第70話 「お疲れさま……ケイちゃん」
※今回は瑠佳視点になります
四十分ほどの映像が終わると、29型のブラウン管に砂嵐が生じ、
ラスト十分ほどは無言だった
しばらくそのポーズで固まった後で姿勢を戻すと、学校ではウィッグで隠している金髪のボブを掻き上げて
「うーゎ、これは……」
「映研部長として、率直な感想は?」
「お尻の穴って、あのサイズが入るんだ……人体の神秘じゃん!」
「それは私も思ったけど、そういうことじゃなくてさ」
日焼けした肌なのに、ハッキリわかるほど顔が赤いし、ニヤケている。
それは性的な内容に反応してるってよりは、普通じゃないものを見てしまった興奮が理由、だろう。
私も似たような感じで、撮影後に変なテンションになってた気がするけど、
そんなことを考えながら見詰めていると、先輩はフッと真顔に戻って口を開く。
「ポルノとしての出来は、アタシには何とも。あんま18禁は見てないし、自分にそういう経験ないしねぇ……でも、この乱雑さや身も蓋もなさは『本物』だけが持ってる迫力、と言ってイイんじゃない?」
「演技はゼロだから、リアルはリアルかも……ただ、いくら相手がカスみたいな不良の親玉でも、だいぶハチャメチャやっちゃって、ちょっとどうなのかなって」
ビデオに残っていた、だいぶ人の道を外れた指示を出している自分の声を思い出して反省の弁を述べると、ネネちゃん先輩は機嫌の悪さ丸出しな表情に転じる。
「
「それは物理的に無理くさくない?」
「そんぐらいされてもまだ甘いって、アイツらは……去年と一昨年で、
「退学した人たちは皆、雪枩たちに何かされたの」
「少なくとも、直接事情を訊けた五人は。他の人らも、殆どアイツらが原因だろね」
グループの幹部である
問題行動の多い雪枩たちをどうにか制御しようとしていた、生徒会の副会長。
グループに勧誘されたのに断った、巨体で目立っていた柔道部の新入部員。
雪枩らと揉めた後輩を守るため、正面切って対立姿勢を見せた野球部の部長。
そういった生徒たちが、いつの間にか登校しなくなって退学していたのだと、ネネちゃん先輩は険しい顔のままで語る。
「ってコトでね、何されようが自業自得だから、ルカっちが気にする必要ナシ」
「なるほど……むしろ、もっとグチャグチャにしちゃった方が?」
「これ以上の無茶は、ちょっと映像として厳しいだろね。カメラワークは、ぶっちゃけド下手。画面が動きすぎて瞬間の連続になってるから、視覚情報を追いきれない。アップが多すぎるのもダメだね。刺激的で衝撃的な撮影対象に浮き足立って、場の空気に
「あー……うん。テンション上がりすぎて、細かいこと考えてなかったかも」
ビデオのクオリティについて、ネネちゃん先輩は遠慮なく斬り捨ててくる。
ダメ映画の感想を語る時の先輩は、いつも大体こんな感じだ。
だけど、自分の撮ったものがバッサリいかれるのは、思ったより厳しい……
「とはいえ、これから何されんのか相手に自覚させ、無駄な抵抗をさせた後で捻じ伏せ、泣こうが
「無意識にやってたから、よくわかんないんだけど」
あんまり褒められてる気がしないな、と思いつつ応じる。
先輩は腕組みして目を細め、少し間を置いた後で言う。
「コレのポイントは、雪枩をどんだけ無様に撮るか、だよね。なら重要なのは、どこまで普段のアイツとの落差を用意できるか。威張り散らしたヤツのみっともない命乞い、暴力が自慢のヤツを暴力でブッ飛ばす、男らしさを強調するヤツを徹底してメス扱い……こういう逆転があると、観客には薄暗い快楽が提供されるってワケさ」
「えぇと、ファシズムだっけ? SMのS」
「Fになってるじゃん。サディズムね、サディズム……突き詰めればそういう
「あ、それは超わかる」
道徳的には問題ありそうだけど、それでもイヤな奴やムカつく奴が酷い目に遭っているれば、自然と「ざまぁみろ」と思ってしまうし、笑顔にもなる。
こういうのを表に出さないのが大人な態度、なんだろうな。
「まぁ、アレだよ。無意識だったにしても、撮るべきものをハズさなかったルカっちの
「ぅへへ、そうかな……」
凄い数の映画を観て、実地で学ぶために大学の映像サークルに出入りして、自分でも作品を撮り始めてるネネちゃん先輩に言われると、そうなんじゃないかって思えてくる。
去年からの唐突なルックス変更にはビックリしたけど、どうもサークル関連で距離の詰め方がオカシいのが複数いたから、そいつらを牽制するための武装なんだとか。
清楚な雰囲気がありながら明るくフレンドリーな、映画マニアのカワイイ女子高生なんて存在、普通に考えたら男子の妄想の産物だもんね。
「そんで、このビデオはどうすんのさ? 大量ダビングして学校内にバラ撒くの?」
「ううん、ケイちゃ――
「保険、ねぇ……そんな回りくどいことしなくても、コレが出回ったらもうお
先輩の指摘は
それに対する説明は、確かこんな感じだったな……
「えぇと……あんまり追い込むと、
「でもルカっちの話だと、アイツらヤブっち一人にボコられてんじゃん。何やったって、またボロ負けするだけっぽくない?」
「薮上くん本人とか、その友達の
「んー……知られたら死ぬしかない恥を晒されたから、それを知った連中は皆殺しだ、とかそういうコト?」
「雪枩の性格的に、そういう可能性がなくもない、って薮上くんが」
ネネちゃん先輩は背中を丸めて
本当にそんなことになるのかどうか、頭の中で計算しているんだろうか。
無言でその姿勢をしばらく続けた後、ソファからフッと立ち上がる。
そしてビデオデッキから、渡した8ミリではなくVHSのテープを取り出した。
どちらのテープも録画・再生できて、一台でダビングもできるダブルデッキみたいだ。
「とりあえず、一本はできてる」
「薮上くんは五本くらい作ってくれ、って言ってたけど」
「そっか。じゃあ、マスターをそのままコピーしたの、もう一本作っとこう。それと、無駄なシーンとかルカっちの声とかカットした、編集版を五本作ろっか」
「それって、編集したら長さが10分になりました、的なオチだったりしない?」
「ないない! アタシは素材をフル活用するタイプだし、大体……うん、三十分だね」
そう言うと、ネネちゃん先輩はダブルデッキに新品のビデオを挿入し、慣れた手つきでダビングを開始。
そして、ダビングしたてのテープを別のデッキへと投入し、それと重ねて置いてあるまた別のデッキに60分テープを――にしても、ビデオ何台あるんだろ、この部屋。
壁二面を埋めている棚にはビデオテープがギッシリで、TVの置いてあるラックにはビデオデッキや大型スピーカーがいくつも並んでいる。
「んじゃま、チャチャッと編集しますかね」
そう言うと先輩はリモコンを忙しく操作し、撮りっぱなしの映像を整えて行く。
言葉の通り作業はスムーズに進行し、思ったよりもだいぶ早く編集版が仕上がった。
トラブルに備えて未編集版と編集版を一本ずつ残し、私は8ミリの原版と原版コピー、そして編集版五本を鞄に詰めて、ネネちゃん先輩の家を出る。
遅くなるって連絡しといた方が良かったかな、と思いつつ自宅のドアを開けると、ママが電話で話している声が。
「ホントにねー、またいつでも遊びに来てね。――うん、そうそう――あははは、そうそう、
誰? と小声で訊けば、受話器を押さえて「荊斗くん」との返事。
急いで駆け寄って電話を替わり、ママが離れるのを待ってから質問を投げる。
「だっ、大丈夫だったっ!? 終わったの!?」
『大した怪我はないし、全部終わり……だと思う。たぶん。きっと』
「そこが
『雪枩も、その親父も、仲間も……平たく言うなら全滅だ』
「こっ、殺した、の?」
『俺はやってない、けど誰かが
どうリアクションすべきかわからず、溜息と苦笑を混ぜたものを吐き出した。
色々と言うべきことがある気がするけど、まずはこれを伝えておくべきかな。
「お疲れさま……ケイちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます