第3話 叔父さんと、「おなんとか」。
まさかの嫁?が引っ越してくる展開になったので、ウッド家総出で午後から掃除をしていた訳だが。
「なぁ、ジョサイアはずーっとここに居たのか?」
「はい。このお屋敷でずーっと、ロイ様の帰りを待っておりましたぞ」
「そうか、ジョサイアも連れて行けば良かったなぁー……」
急に「ムー」から進化した訳ではなく、バートによる同時通訳だ。本当はこういう喋り方らしい。ロイが子供の頃に産まれたヒヨコな訳だから、ジョサイアも三十歳は優に超えている。ニワトリにしては長寿な方で、口調もジジくさくて当然だろう。実際、おじいだし。
「ひょっとして『悲鳴が聞こえる』って。アレ、ジョサイアの仕業か?」
「はい、畑から引っこ抜いて食べておりました。その時の悲鳴でしょう」
申し訳なさそうに廊下をキュッキュと磨いているが、そのお陰で屋敷は売れ残ったのだ。むしろ感謝するべきだろう。
「いや、助かったぜ?ジョサイア。畑の一角はお前のもんだ。好きなだけ食ってくれ!ちゃんと手入れすっから!!」
「ありがたきお言葉ですぞ!!」
またも抱き合って嗚咽しそうな勢いの二人にバートの鋭いツッコミが入れられた。「叔父さん、手止まってるよ」と。
「あ、悪ぃ」また黙々と床を磨き始める。引っ越して来てから、掃除をせず放置していた区画にロイの母親の部屋があるのだが……
「無駄にデケェ家建てるからこーなるんだよな」
言う通り無駄に長い廊下を三人と一羽で磨いている。幅も広く、終わる様な気配がない。今日は目標の部屋までの、半分を磨いて終わりだろう。
「ところで。ムーさん、おば……」
ロイとアルに挟まれた形のバートは、両側からキッと睨まれた。何がなんでも「お化け」とは言わせないつもりらしい。面倒だが言い直すしかない。いちいち細かいビビり達め。
「おなんとか、の正体知らない?」
「おなんとか、ですか?」
ジョサイアことムーさんは首を傾げた。そりゃそうだ、「おなんとか」なぞ聞いた事がないだろう。バートにしても、この二人以外から聞いた事がなかった。
「夜になるとな、出るんだよ……認めたくねぇけどよぉ」
「そうなんだよね、認めたくないけど」
二人はそう言うと深く長い溜息をつき、バートもうんざりした様子だった。そこから察したジョサイアは答えを口にした。
「ははぁ?それはお化けというやつですかな?」
ジョサイアに罪はないが、ビビリ達は揃って悲鳴を上げた。(そんなに?)とジョサイアがバートに目を向けると、黙って深く頷かれた。
(今後もお化けとは言わないようにしなくては……)とジョサイアは硬く心に誓った。
しかし、だ。確かにずーっとこの家に居たが、お化けなんぞには会った事が無かった。自分がニワトリだからだろうか?そこを抜きにしても、何かの気配を感じた事もない。が、ウッド家の面々は口々に被害を訴える。
「寝顔が可愛いって言われた」とは、バート。前髪と暗闇で、表情がわかるのだろうか?
「金髪が綺麗って褒めてくれたよ」とは、満更でもなさそうな様子のアル。
「背中がステキとか、尻がキュッとしてる、とか言われたなぁ」とは、ロイだ。明らかにロイに対してのコメントがおかしい。これには「ほ、ほう?」と変な相槌しかできない。
そしてジョサイアは(知ってるおばけとは随分違いますなぁ)と思った。こう、ヌーっと現れるとか、井戸から這い出てくるとか、刃物持って追いかけてくるとか。ジョサイアの知ってるお化けの情報はそんな感じだった。だが、この家のお化けは。夜に現れては気持ち悪い事を呟いて居なくなるらしい。なんだ最後の「尻がキュッと」って。
(ん?しり???)
この単語に引っかかるものを感じる。そんな神妙な様子のジョサイアに全員の目が向けられる。まるで思い当たる節がある様だ。しばらくすると、ジョサイアが両手をポンと叩いた。
「なるほど、解りましたぞ。その……おば、おなんとかの正体。というか、ワタクシの恩人にして旧友かと思われます」
「え!?」
全員が驚いた。恩人?旧友?人なのか、ニワトリなのか、どっちだろうか!?とりあえず知り合いではあるらしい。
「ですが、確か封じられた筈にございます」
おまけに「封じられた」ときた。そんな邪悪なモノなのか?気持ち悪いのは確かだが。ここまで言われるとビビり達はいきりたった。
「な、なぁ?それ益々討伐した方が良いヤツじゃねーか!?」
「そうだね、早目に、何なら今夜にでも!!」
ぐっすりと眠りたいバートも早めの討伐には賛成だったので、ゆっくりと深く頷いて同意した。相変わらず前髪のせいで表情が分からないが、強い意志を感じる。気がする、多分。
「では、日も傾いて参りましたし。今日はここで切り上げて、お食事に致しましょう」
「その後で作戦会議だね!」
「よーし、んじゃ飯にすっかー!ジョサイア、今日は再会を祝して宴だ!!」
「作戦会議だってば」
こうして床磨きを切り上げ、掃除道具を仕舞うと、足早に食堂へと向かった。なんやかんやで三人とも薄気味悪がっている所為だった。そしてまた、その三人と一羽を柱の陰から見つめる影があった。ややこしいな。
「で?なんで今まで隠れてたんだよ。引っ越して来た時に出てくりゃ良かったのによぉ」
もっしゃもっしゃとパンを頬張りながらロイが尋ねた。
「それがその、目が悪くてですね。まさかロイ様と甥御様だったとは……」
面目もない、とテーブルの上で申し訳なさそうにしている。「仕方ねぇよ、俺も老けたし」と、薄くスライスしたマンドラゴラが山盛りになったボウルを差し出した。
「食べなよ、ムーさん」
バートが勧めると、器用に両手で一枚取ると、ぽしぽしと音を立てながらマンドラゴラを食べはじめた。羽根でこの挙動はムリだ。あれは羽根ではなく、もはや手と言ってもいいだろう。どういう構造なのか、と三人の視線が注がれた。
「その様に見つめられると照れますな」
「っ……!!」
バートが両手で顔を覆って小刻み震え出した。どういう状況かと、アルを見れば「可愛すぎて震えてるんだよ」と小声で教えてくれた。
(可愛い、か)
確かに、丸々としてふわふわで、トサカとクチバシはニワトリのそれだが。でも、よくよく考えたら普通のニワトリとは大分違う。さっきの羽根の挙動といい、バートと会話が成立している点といい。そして何より、長寿にも程があった。
「何よ、アンタのがよっぽどバケモンじゃないのよ。ニワトリのくせに会話してんじゃないわよ」
「ちょっとニワトリの域超えてるよなぁ、確かに」と言っておいてなんだが、大分ニワトリからかけ離れていた。「ま、可愛いからいいけどな!」とロイは笑った。
「そうよねー?あ、そこの塩取ってもらえる?」
「はい、どうぞ」と、アルは言われるがままに塩を差し出した。
「おまけにアタシの事売ったわね?よくもまぁ、ペラペラとさー」
食卓に沈黙が訪れた。
「なによ、ヒトを化け物呼ばわりして。サラサラの金髪に綺麗な青い目の美少年が居たら声ぐらい掛けるわよ!嗜みでしょ、嗜み!!」
ジョサイアのボウルから、マンドラゴラのスライスが一枚ひったくられる。
「あ、でも。赤毛のボウヤもステキよ?やっぱ綺麗な青い目なのかしら?前髪が邪魔で見えないのがねー。勿体無いわぁーー」
声の主は、塩をふりかけて食べはじめた。
「でもねぇ、若い子も良いけどぉ……やっぱ、中年?初老?ここら辺が良いのよ、やっぱ!キュッとした尻の持ち主とか尚更!」
この場に居た全員が思った。(コイツだーー!?)と。
どこから現れたのか、目に厳しめのピンク色をした、マンドラゴラにしては巨大なヤツが居た。ちなみに、マンドラゴラはピンク色をしていて、ニンジンの様な形をしている。ニンジンよりも細くて、ヒョロ長いのだが……このマンドラゴラは大根並みに大きかった。根から両側にヒョロっと更に細い根が生え、下の方は二股になっていた。まるで腕と脚のようで、実際ヒョロ長い方で塩を振り、二股で歩いてドッカと座るとサッと組んだ。無駄に美脚なのが腹立たしい。
テーブルの真ん中に陣取ったそれは、マンドラゴラを頬張りながら尚も続ける。
「知り合いならそう言いなさいよ、ジェシーったら。なーに自分だけ尻尾振ってとりいっちゃってさぁ!やる事が卑怯よ、このメンズ独り占めとか!!」
暫くマンドラゴラがマンドラゴラを食う、猟奇漂う食事を眺めていたが。
「あの……どちら様で?」と、なんとかロイが口を開いた。マンドラゴラが叫ぶのは知っていたが、ここまで喋るとは知らなかった。いや、これマンドラゴラかな?色んな疑問が渦巻いたが、ここは対話と行こうじゃないか。
「あらっ!?やーだー、もーーー!ごめんなさいね、アタシったら!!」
ロイの方に向き直ると食べかけのスライスを後ろにサッと隠し、もう一方の手?を頬あたりに当ててモジモジしだした。三つの穴は目と口だと判明した今、二つの穴と下の一つ穴の間は頬でいいだろう。要は照れているのだ。マンドラゴラが!照れて!!
「アタシはね、マンドラゴラのドラゴ。全てのマンドラゴラの頂点に立つマンドラゴラよ!!」
すっくと立ち上がると「どうだ!!」と言わんばかりに腰に手を当て、ふんぞり返って名乗った。でも食べかけのスライスは離さない。
「夜のアレはじゃあ、えーっと、ドラゴさん……の仕業?」
「ホント、ゴメンなさいねぇ?アタシも別に、嫌がらせとかじゃなくてよ?目が覚めたら賑やかになってて、ステキなメンズがいらっしゃったからつい、ご挨拶を」と一気に捲し立てた。
「ご挨拶、ねぇ……?」
ちらりとアルに視線を向けると、顔が引き攣っていた。それにしても「メンズ」とは何だろう?
「封印されて居たのでは?ドラゴ殿」
ジョサイアの訳が出来るまでバートも回復したらしい。
「違うわ、ちょっと寝てただけよ。鍵付きの個室でね!」
(鍵付きの個室、だぁ?)
そういえば、引っ越して来た時。ロイは地下室に農機具と一緒に金庫が置いてあったのを思い出した。明らかに浮いた存在の金庫だったのに、欲深なロイは金目のものは無いかと、サクッと開けて中を確かめたのだった。まさか、こんなヤバい物が入っていると知っていたら放置したものをーー
「アナタのお陰で、こうして目覚める事が出来たのよ。感謝してもし尽くせないわ、ロイ」
「そいつはどーも。でもあの金庫、中身は空だったぞ?」
ロイの質問にバツが悪そうにする根菜。突然、受け答えがしどろもどろになった。
「それは、その……干からびてカッサカサだったんだけど……元気を分けてもらった、っていうか、光合成っていうか……スルッと手から服の中に入って、ちょっといい感じの背中に貼り付いて生命力を吸い取った……的な?」
「なんか具合悪かったのはお前か、そーだな!?」
元気が取り柄のロイは最近まで謎の不調に悩まされていたが、原因はドラゴだった。引っ越してからの事だったので「環境の変化に慣れないんだなー」と、自分の繊細さに驚いていたのに!変なもんが取り憑いた挙句、生命力を吸い取られていた所為だったとは!!ドラゴをむんずと掴むと、拳に込められるだけの力を込めた。
「いだだだだだだだだだだだだ!!!」
「ロイ様、何を!?」
あれほど慄いて居たというのに、この豹変ぶりはどういう事だろうか!?ドラゴの悲鳴に負けじと声を張り上げて、ジョサイアは尋ねた。
「正体がわかりゃこっちのもんだ!コノヤロー、さんっざんビビらせやがって……おなんとかじゃねぇなら話は早い、鍋にして食ってやる!!」
「どうせなら、揚げても良いんじゃない?」
勝手にビビっておきながら、被害者二人は報復する気に満ちていた。
「ワタクシの恩人でもあるのです!ロイ様、ご容赦を!!」
さすが旧友にして恩人のジョサイアは命乞いをした。なんでそんな気色悪いもん食えるんだ、お前らよ。喧々轟々とする食卓で、残る被害者のバートは黙々と食事を続けながら(叔父さんが食べて平気なら、汁ぐらいは一口飲んでもいいかな)と、思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます