第129話


 小物感漂う男に案内された部屋には、二人の男がいた。

 強そうな男と、頭の良さそうな男。

 どちらも小物感漂う男と比べると貫禄がある。


「こんにちは。俺たち、盗賊団に入団したいんです。俺と、外にいる三人なんですが……」


 物怖じしても始まらないと思い、俺はハキハキと挨拶をした。

 すると強そうな男が口を開いた。


「何故だ」


「何故……盗賊団に入りたいから、じゃダメですか?」


 志望動機を考えていなかった俺は、質問返しをして時間を稼ぐことにした。

 すると強そうな男は、興味深い話をしてくれた。


「最近、とある盗賊団が解体された。そこそこ大きな盗賊団だったが、どうも内部情報が流出したらしくてな。隠していた財宝も根こそぎ王国に持っていかれたそうだ」


 どうやら盗賊団に潜入していた人がいたらしい。

 バレたら命を奪われるだろう危険な任務だ。

 魔王を倒すことが一番大変な任務だと思っていたが、この世界には他にも様々な危険を伴う任務があるらしい。


「盗賊団の解体騒ぎがあったから、団員の選定に慎重になっているということですか」


「ああ。怪しいのは、盗賊団が解体される直前に入団した女らしい。どうも顔の印象が薄い女だったらしいが……だから最近は用心のために女の入団希望者を一律で断っている」


「だから三人は入れなかったんですね」


 合点が行った。

 この盗賊団にも『鋼鉄の筋肉』のように女人禁制のポリシーがあるのかと思ったが、リスク回避のための行動だったとは。


「王国はこんな辺鄙な村まで、小さな盗賊団を壊滅させるために出向かないとは思うが。念のためな」


「用心するのは良いことだと思います」


 入団希望者の体でアジトに来ているため、適当な相槌を打っておいた。


「それで? お前はどうして盗賊団に入団したいんだ?」


 …………あ。

 うっかり強そうな男の話に耳を傾けてしまい、志望理由を考えていなかった。


「ええと……カッコイイからです!」


 無理やり絞り出した志望理由は、あまりにも稚拙なものだった。

 しかしこれまで生きてきて盗賊団に入りたいと思ったことがないため、これ以外の志望理由が思いつかなかったのだ。


「単純明快だな」


「不良に憧れる年齢なんです」


「まあいい。お前、文字は読めるか」


「はい」


 幸い、志望理由ですぐに不合格にはされなかった。


「じゃあアレの内容を要約してみろ。きちんと読めたら採用してやろう」


「アレ?」


 強そうな男の言葉で、頭の良さそうな男が一冊の本を持って来た。

 表紙には何も書かれていない。


「君にはこれを読んで内容を要約してほしいんです」


「何の資料ですか?」


「とある者の日記ですが、この日記の主は研究者らしいですね。ですからこの資料の中には、貴重な研究データが書かれているかもしれないんです」


 詳しくはないが、研究データというのは重要なもののはずだ。

 それを個人の日記に記すだろうか。

 現にこうして盗賊の手に日記が渡ってしまっている。

 この日記の中に重要な研究データが書かれていたら大事だ。


「あなたたちは研究データをどうするつもりなんですか?」


「別に研究データ自体はどうでもいいんです。ただ、情報というものは高く売れます。私たちは研究データを売った金で豪遊がしたいんですよ」


 盗賊団が情報を売る相手は、良くない人物な気がする。

 何の研究かは分からないが、研究が悪用されないように、この日記に重要な研究データが記されていないことを願おう。


 しかし、もし重要な研究データが書かれていたらどうするべきだろうか。


 見た目の印象だが、日記を持って来た男は頭が良さそうに見える。

 この男は文字が読めるのではないだろうか。


 男はこの日記の内容をすでに知っていて、俺がきちんと要約できるかをチェックするつもりなのではないだろうか。

 ……きっとそうだ。

 採用試験なのだから、答えを知らなければ判断が出来ない。

 つまり俺は、下手な小細工をせずに日記を要約した内容を伝えればいいだけだ。



   *   *   *



 俺は指定された部屋へ行くと、渡された日記を読み始めた。

 夕食は何を食べただとか、野生のリスを見ただとか、本当にただの日記ようだった。


 読み進めていくと、大した記述も無いまま最後のページになった。

 すると最後の一週間だけは、気になる内容が書かれていた。






『10月12日 私は研究所をやめることにした。彼らの研究にはついて行けない。非人道的にも程がある。いくつかの引継ぎを終わらせたら研究所を去るつもりだ。』


『10月13日 やはり研究員たちは、被検体Xを人間として見てはいない。しかし私には、どうしても彼が人間に思えて仕方がないのだ。私は引継ぎもそこそこに、退職願を投げつけて研究所をあとにした。あれが研究員のあるべき姿なら、研究員なんてクソくらえだ。』


『10月14日 小さくなる研究所を見ながら感慨にふける。研究所に来ることはもう二度とないだろう。どうか研究所を去る私を許してくれ。実験に反対する私がいなくなったら、被検体Xがどうなるかは考えなくても分かる。しかし私は、もう一秒たりともあの研究所にいたくなかったのだ。』


『10月15日 心機一転、遠くまで行けばいいものを、どうしても研究所のことが気になってしまい、研究所が見える村に住むことにした。研究所には魔法が掛かっているため、目には見えない。しかし位置を知っている私には、目に見えない研究所が視える気がする。』


『10月16日 新しい村での生活は、沈んだ気持ちを持ち上げてくれる。ずっと研究所にこもっていたせいか、知らない人々との出会いも楽しい。私は社交的な方ではなかったはずだが、このような生活も悪くない。』


『10月17日 研究所のある場所から炎と煙が上がっている。あの燃え方では研究所は全焼するだろう。偶然か、それとも。過ぎた力を手に入れようとした人間への罰だろうか。ああ、私は薄情だ。研究員たちの死は残念だが、これでいいと思っているのだから。あんな研究所は、この世から消えてしまった方が良い。気がかりなのは、あの憐れな被検体Xだ。彼も火事で死んでしまったのだろうか。』


『10月18日 あの研究所の場所を知っている者はごくわずかだ。そのほとんどは火事で死んでしまったことだろう。だからここに、研究所の場所を記しておく。遠くからは見えないが、手が触れる距離まで近付くと、研究所の姿が見えるだろう。もっともあんな森に近付くものなど皆無だろうが。肝心の研究所の場所は――――』




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