ニコノワールプロダクション(2)


 いきなり雇用契約書にサインをしろと言われた件。


「いきなりですわね……?」

「おや? ウチに所属する気があるからここに来たのだと思ったのだが」


 ニコノワールの黒井専務はポリポリと頭を掻く。


「そもそも事前に契約内容をまとめたメールを送ったはずだが……まさか見ないで来たのかね?」

「え?」


 と、カロナはコクヨウを見る。コクヨウは首を振った。


「そのようなメールは来ていませんでしたわ」

「おっと。それは失礼したね。AIはその手の仕事で嘘をつかない、我々の不手際だろう。……では改めてお嬢さん、まずそちらの書類に目を通してくれるかな? それに契約内容が書いてあるから」


 口では謝っているが、頭や目線を一切下げない黒井に、カロナは若干の不信感を覚える。


 しかし書類を見ろと言われている以上、それを見ない事には話が進まない。契約内容も書かれているのであればどうせチェックは必須だ。カロナは書類を手に取り、めくる。


「えぇと?……ふむ、ふむふむ……セバス、こちら見てくれる?」

「はっ。お預かりしますお嬢様」


 色々と文字が多かったのでセバスに投げるカロナ。


「……これは。要約すると、1週間のうち5日配信を行い、3件以上のダンジョン攻略配信を成功させる義務がありますな。その上、収益の70%をニコノワールプロダクションに収めるように、と」

「な、70%!? それはどの時代の年貢ですの!?」


 驚くカロナに、黒井は当然という顔でやれやれと笑みを浮かべる。


「悪い話ではないはずだ。今の君は登録者数5000人に満たない弱小B-Caster。しかし、ウチに所属すればそれだけで登録者数10万人は堅いだろう。……つまり、単純に収益が20倍以上になると考えて良い」


 収益が20倍になるのであれば、70%を収めても元の収益の6倍と利益となる。そういう計算だ。


「……じゅ、10万人……ッ!?」

「ウチの箱の新人を知っているかね? 黒川オセロ。彼は初配信前から9万人のチャンネル登録者を得ており、初配信後には15万人を突破したのだよ」


 黒川オセロ。ニコノワール事務所の新人で、カロナも名前を聞いたことがあった。黒髪に白のメッシュの入ったショートカットの生意気ショタキャラだ。

 黒多めの白黒の衣装が、オセロモチーフを彷彿とさせていて、ツンデレなしぐさが世のお姉様達に刺さったらしい。

 武器は剣と拳銃の二刀流という、いわゆるガン=カタスタイルだった。


「もちろん、こちらでもプロデュースを行うし演技指導、戦闘指導もする。そしてこの会社の設備も使えるのだよ。そういう手間賃や手数料、レッスン料として考えると、むしろ70%は良心的だと思うが?」

「……言われてみれば、そう、なのかしら? コクヨウ、どう思いまして?」

「僭越ながら意見を言わせていただくと、現状の内容だけ考えれば確かに大手企業箱としては良心的と言える範囲かもしれません」


 コクヨウがそう言うなら、そうなのかしら……と納得するカロナ。

 と、セバスが口をはさむ。


「お待ちくださいお嬢様。施設利用料などは無料ではなく、別途となっております」

「ええ、別途ですの? それってどうなんですの?」

「そりゃそうさ。たくさん施設を利用するタレントと、利用しないタレントで差がない方が不公平だろう?」

「……それは、確かに?」


 黒井専務の言うことはもっとものように聞こえる。


「だとしても、使用料が明記されていないのは不安要素ですな。……それとまだありますぞ。所属に対する条件として――『転生』が含まれております」

「……『転生』、ですの?」


 『転生』。それはBCDにおいて『アバター及びチャンネルの作り直し』を意味する。――作り直すと、チャンネル登録者のみならず、アバターに積み重なった経験値といえるデブリ情報も半数が消えてしまうということもあり、気軽に『転生』することはできない。


「そりゃそうさ。だって君、そのアバターとチャンネルコンセプトはどう見ても天納時てんのうじミカドの――他プロダクションのフォロワーじゃないか。せめてこちらのプロデュースに従って作り替えてもらわなきゃ、話にならないだろう?」


 登録者数の保証もできないしね、と、黒井専務は肩をすくめた。



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(コメント返信はネタバレ回避も含めて、キリのいいときにまとめて行いますわよー!!)

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