第130話
「ただの日記だ」
日記には執筆者の生活や感情が記されており、どこにも重要な研究データは書かれていなかった。
この日記が流出したところで被害は無いだろう。
研究所の場所は書かれているが、すでに全焼しているようだから、今から研究所に出向いても手に入るものは無いだろう。
「非人道的な研究、か」
日記によると、研究所では被検体Xとやらに対して、非人道的な実験をしていたらしい。
研究者たちは被検体Xを人間として見ていなかったが、この日記の執筆者は被検体Xを人間のように感じていたため、非人道的な実験に嫌気が差して研究所を飛び出した。
その後、理由は不明だが、研究所は全焼してしまった。
「過ぎた力を手に入れようとした人間への罰……」
執筆者はそう表現していた。
執筆者が所属していた研究所は、一体何の研究をしていたのだろう。
「食事の時間だぞお!」
突如響いてきた大声で、俺の思考は現実に引き戻された。
どうやら入団試験中の俺にも食事を与えてくれるらしい。
日記を置いて、俺を呼びに来た小物感漂う男の後ろについて部屋を出た。
連れて行かれた部屋には、先程会った強そうな男と頭の良さそうな男が座っていた。
盗賊団と言いつつ、俺はまだ小物感漂う男と強そうな男と頭の良さそうな男の三人にしか会っていない。
「盗賊団のメンバーは三人だけなんですか?」
「違う。しかし正式に入団させるか決める前に団員と顔合わせをさせるのは混乱の元だからな」
強そうな男に尋ねると、そう返された。
その間に小物感漂う男が食事を運んできた。
「グリフィン様はこちらの料理をお召し上がりください」
「うむ、ご苦労」
小物感漂う男は、まず最初に強そうな男に料理を運んだ。
強そうな男の名前は、グリフィンというらしい。
運ばれた皿の上には肉や野菜が山のように盛られている。
「バーナードさんはこちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
次に小物感漂う男は、頭の良さそうな男に料理を運んだ。
彼の名前は、バーナードらしい。
皿の上には肉や野菜が程よく盛られている。
「で、あんたはこれだ」
一方で俺に運ばれた皿には、小さく切られたとうもろこしが一つだけ乗っていた。
「毒は入っていないから安心すると良い」
俺の困惑した顔を見て、グリフィンが笑った。
しかし俺が困惑したのは毒の心配をしたからではない。
「何だその顔はあ! 下っ端はとうもろこしからスタートだろお!?」
小物感漂う男が俺の気持ちを正確に理解し怒鳴った。
「と、いうことです。偉くなれば食事のグレードも上がります。出世したければ成果を出してください」
「はい」
盗賊団で出世をするつもりはないが、今与えられる食事はこれが限度だということは分かった。
「それで、本の解読は終わったのか?」
グリフィンが肉に食らいつきながら質問をした。
グリフィンは解読と言ったが、あれは暗号など一切書かれていないただの日記だった。
「あれは誰かの日記でした」
「そのくらい見れば分かる。日付が書かれているからな」
「グリフィン様は日記の内容を質問しているんです。そのくらい察してください」
「すみません」
バーナードが出来の悪い生徒を叱るような口調で俺を叱った。
「日記には、研究員だった人が研究所をやめたことが書かれていました。あと、新しい村に引っ越した後で研究所が燃えたことも書かれていましたね。研究所の所在地も記載がありましたが、全焼しているだろうとのことでした」
「全焼か。それなら労力をかけて出向いても、大した成果は無いだろうな」
「おいお前、その内容に嘘偽りは無いだろうなあ!?」
小物感漂う男が怒鳴った。
同じ部屋にいるというのに、どうしてこの男は常に大声で話すのだろう。
大声で威嚇をすることがクセになっているのだろうか。
「こんなことで嘘を吐いてどうするんですか。実は盗賊団の中に文字の読める人がいて、俺が本当のことを伝えるかどうかテストをしている可能性があります。俺には嘘を吐くメリットがありませんよ」
「メリットか。メリットデメリットで物を語る者は盗賊に向いている」
顔を上げると、グリフィンが満足気な顔で俺のことを見ていた。
「そうなんですか?」
俺の疑問には、バーナードが答えてくれた。
「盗賊だからと言って、むやみやたらと盗むわけではありません。リスクを取るメリットがあるときだけ行動するのがスマートな盗賊団です」
「……貧乏な村から搾り取ってるじゃないですか」
「あの村の人間からは簡単に強奪できるからな。リスクは無く、一定のメリットがある」
話が通じることで、そこまで悪い奴らではない気がしてしまっていたが、やはりこいつらは悪党のようだ。
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