの灯りとかさ。居間はランプ使ってるじゃない」

 そういえば、とロイは首をかしげた。さっきも、珍しがってここの照明をおもちゃにしたばかりだ。つまり、この金庫と照明の方がおかしいのだ。

 ロイは金庫を仔細に観察した。ダイヤルの真ん中に大きな石が嵌め込まれている。どうもこれが魔法石らしい。その辺に落ちてそうな石っころだ、と思って眺めていると「昔は透き通った、水色の石で。まるで宝石のようでした」とジョサイアが呟いた。宝石、と来たか。

「そういえば言ってたわね。『大枚叩いて開発した』とかなんとか」

「大旦那様が紙の束をバサバサしておりましたな、確か」

 ジョサイアが言う「大旦那様」とはロイの祖父の事だろう。ロイの両親が札束をバサバサしていた記憶は一切なく、むしろ倹約家だった。ロイは祖父の記憶を辿ってみたが、さっぱり思い出せない。ただ、わかった事が一つある。

「つまりーー金が掛かるんだな?高いんだな!?」

 今度はロイが悲鳴をあげた。

「金の話ばっかりじゃん!もーやだよーーー!!身売りでもしようかな、ちくしょー!!」

「ロイ様、お気を確かに!!」

「え!?じゃあアタシ買う!はいはいっ!買うっ!!」

 地下室は混沌に包まれた。一人はやる気を失い、一人はひたすら狼狽え、一人は欲望に我を失いーーバートは頭痛がしてきたので、そっとその場を離れた。


「魔法石、か」

 ソファに横になると、一人呟いた。魔法が「宿った石」なのか、はたまた「宿らせた石」なのか?長い年月を経た石には、不思議な力が宿るという。魔法石とはそういった類のものだろうか?どこかの坑道で発掘、となれば無理だが……後者であれば、バートにアテがない訳ではなかった。

「魔法使い、なのかな」

 「魔法使い」と呼ばれる人種はこの世に存在するが、その数は少なく、それぞれ国の要職に就いているか、厳しい監視下に置かれている。味方であれば頼もしく、野放しにするには危険な存在、という認識だ。実際、一人で軍隊を相手にできる、恐れられる存在なのだ。その特徴として「赤い髪」と「金の瞳」の二つがある。

 バートは真紅の髪をしている。長い前髪は、金の瞳を隠すための手段だ。アルと同じ金髪碧眼だったが、突然に発露したのだ。お陰でロイと再会した時には「グレたのか!?」と心配されてしまった。グレた覚えもないバートは「ひょっとして魔法使いなんだろうか?」と漠然と思っていた。

「魔法使いなら作れたりするのかな?でも、方法が……」

 魔法に関する知識もまた秘匿されている。学ぶ為には魔法学校に入学するのが一番だが。

「ま、無理だよな」

 身体が弱く、普通の学校にすらまともに通えないのに、だ。噂では見込みがある人物には魔法学校から勧誘がくるらしいが、なにぶん事例が少なすぎて都市伝説での域を出ない。仮に入学できたとして、さきの理由で続ける事は難しそうだ。

「なんもないなぁー……」

 頭に濡らした手拭いを載せて、冷んやりとした感触を感じているうちにバートは眠りに落ちた。


「あら?あの子は?」

「あ?そういや、バート何処行った?」

 最高にくだらない言い争いがやっと止んだ。すると低いトーンでドラゴが提案した。

「話がある。ひとまずここから出せ、小僧」

 真面目な雰囲気に金庫の取っ手に手をかけたが、怖くなって一旦止めた。

「罠じゃねぇだろうな?」

 一昨日の記憶が蘇り、手がかすかに震えた。コイツに絡むとろくなことがないことを学習してしまったようだ。

「真面目な話だ。騙し討ちなぞせんわ」

「ふーーーん?」

「ムームー」

 バートの訳がないため何を言っているかわからないが、どうやら今回はドラゴの味方らしい。金庫の取手をぺしぺし叩いて「開けろ」と促している、ような気がする。

「じゃあ開けるからな、ジョサイア!」

「ムー!!」

 かくして、一日ぶりにドラゴは野に放たれた。が、閉じ込められたせいなのか色が紫がかり、足元がおぼつかない。二、三歩歩くとよろめいたので、ロイは咄嗟に手で受け止めた。

「おい!大丈夫か?お前!!」

「やーん、ずっとこうしてたーい」

 手の上でゴロゴロしながら不気味な欲望をぶちまけた。あまりの気持ち悪さに手を離すと「ぷぎゃ!?」っと悲鳴をあげて地面に落ちた。

「やっぱ罠かよ!?」

「冗談だ、小僧」

(よくわかんねぇヤローだな)

 猜疑心丸出しの目でドラゴを見つめた。なんだ?何を企んでやがる? 俺の尻ならやらんぞ!?だが、ドラゴの反応は意外なものだった。

「昔話だ、ウッドの子孫よ。そして赤毛の小僧にも関わる話だ」

「……聞かせろよ」

 本当に真面目な話らしい。金庫の上にドラゴを乗せると、ロイも適当な桶があったのでひっくり返して椅子にした。さて、一体どんな話だろうか?

「あ、でも場所が悪いわぁー……外でお茶しながらにしない?中庭とか!」

「わーったよ!サンドイッチも作ってやるよ、チクショーめ!!」

 真面目に聞こうとした分、ドラゴの態度の落差に桶からずり落ちた。素早く立ち上がると、ロイはドカドカと足音を響かせて台所へと向かった。お茶会の準備の為に。

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