第117話 side リディア
ショーンを小脇に抱えてケイティとレイチェルの住処へ戻ると、エラが寝た振りをしていた。
部屋へ入るついでに転がるエラを足で軽く蹴ってやる。
「バレとるぞ」
「まあ、そうよね」
エラは下手な抵抗はせず、むくりと起き上がった。
起き上がったエラは妾からショーンを受け取ると、ハンモックに寝かせた。
「ショーンくんは寝ているだけのようね」
「もう夜じゃからな」
ショーンがハンモックに寝かされたことを確認してから、その場に腰を下ろした。
「魔王なのに、魔物を助けなくて良かったの?」
「エラよ、お前は長生きがしたいのではなかったのか」
「つい。好奇心に勝てなくて」
エラは悪戯がバレた子どものような顔をしたが、妾が尻を叩く程度で許してやる義理は無い。
「好奇心は早死にのもとじゃ」
「肝に銘じるわ」
残念ながら、今、エラを殺すのは得策ではないだろう。
目を覚ましてケイティとレイチェルの死を知ったショーンが、さらにエラの死まで知った場合、ショックを受けると同時に妾のことを嫌う可能性がある。
たった数時間一緒にいただけのケイティとレイチェルに情が湧いてしまうショーンのことだ。
迷惑がってはいても一緒に旅をしたエラの死も、きっと悲しむ。
そしてエラを殺した妾のことを恨む。
まあ、エラの死を悲しまない可能性も、妾のことを嫌わない可能性も、もちろんあるが。
しかし危ない橋を渡る必要は無い。
「……優先順位を見誤ってはならない」
「そうよね。一番大事なのは命よね。もう黙るわ」
妾の言葉を聞いたエラは、自身の口に手を当てた。
しかし今の言葉はそういう意味ではない。
「妾は今、お前の質問に答えてやっているのじゃ」
「質問?」
魔王なのに、魔物を助けなくて良かったのか。
エラは先程、妾にそう質問をした。
その答えが、優先順位を見誤ってはならない、だ。
「最優先は、ショーンの安全じゃ」
「ケイティとレイチェルより、ショーンくんを優先したということね。ふーん、なるほど?」
「彼女たちとショーンでは、優先順位を比べるまでもないからのう」
ケイティとレイチェルは、今日会ったばかりの魔物に過ぎない。
彼女たちが魔物である時点で仲間意識は湧くが、ショーンは別枠だ。
どんな魔物であろうとも、ショーンと並ぶはずもない。
「あなたはショーンくんの何? もしかして母親?」
エラは妾のことを、見た目通りの幼女だとは思っていないのだろう。
「ショーンとは、赤の他人じゃよ」
しかし、妾がショーンの母親というのは、見当違いもいいところだ。
ショーンは魔物ではなく、人間………を模したもの、だ。
魔物の血が濃い妾の血縁であるはずがない。
「赤の他人なのに、何よりも優先するの? 理解できないわ」
「……何万人で襲いかかろうとも絶対に敵わない相手と対峙したとき、お前ならどうする」
「急に何の話?」
「そんな相手を前に、力で屈服させようとするのは間違った選択じゃ」
勇者は、間違った選択をした。
ショーンに脅威を感じた結果、ショーンを屈服させようと、馬鹿にして見下した。
しかしこれに効果が無いと気付くと、寝ているショーンを殴って優越感に浸ろうとした。
自分はこいつよりも上にいる、と。
……それが世界を危険に晒す行為だとは、気付きもせずに。
「じゃあその、めちゃくちゃ強い相手を前にしたら、どうすればいいの?」
「平伏するしかあるまい。頭を垂れて命乞いをするのじゃ」
ショーンのことを受け入れられないなら、勇者はそうするべきだった。
「命乞いをするしか助かる道は無いの?」
「いいや、もう一つ別の道があるぞ。何を捨てても仲間に引き入れる。同種族である魔物を見捨てても、な」
妾はこちらの道を選んだ。
そのため、ケイティとレイチェルは見捨てることにした。
彼女たちを殺しても、勇者たちを殺しても、ショーンは妾に対して嫌悪感を抱く可能性がある。
それならば、関わらないのが一番だ。
彼女たちと勇者たちの間で決着をつけてもらえば、妾はショーンに嫌われずに済む。
それに戦闘でうっかりショーンが死んでしまうような事態も防ぐことが出来る。
だから妾は…………守るべき仲間である魔物を見捨てた。
「何万人で襲いかかっても絶対に敵わない相手がショーンくん? 悪いけど、とてもそんな風には見えないわ。今だって流れ弾を受けて気絶しているし」
「ほう。お前にはショーンが流れ弾を受けた様子が見えていたのか」
エラがついて来ていることは知っていたが、あの暗闇では何も見えていないと思っていた。
「暗視双眼鏡で見ていたからね」
エラがそんなものを持っていたとは知らなかった。
しかしショーンが流れ弾を受けたことは事実ではない。
「お前にはちゃんとは見えなかったのじゃろうが、実際にはショーンは無傷じゃ。死ぬと勘違いして勝手に気絶しただけじゃよ」
「ふーん。それならなおさら、簡単に気絶するショーンくんよりも、あなたの方がずっと強いんじゃないの? 魔王なんだし」
「ふっ、やはり人間は舐めるに値する種族じゃのう」
妾は鼻で笑いながらそう言った。
「……ねえ。私、このままここで寝ても大丈夫? 隙を見せたら殺されちゃうかな。口封じに」
「その質問を本人にぶつける胆力は評価してやろう」
「えへへ、褒められちゃった」
「質問に答えてやると、殺す気ならわざわざお前が寝付くのを待たずとも、いつでも好きなときに殺せる」
「殺す気はないという意味かしら」
「いつでも殺せるという意味じゃ」
「そっちかー」
エラはあちゃーと額に手をやった。
「妾に狙われたら、いくら用心しようとも無駄じゃ。いつどこにいても、妾が殺そうと思った瞬間に殺すことが出来る」
「……今、私の首が繋がっているということは、殺す気が起きないくらいにはあなたと仲良くなったと思っても良いのかしら」
「お前のことを、わざわざ殺す手間をかけるほどの存在だとは思っていないということじゃ」
「それなら石ころのような存在のうちに、距離を置いた方が良さそうね」
とはいえ、ここは夜の森だ。
早く距離を置きたくても、朝までは一緒にいるしかないだろう。
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