第4話 叔父さんと、長い夜。
マンドラゴラ、それは魔法の根菜である。ニンジンをもっと細く、短くした様な姿だ。鮮やかなピンクの根っこから葉っぱは決まって五本生え、丸い黒い穴が三つ、逆三角形の頂点にそれぞれ空いている。目と口に当たり、地中から引っこ抜かれると断末魔の叫びを上げ、絶命する。声を聞いた者も絶命するという。ジョサイアは動物なので例外だったりする。
繰り返すが、これでも根菜。野菜だ。なので、普通に食べる事ができる。現にジョサイアはスライスを、ロイたちは酢漬けにして食べている。酢漬けなのは「生食はするな」と祖父の代からの言いつけを守っての事だ。ジョサイアは以下略。さて、ウッド家の台所では今まさに調理が始まろうとしていた。献立はマンドラゴラ鍋である。
「さーて、芋よーし。肉なーし。ちくしょう、後は何がある?」
「隣のお爺さんから貰った豆ならあるよ」
ニコニコと微笑むアルの手には、山盛りの豆入りボウルがあった。黙々と、どこか楽しそうにバートがさやから出した物だ。
「豆か。よーし、全部ぶちこんで煮ちまおうぜ」
ロイの手にはむんずと掴まれた特大マンドラゴラ。本来なら収穫された時点で絶命する筈だが……
「ちょっと、正気なのアンタ!?離しなさいって!!」
絶命どころか、元気に騒いでいた。規格外の大きさで、葉っぱは三本生えている。手足をバタつかせて大絶賛抵抗中だ。
「うるせぇ!人様の生活を脅かすって事は犯罪なんだよ。夜な夜な薄気味の悪ぃ事ささやきに来やがって……!!」
「なによ!いいじゃないの、いい男が揃いも揃ってんだから!!声かけなきゃ失礼じゃないの!!」
言ってる事は完全に変態のそれだが、「いい男」と言われて悪い気はしない。三人はちょっとニヤッとした。ちょろい奴らだ。
「お止めください、ロイ様!!ドラゴ殿はワタクシの大切な友人でもあるのです!」
「悪いな、ジョサイア……いくらお前の頼みでも、それは聞けねぇ……許せ!」
命乞いをするジョサイアの声も虚しく、まさに煮えたぎる鍋に入れられそうになる、お化けマンドラゴラのドラゴ。まぁ、自業自得なんだけどさ。
「もっとちゃんと頼みなさいよ!!このバカドリっ!!」
ジョサイアがピクッと動いた。ばかどり、バカドリ……馬鹿鶏?
「……塩味がよろしいかと」
サッと塩を差し出した。命乞いしてくれたのに、バカとか言うから……「覚えてろよ、クソドリ!!」と呪詛の言葉を吐くと、「口の悪い野菜だな」「ムーさん可哀想」と非難の声が相次いだ。
「可哀想なのはアタシでしょ!?嫌よ、あんな良い尻に触る事なく死ぬなんて!!」
現在の可哀想加減で言えば、執拗に尻を狙われているロイな気がするが。
「じゃあな、ドラゴ。美味しく頂いてやるから、往生しろや」
(美味しく頂かれるなら良いかな?)という考えが過ったがーー
「舐めるな、小僧。マンドラゴラの中のマンドラゴラ、こんな事で勝てると思うな!!」
今までのオネェ口調からうってかわってドスの効いた声で叫ぶと、ロイの手から脱出した。詳しく言うと、粘液っぽい分泌物でニュルッと抜け出した。気持ち悪っ!!思わずロイも「うわっ!?」っと悲鳴を上げた。当のドラゴはスタッと華麗に着地を決めると、両手をひろげーー
「出でよ、我が下僕達よ!!ここに集い、我が命に従え!!」
なんかカッコいいセリフを吐いた。呆然として見つめる三人の耳には、何かの雄叫びが聞こえた。
「なんだぁ、今の……?」
「外から、だよね?」
「畑のマンドラゴラ?」
三人は発言を総合し、畑のマンドラゴラが一斉に地中から出てきた、と推測した。「まさか」と窓を見ればーー
「ぎゃあああああ!?」
三人の悲鳴が響き渡った。全員、腹からの渾身の悲鳴だ。そこにはびっしりとマンドラゴラが貼り付いていた。無数の黒い目がこっちを見つめている。気持ち悪いにも程があるのに、更に唸り声まで上げて、不快感が止まらない。
「おおおおお、叔父さん!!どーしよう!?」
「気持ち悪っ!」
狼狽える兄弟を他所に、ロイは冷静さを取り戻していた。なんなら薄ら笑いすら浮かべている。これが大人の余裕か?
「俺はな……見えないものはアレだが、見えて触れるもんなら怖くねぇんだよ!!」
ゆっくりとドラゴへと向き直ると、落ち着いた声で言い放った。さっきまで一緒に「ぎゃあああ!」って叫んでたのが嘘のように。
「収穫する手間が省けたぜ。全部捕まえて市場で売り捌いてやる!」
「ほう?威勢がいいな小僧。元気があるのは嫌いじゃない」
二人の視線が交差した。ドラゴとロイの間に火花が見えた、気がする。
「ついでにテメェも売り払ってやる!アルの結婚資金だ!!」
「果たしてそう上手くいくかな?返り討ちにして、尻を撫で回してくれるわ!!」
変態丸出しの宣戦布告を済ますと、ドラゴは一瞬にして姿を消した。素早さが桁違いだ、どの方向にどう消えたのか見当がつかない。
「早っ!」
驚いているバートの上だ!大の字になったドラゴが急降下してくる。
「をほほほほほっ!!ドラゴ・ラヴ・アターック!!」
嫌に「ラヴ」の「ヴ」の発音がいい技名を叫ぶと、顔?の前で腕をクロスした。見上げたバートの鼻梁目掛けてそのまま落下した。「っ!!」と悲鳴を漏らすと、バートは鼻を押さえてその場にへたりこみ、悶絶した。ロイ達もその様につられて、鼻を手で押さえた。ジョサイアはバートに駆け寄ると、戦闘不能と判断して腕で大きなバツを作り「ムーーー!」と一声鳴いた。この勝負の審判か。
「あと……二人!」
更に凄みの増した声で、悪役のようなセリフを吐くと姿を消した。マンドラゴラとかじゃねぇよ、こんなの。
「叫んで注目させてからの攻撃、かぁ……意外とやるじゃねぇか」
「感心してる場合じゃないよ、叔父さん!どーしよう!?」
手早くバートをソファに寝かせると、二人はその側に座り込んだ。
「どうもこうもねぇよ。どうせ、ヤツはこの部屋の中だ」
確かに窓もドアも開閉の音がしなかった。どこかの物陰に潜み、隙をついて襲撃するつもりかもしれない。そう思って部屋を見渡せばーー
「没落した癖にモノ多くね!?」
棚という棚、ちょっとした空間に皿だの燭台だの、よくわからん置き物がこれでもかと置かれていた。確かこの部屋、こんなに物が無かった筈なのに……
「殺風景かなー、って置いてみたんだけど。仇になったねー」
「限度があるだろ!?」
数日後にやってくるカーライル家の令嬢と侍女の為もあったのだろうが、今は格好の遮蔽物。これだけ隠れる場所があるドラゴの有利だ。
「くそっ、どーすりゃいいんだよ!?」
「叔父さんの尻、触らせてあげればいいじゃない」
「絶対に断る!!俺の尻はな、そんな安くねーんだよ!!」
鬼の形相で言われても(て事は、高いのかな?)と、呑気に尻を見ていたーーその時だった。(今、影が揺らいだ様な?)
ロイも不審に思ったのだろう、素早く天井の照明を見上げた。
「野郎っ!照明を狙う気だ!!」
「え!?」
食堂を照らす大きなランプの灯が消されていく。このままでは、部屋は真っ暗闇だ。
「そうだ!燭台!!」
「あ!アル、やめろ!!」
暖炉の上に置かれた燭台へと向かい駆け出した時には既に部屋は暗闇と化しーーー
「ラヴ・ヒップ・アターック!!」
癪にさわる発音で技名が木霊した。よく響く部屋だな、と感心するほどに。暗闇なので詳細が判らないが、多分ドラゴのヒップアタックなのだろう。尻あんのか、根菜のくせに。
が、「ヒップアタック」が何の事かサッパリなロイは「きゅう」という悲鳴、その後のドサっと倒れる様な音から「なんか訳わかんねぇ技が決まったんだろうな」と考えた。審判は暗闇の中、アルの元に辿り着き、肩を叩いたが返事がない。戦闘不能と見做して「ムーーー!」と一声鳴いた。アルの脱落が確定した。
「をほほほほほほっ!あとひとーーーーり!!」
「くそっ!アルまで!!」
奥歯からギリっという音をさせて悔しがったが、アルって大した戦力でも無かったしな。気を取り直して、あの化け物を狩らねば。
(この部屋から出ないとな……)
戦闘不能の二人がいる部屋で暴れては、被害が拡大する恐れがある。倒れたアルを踏んづけるとか、ドラゴが手当たり次第物を投げようものなら二人に当たりかねない。防戦に徹するより他がない。目が慣れる頃にはやられる可能性もある。壁伝いに移動すればドアに辿り着けるが、ドアで待ち伏せの可能性に思い至った。
(ここまで計算づくかよ、あの変態)
音は出せないので、心の中で舌打ちすると、ふと窓の方に視線を向けた。するとどうだろう?マンドラゴラの目が光っている。やっぱりピンク色に。どこまでも気持ち悪いな、こいつら。
(て事は、やつの目も?)
見回してみると、暗闇の中に特大のピンクの灯りが二つ並んで灯っていた。ヤツだ!!そしてその場所は暖炉の上、アルが倒れた場所だ。しかしーー
(見えてる、よなぁ。防ぐものもねぇし、万事休す、か……)
位置が特定できても対抗手段がない。完全にお手上げ状態だ。無意識のうちに尻を庇った、その衣擦れの音で捕捉された。そう、ドラゴは見えては居なかったのだ!ただ光るだけで、夜目は効かなかったのだ!!
「ゲッツ・マイ・スィート・ピーチ!!」
意味不明な事を叫ぶとロイの顔目掛けて一直線に飛んできた。なんという跳躍力!二つの光点が一瞬で目の前に!!
「あぶねっ!?」
ギリギリで躱すと、ミシッという音がした。恐らく壁にめり込んだのだろう。高威力過ぎやしないか?と抗議した。
「テメェ、俺を殺す気かっ!?」
「真剣勝負に手加減無用!」
「あぁ、そうかよ!んじゃ、こっちも手加減しねぇからな!!」
一気に壁伝いにドアまで辿り着き、部屋を抜け出した。廊下を走って逃げるその背後で「をほほほほっ!」という奇声がする。部屋を出たものの、これといった妙案は無い。このまま朝まで鬼ごっこも御免だ。身がもたない。
(アルの言う通り尻ぐらい触らせてやれば良かったか?)
後悔したが(どうせなら若いおねーちゃんに触られた方がマシだ!)と頭を振った。おねーちゃんにモテた試しのない人生だったが、かといって変態にモテたくはない。プライドを持て、ロイ!生きてりゃモテる日が来るかもしれないよ!!知らんけど!
当てもなく逃げて、気がつけば地下室に辿り着いた。ここはロイが変態を解き放った場所だ。とりあえず、扉を閉めた。灯りがないが、目が慣れてきたお陰でうっすらとだが物の判別は出来た。室内には例の金庫に、農具がちらほら。
(武器は無しか……だよな、農家だし)
それでも何かないかと思案を巡らせていると、奇声が段々と近づいてきた。ヤツの今までの挙動を考えれば随分と遅い。きっと狩りを楽しんでいるのだろう、余裕の表れに違いなかった。
「をほほほほ!最終地点が出会いの場所とは、気が利くな小僧!!」
ドアの前でそう叫ぶと、ドアを蹴破って悠々と入ってきた。衝撃に耐え切れずドアノブ部分が弾け飛ぶ!ホントに殺す気なんじゃないか!?
「来たな、変態!今度こそ引導を渡してやる!!」
「それはこちらのセリフだ、小僧。大人しく尻を渡せ!!」
再び対峙する非モテ中年と変態根菜。先に動いたのは、変態根菜だった。
「ちぇすとぉおおおお!!」
顔面目掛けて一気に跳躍してきた!!さっきのはまぐれだったのだろう、ロイは身動き一つ取れなかった。変態が顔に取り付いた!!
「かかったな!!」
「何っ!?」
取り付いたはずの顔から声がする。全身で口を塞いだ筈なのに、とそこで顔に凹凸がないことに気づいた。
「囮かっ!?」
それが最後の言葉になった。ペシっと囮から叩き落とされると、地面へ無様に落下した。攻撃力の割に防御力は無に等しいらしい。つまみあげられると、金庫の中に投げ入れられ、施錠された。こうしてドラゴはまた封印されたのだ。
「いやぁあああああ!出してぇええええ!!」
情けない悲鳴が聞こえてきたが、ロイは無視した。これでもかとダイヤルを回し、鍵が開かないか入念に確認した。さらに念の為に重量物を金庫の前に置いた。ちょっと前にドアを蹴破った脚力を考えると心許ない位だが、どういう訳かドラゴは泣き叫ぶばかりだった。
「カカシ、役に立つもんだな……」
身代わりになったカカシの顔のあたりに手を触れると、口の辺りが湿っぽい。恐ろしいので詮索はやめた。ただ(念入りに燃やそう)そう誓った。
部屋を出てしばらく歩くと、窓から光が差し込んでいた。夜が明けたらしい。一晩中変態と戦っていた、という訳だ。その事実にどっと疲れが押し寄せてきた。
「くっだらねぇなぁー……」
ロイはそのまま崩れ落ちると、泥のように眠りに落ちた。長い夜の終わりだった。
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