第5話 叔父さんと、不慮の事故。

「なんでこうなった」

 ロイは牢獄にいた。白と黒の横縞の囚人服を着て、だ。

「あのー、看守さん?ちょっとー?」

 食事が入っていた金属製の器を鉄格子にぶつけて音を鳴らすも、チラリと一瞥はしてもすぐに視線を逸らす。取り合う気は無いらしい。

「冤罪だー!俺は何もしてねぇ!!出せー!!」

「ピーピーうるせぇぞ、新入り!」

 先輩からお叱りの声を頂戴してしまった。新入りになりたくてなった訳じゃねーや、とジメジメする牢獄の、粗末なベッドの上に座り込んだ。

「なんでこうなった……」

 牢獄の手の届きそうに無い高さの、窓らしき物を見上げる。じわりと涙が出てきた。

「こんな所で終わるのか、俺は……」

 膝を抱えて弱音を吐いていた。陽気なポジティブ思考な、能天気な男がだ。なぜこうなったのか、時を戻そう。


 ガンガンと音がする。何の音だろうか?半分夢の中にいたロイは、靄がかかった思考で音の正体を探った。これは、そうだ!ドアを叩く音だ!!こんなに強く叩くとは、余程の急用だろうか?それに誰も出ないとはどういう事か?疑問が次々と浮かんだが、一つの結論に至った。

「あ、そうか。アイツら学校行ったのか」

 今日は学校の日だ。この家にいるのは今、ロイとジョサイアだけ。

「ジョサイア、玄関は開けられねーもんなぁ」

 くっついた目を開けて、よっこらしょ、と立ち上がり玄関へと向かう。昨日のドラゴとの死闘で疲れ果て、廊下で睡魔に負けたらしい。硬い廊下で寝たせいで節々が痛む。が、ドアはなおもガンガンと音を立てる。苛ついているのだろうか、その音が段々早くなってきた。ロイは痛む身体でヨロヨロと、それでも一生懸命に向かっている。それなのに、急かすように鳴り続ける音に段々腹が立ってきた。

「はいはい、今出ますよ!!開けますよ!!」

玄関に辿り着くと、ジョサイアがオロオロとしていた。開けたくても開けられなくて困っていたのだろう。ロイを見てもまだオロオロしている。それどころかーー

「ムー!ムーーー!?」

「ん?どうした?今開けるって」

 より一層激しく鳴き出した様だが……それよりも煩いドアの方が気になったので、一気にドアを開けた。

「はい、どちらー」

「この……痴れ者がぁっ!!」

 どちら様でしょう、を言い切る前に頬に今までに無い衝撃を喰らった。あと、乾いた「パーン」という音も。

 で、今。牢獄に居る、というわけで。ロイにしてみればさっぱり訳がわからない。

「なんだったんだ、ありゃ……」

 頬に手をやると、痛みが走った。おぼろげだが、綺麗な赤毛のメガネの人物が居た気がする。ロイを見るなり、目を見開いて、その直後に頬に衝撃。そして「パーン」。察するに、どうも平手打ちを喰らったようだ。それも相当強烈なやつを。でも何故だろう?

「そういや『痴れ者がぁっ!!』って怒ってたなぁ?」

 メガネの人物は女性だった。ちなみに、非モテのロイにそんな女性の知り合いはいない。誰だ?考えれば考えるほど謎が増えるばかりだ。痴れもの、ロイが馬鹿なのはいいとして、初対面で痴れ者呼ばわりはどうだろう?一体何がーー

「あ?待てよ???」

 もう一回、時を戻そう。何か思い出しそうだ。


 ドラゴとの決着をつけようとした地下室での事だ。ドラゴの夜目が効かない事を見抜いたロイは、カカシを身代わりにする作戦を思いついた。が、人形と見抜かれないために策を講じた。服を着せたのだ、自分の服を。匂いで偽装の強化を図った訳だが、結局人形の後ろに本人が居るのだから無用だったかもしれない。今にして思えば。

「待てよ、服を……脱いだ?」

 そうだ、ロイは服を脱いだのだ。なぜか、ご丁寧にパンツまで。その後、ドラゴを撃退。床で倒れて寝落ち、て事は。

「て事は、だ。て事は、だ!!」

 ロイはまたしても全身の血の気が引いた。無自覚とはいえ、全裸で女性の前に出たのだ。そりゃ平手打ちも喰らう訳だ、なるほどねぇー!

「そりゃマッパの男が出てくりゃ、『痴れ者』って言うわ!」

 謎が綺麗に解けた。なるほどねー、全裸で!そりゃ捕まるわ!!じゃぁ仕方ねぇや、とロイは膝を打って大笑いした。が、少し沈黙すると今度は大声で叫んだ。

「仕方なくねぇ!!出せぇ!家族を呼んでくれー!!」

「うるせぇっつってんだろ、新入り!!」

「うるせぇっていうお前がうるせぇわ!黙れ犯罪者!!」

 ロイと先輩方とで口論が始まった。「お前の方がうるせぇんだよ!」と、子供の喧嘩のような。

「うるせぇぞ!お前ら全員犯罪者だろうが!!」

 今まで何の反応も示さなかった看守が声を荒げた。至極真っ当な一喝だが、ロイは抗議した。

「俺は全裸で女性の前に出ただけだ!こいつらと一緒にすんな!!」

 一瞬、静寂が訪れた。が、監獄がざわついた。そこかしこから「変態だ」と聞こえてきた。おかしいな、絶対他の囚人の方が重罪そうな筈なのに。

「くそー……さっさとこんな所おさらばしてぇ……」

 ロイはまた膝を抱えて、ベッドの上で縮こまっていた。


「という訳です、だって」

「えー……」

 兄弟揃って家に帰ると、ジョサイアが玄関で待ち構えていた。慌てふためいた様子でただならぬ雰囲気に、何があったのか尋ねると事の顛末を教えてくれた。予想だにしない出来事に二人が放心していると、見知らぬ女性が奥から現れた。

 この女性はカーライル家の侍女で、部屋を借りる事になったので挨拶に来たらしい。ところが、全裸の男が現れた事で事態は一変。平手打ちにしたところ気絶、変質者として警察に引き渡したという。

「そうですか、アレがロイ・ウッド」

「はい、僕らの叔父です。あの……お名前は?」

 アルに任せると話が進まないので、バートが対応している。オレンジの様な赤毛を頭の後ろでお団子状に纏め上げ、大きなメガネをかけた女性は「キャス」と名乗った。

「貴方は、バート・ウッドさんで間違いない?」

「はい、バートです」

「では、あの方がアル・ウッドさん?」

 キャスの視線を追うと、お茶を運んできたアルがいた。バートは頷いて質問に答えた。テーブルにティーカップを置きながらアルが口を開いた。

「叔父がすみません。そそっかしくて……」

(そそっかしい、で済ますな)

 猥褻物陳列罪は立派な罪だ。それを「そそっかしい」とは、兄の感性が未だにつかめない。にしても、叔父さんはなぜ全裸でいたのかまるでわからない。

「ムーさん、何か知らない?」

 ジョサイアを抱き上げて尋ねてみるが、全裸の理由は何も知らないらしい。申し訳なさそうに首を振っている。その様子を不思議そうにキャスは見つめていた。

(ムーさん?聞いていないぞ)

 訪ねてきた時からキャスは、この存在を不思議に思っていた。帰ろうとすると必死に食い止めたぬいぐるみの様なコレはムーさん、なのだろう。動いてムームー鳴いているが……しかもニワトリの様だが、羽根の動きが通常のそれとはまるで出鱈目だ。ぬいぐるみでない以上、納得は出来ないがこれは生物だ。そう思うことにした。

 キャスの掴んだ情報によれば、この家には三人の男が暮らしているという。一人は金髪碧眼の美少年アル・ウッド。キャスの主のミランダ・カーライルの婚約者候補だ。もう一人、赤毛の少年のバート・ウッド。アルの弟で、病弱で滅多に外に出ないという。今日は体調がいいのか、揃って外出していたようだ。そして、ロイ・ウッド。四十手前で独り者、日々マンドラゴラという怪しげな野菜を売っているという。全裸で出てきた変態。

「そういえば、ドラゴさんはどうなったの?」

(ドラゴ、さん?)

 アルの口から出た、新たな人名にキャスが問いかけた。

「その、ドラゴさん、というのは一体……」

「でっかいマンドラゴラで、喋って動くんです。しかも凄く強いんです」

 ジョサイアとの会話に専念していたら、アルが余計な事を言い出した。ほらみろ、事情を知らないキャスは変な顔をしている。

「はい?」

「だから、ドラゴさん」

(もうやめろ!頼むから!!)

 益々キャスの表情が歪む。茶色の瞳はじとっとアルを見つめている。意味不明な事を屈託なく話すアルは、きっと奇っ怪な人物に映ったに違いない。順を追って説明しないと混乱を生むので、考えながら喋っていたというのに。バートは髪の毛をかきむしった。

「アル様の言う通り、ドラゴ殿に聞いてみましょう。きっと地下の金庫の中です、バート様」

「ドラゴさんに聞こうよ!ね!!」

 キャスは悩んでいた。本当にこんな所で暮らしていいものか、と。地元で有名なお化け屋敷の住人だけあって奇人変人揃いだ。喋るマンドラゴラだの言い出すアルも、ぬいぐるみの様な謎生物も、それに話しかけるバートも危ない連中にしか思えなかった。まして平然と全裸で出てきたロイも。

 所詮アルとミランダの口約束、反故にして自力で住むところを確保した方がいいのでは?と。だがそれが難しいことも承知している。そこに降って湧いた例の件もあって、ここに住むしか選択の余地はないのだが。

(ミランダ様を路頭に迷わせる訳には。でもこんな奴等の元で暮らすなど!)

 懊悩するキャスの肩を、バートがトントンと叩いた。

「あの……ちょっと変なものが出てきますけど。気にしないでください」

「変なもの?」

 「お前ら以上に変なものがあるか」と言いそうになったがグッと堪えた。話の流れからすると、例のドラゴさんだろうか?望むところだ、見せてもらおうじゃないか。キャスは変な覚悟ができた。

「大丈夫です」

 そう答えると、バートはついてくる様に促した。ジョサイアによれば、ロイは地下から玄関に向かって来たという。恐らく、地下室の金庫に再び封印したと睨んでいる。真相を探るべく、一同は地下室へと向かっていった。が、その途中で。

「いや、本人に聞けばいいじゃん」

 バートが至極簡単な結論に至った。確かに一番手っ取り早い。なぜ早く気づかなかったのか……一同はくるりと踵を返すと、無言で警察署へと向かった。


「来るのが遅いよぉおお!不幸な事故なんだってばぁあああ!!」

 ロイはすっかり牢獄の空気にあてられていた。看守に連れられて面会に来たアル達を見て、うん十年振りに会ったような反応を見せた。情緒が不安定らしく、次の瞬間には怒りに任せて警察官を指差して非難しはじめた。

「人の話聞かねぇしよぉ!コイツらロクでもねぇぞ!?無罪だって言ってんのによー!!」

 無罪、にキャスが反応した。

「無罪って訳でもないでしょ!?全裸で出てきて!」

「追い剥ぎに遭った人だったらどーすんだよ?着たくたって無いんだぞ服が!?助けを求めて全裸で出てきたら、それも犯罪者か!?差別だ、人権侵害だ!!」

「黙れ変態!」

「うるせぇ!!だから誰なんだよお前!!」

 ロイとキャスが口論をはじめてしまった。

「あ?待てよ、見られた俺の方が被害者じゃねぇか!?」

「それはないと思う」

 兄弟の冷静なツッコミで場が収まった。ロイとキャスの証言で、ようやく事情が明らかになった。

「まぁ、事故、ですかねぇ?」

「だなぁ?」

 なんともハッキリしない態度だが、警察の見解は「不幸な事故」の様だ。煮え切らない態度のまま、キャスに意見を求めた。

「まぁ、私もやりすぎた感は否めませんし……もうそれで良いです」

 こうして、ぬるっと無実となったロイは解放された。その帰り道ーー

「で、キャスさんって言ったか。寝ぼけてたとはいえ悪かったよ」

「こちらこそ取り乱してしまって。失礼しました」

 ロイが謝罪の言葉を口にした。キャスもどうやら許してくれそうだ。和解が成立、丸く収まりそうだ。しばらく歩くと「私はここで」とキャスはロイ達と逆の道を指した。

「ごめんね、キャスさん。こんな感じだけど、くれぐれもお姉さんによろしくねー」

「だから違うって」

 誤解を解こうともしないキャスに変わって、バートが突っ込んだ。「え?じゃあ、妹さん?」と、更に訳のわからない事を言い出した。アルの中で、どうやらミランダは三姉妹の末っ子になったらしい。兄の思考に追いつくと、バートは深いため息をついた。

「この度はご迷惑をお掛けしました!!」

 ロイの号令で一同は深々と頭を下げて、キャスを見送った。

「……疲れた」

 こうしてキャスはトボトボと全身から疲労感を迸らせて、主の待つ家と帰っていった。そして入るや否や、泥のように眠ってしまった。

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