第125話


 俺は両頬に手の形を付けながら、温泉に浸かっていた。

 温泉には先程のサルも入っている。


「はあ……」


「ウキィ?」


「俺に見られていない方が二人の精神的ショックが少ないと思って嘘を吐いたんですが、裏目に出ちゃいましたね」


 最初から素直に謝っていれば、結果は違ったかもしれない。

 失敗してしまった。


「でも両頬にビンタをされるとは思いませんでした……あー、覗きをしたらビンタをされるのも、お約束かもしれませんね」


 そのつもりは無かったのに、美女の入った風呂を覗くお約束と、覗いた後にビンタをされるお約束の、二つのお約束を守ってしまった。


「二つのお約束は、クシューの担当だったんですけどね」


 …………あれ。

 自身の口から出てきた言葉に驚く。

 俺はクシューが風呂を覗いたことにも、ビンタをされたことにも、覚えがある。

 しかし、いつのことだろうか。

 そういえば走馬灯でも俺はクシューと旅をしていたが、俺自身にクシューと一緒に旅をした経験はない。

 走馬灯とは経験した記憶を見るものではなかっただろうか。


「これまで走馬灯のことを夢と同等のように『不思議なもの』として片付けていましたが……おかしいですよね?」


「ウキー?」


 首を傾げる俺に、サルが返事をした。


「あはは。そんなことを言われても困っちゃいますよね、君は」


「ウッキー」


「この温泉は君のお気に入りなんですか?」


「ウキッ、ウキッ」


「気持ちいいですねー、ここの温泉。俺も肌がすべすべになりそうです」


 意味が分かっているのかは不明だが、サルは俺の言葉に相槌を打ってくれた。


「そういえば、クシューと魔王リディアって、よく似たようなことを言ってるんですよね」


 相槌を打ってくれる相手がいるのをいいことに、俺は気になっていたことを口に出す。

 疑問を口に出すことで、頭の中が整理できるかもしれないと思ったからだ。


「美女が風呂に入ったら覗くのがお約束、って。このお約束、そんなにメジャーなんですかね」


「キキー?」


「それに、契約書はきちんと読まないと詐欺に遭う、っていうのも二人とも言ってましたね……こっちはよく言われる言葉かもしれませんが」


 普通の契約書はもちろん、契約書にサインをさせることで効果を発揮する魔法があるとなれば、契約書を用いた詐欺は多そうだ。


「でも、あまりにも二人の言い回しが似ているような気がして、気になるんですよね。これ以外も二人にはたまに似たような言動がありますし」


 ずっと一緒にいると、人は言葉や仕草が似てくるという話を聞いたことがある。


「もしかして……二人は知り合いだったりして」


 そうであるなら合点がいく気がする。

 クシューと魔王リディアは同じ魔物だ。無い話ではない。


「ウキキ?」


「……そうですね。せっかく温泉に浸かってるんですから、今は頭を使わずに身体を休めるべきですね」


「ウッキーイ!」


「はい。のんびりと極楽に浸りましょう。せめて、このひとときだけは」


 きっとこれが、幸せな時間と呼ばれるものなのだから。




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