第118話
「ハッ!?」
目を開けると、蔦が絡まって出来た天井が見えた。
そして俺は、身体を柔らかいものに横たえていた。
すぐに状況を確認する。
俺は、ケイティとレイチェルの住処のハンモックの上にいた。
「ようやく起きたか」
「俺は魔法使いの攻撃で死んで……?」
「妾が隣にいたのに死ぬわけがなかろう」
混乱する俺を、隣に掛けられたハンモックから魔王リディアが眺めていた。
「じゃあ俺はどうして」
「気の早すぎるショーンは、死ぬと勘違いして勝手に気絶したのじゃ」
「俺、情けなさ過ぎません!?」
「今さらじゃのう」
どうやら俺は、魔法攻撃が当たってもいないのに気絶をしたらしい。
その上、走馬灯まで見てしまった。
攻撃が当たってもいないのに死ぬ覚悟をしていたなんて、間抜けすぎる。
「というか、勇者は!? ケイティさんとレイチェルさんは!?」
「もう戦闘は終わったのじゃ。勇者たちは魔物討伐の任務を終えて帰って行ったぞ」
ハンモックの上で寝ていた時点で、薄々勘付いていた。
すべてが終わった後なのだと。
「魔物討伐……ということは、勇者たちが勝ったんですね」
「ケイティとレイチェルは戦闘型の魔物ではなかった。それに、あんな奴らでも勇者パーティーじゃからのう」
ケイティとレイチェルは勇者パーティーを翻弄していたが、如何せん攻撃力が足りなかった。
彼女たちが負けるのは時間の問題に見えた。
「じゃあ彼女たちの死体は勇者パーティーが持ち帰ってしまったんですね……」
魔物を討伐した証拠として、ケイティとレイチェルの死体は明日にでも町の冒険者ギルドに提出されるだろう。
ギルドに提出された魔物の死体は、アイテムに使用できる部分を剥ぎとられる。
二人の死体からは、目や羽や爪などの部位が剥ぎとられることだろう。
「いいや。二人はあの場所に放置されておる」
俺がギルドに提出された魔物の死体の成れの果てを想像して沈んでいると、魔王リディアがあり得ないことを言った。
「嘘は吐かなくていいですよ、リディアさん。誰だって報酬を得るために倒した魔物の死体を持って帰りますから。俺だって冒険者なので、よく知っています」
「普通はそうなのかもしれんが、事実、勇者たちは人間の死体だけを持って帰ったのじゃ」
「そんな、どうして?」
「さあのう。勇者たちは、先を急ぐ身だったのではないか?」
俺はハンモックから飛び降りた。
「それなら寝てはいられません! 動物に食い荒らされる前にお墓を作らないと!」
「ショーンならそう言うと思っておった」
魔王リディアも俺に続いてハンモックからぴょんと飛び降りた。
* * *
ケイティとレイチェルと勇者パーティーが戦闘をしていた場所へ行くと、魔王リディアの言葉通り、そこには彼女たちの死体が横たわっていた。
俺は二人に手を合わせてから、彼女たちの掘りかけだった穴をさらに掘った。
魔王リディアも俺の横に並んで、穴を掘るのを手伝ってくれた。
「契約書はきちんと読まなければならんものじゃ。詐欺に遭うからのう」
二人で石を片手に穴を掘っていると、魔王リディアの説教が始まった。
「はい。今回、身をもって学びました」
「ゴング町の武闘大会でも簡単に契約書にサインをしていたようじゃが、あのときは大した実害が無かったからのう。ショーンの身には沁みなかったのじゃな」
「お恥ずかしながら……今回も軽率に契約書にサインをしてしまいました」
契約書はきちんと読まなければならないと、俺はあのときも思い知ったはずなのに。
「誰しも痛い思いをせんと、本当の意味では注意を理解できんのかもしれんのう」
「すみません」
しかも俺は武闘大会のときだけではなく、過去にクシューにも注意をされていた。
それなのに、まんまと契約書にサインをしてしまった。
「次からは、相手がサインを求めてきたら警戒するんじゃぞ。相手にサインをさせることで成立する魔法もある。そういった魔法は、一方的に掛けるものよりも強力な効果がある場合が多い。その上相手にサインをさせる魔法は、弱い魔物であるケイティやレイチェルのような者でも使用が可能じゃ」
「今回の契約書の魔法は、俺みたいな軽率な者にサインをさせて使うものなんですか?」
「いいや。あの契約書は本来使い魔にサインをさせるものじゃ。自分の盾になれ、とな。それをショーンに使うとは。弱いくせに豪胆な女じゃ」
ということは、俺のように詐欺に引っ掛かってサインをする者は稀なのだろう。
自分の愚かさが恥ずかしくなってきた。
「それにしても。あれ、盾になる魔法だったんですね。短剣を持っていたから、怪我をせずに攻撃を受け止められましたが……リディアさんが契約書を燃やしてくれなかったら危なかったです。一斉に襲いかかられたら、短剣一本ではどうしようもありませんでした」
勇者パーティーには、攻撃が可能なメンバーが三人もいる。
勇者と戦士と魔法使いに同時に攻撃をされたら、俺は無事ではいられなかっただろう。
「……はあ。あのまま成長しておったら、ケイティとレイチェルは見どころのある魔物に育ったじゃろうに」
魔王リディアが石で穴を掘りながら、溜息を吐いた。
「はい。二人はきっと素敵な魔物……アイドルに、なっていたと思います」
「……そうかもしれんな」
魔王リディアが、独り言のような小さな声で呟いた。
下を向きながら穴を掘っているため、髪で隠れていて魔王リディアの顔は見えない。
「彼女たちは魔物の性に翻弄されながらも、懸命に生きようとしていた」
「……はい。俺も、彼女たちは力強く生きていたと思います」
「これは可能だったらで構わんのじゃが。彼女たちを、ショーンの糧にしてやってほしいのじゃ」
糧は、ケイティとレイチェルが使っていた単語だ。
殺した人間を糧にして自分たちは生きている、と。
「でも、糧と言われても……俺は何をすればいいのか分かりません」
「簡単なことでいいのじゃ。これからは契約書には軽率にサインをしない。それだけでも、彼女たちとの出会いを糧にしたと言えるじゃろう?」
「……そうかもしれませんね」
俺は二度と、契約書に軽率にサインをすることはないだろう。
もしそんなことをしたら、きっと彼女たちに怒られてしまう。
自分たちを糧にして成長したのではなかったのか、と。
俺と魔王リディアは、掘り終わった穴にケイティとレイチェルを寝かせると、土をかけていった。
最後に、綺麗な石を探してきて、墓石代わりに置く。
そしてもう一度だけ二人に手を合わせると、俺と魔王リディアは墓の前から立ち去った。
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